環境破壊は気持ちがイイですの
眩い光が収まり始めますと、この何もない草原のど真ん中に可憐な衣装に身を包み直した乙女たちが降臨いたしました。
ふっふん。妙に客観的な言い方をしてしまいましたが、何を隠そうそのうちの一人がこの私なのです。
淫美で妖艶な超絶スペシャルメロメロボディ!
さぁお見それくださいましっ!
「魔装娼女イービルブルー! ここに見参ですの! 謳い文句は省略いたしましてよっ!」
極短スカートの端っこをつまみ上げて、ドヤドヤとポーズを決めて差し上げます。どこに敵さんがいるかは分かりませんが、多分見られていることでしょう。
そしてもう一人ッ!
私の隣でメラメラと熱意の炎を巻き上げているのが変身後の茜です。
封印された記憶を自らこじ開けて、誰よりも強い意志で魔法少女のチカラを取り戻した、元気と勇気と情熱の化身さんなんですのっ!
同じくお目に焼き付けなさいましっ!
「魔法少女プリズムレッド! ここに推参だよ!」
ガッツポーズがとても頼もしいのです。
目に見える観客は車内のメイドさんしかいらっしゃいませんが、こちらから手を振って差し上げると優しく微笑んでくださいました。
車の中から安全に見ていてくださいまし。
私たち、あの頃なんかよりもずっと活き活きで伸び伸びとふるまえているのですから。
自らの意志を貫き通せているのですからッ!
「こっほん。さてさてレッド。これからどういたしましょう? 敵さんの居所も正体も、とにかく何にも分からない状態なのですし」
「そうだね。困ったね」
言葉とは裏腹にくすりと微笑みをこぼされます。どこか自信に満ち溢れたご表情をなさっておりますの。
これくらいの異常など別に大したことない、と。
何故だかそう仰っているように思えてなりませんっ。
お互いの呼吸を感じ取って、スタタと颯爽と駆け出してはくるりと宙を舞って、音もなくリムジンの天井に着地いたします。
どこのどなたの高級車かは存じ上げませんが、乙女の足形を残すくらいは許してくださいまし。体重的に凹ませたりはいたしませんのっ! 私たちは軽いんですものっ!
レッドと背中合わせで周囲を警戒いたします。
見たところやっぱり異常はございません。
けれどもあくまで感覚的なトコロで、敵さんの存在を肌で感じ取ってしまうのでございます。
「ふぅむ。向こうから仕掛けてきてくだされば楽なんですけれども。かといってこのお車から離れるわけにもいきませんし」
「それじゃとりあえずは手当たり次第でいいんじゃないかな。地下施設じゃあんまり試せなかった大技、ブルーちゃん持ってるでしょ?
いっそのこと見える範囲全てに攻撃ブチ込んでみようよ」
「おっけぃ了解ですの。お任せあれぃの鉄アレイですのっ。無差別攻撃なら朝飯前でしてよっ!」
拳の真っ向勝負ではどうしてもプリズムレッドに軍配が上がってしまいます。逆に絡め手や騙し討ちや奇襲攻撃など、アウトローな戦法は私のほうがずっと得意みたいなんですのよね。
ゆえに今回は私から動かせていただきます。
これはコンビネーションを極めたゆえの役割分担なのです。
自動収束機能付きの黒泥遣いにとっては範囲攻撃なんて造作もありません。目に見える全ての景色を簡単にドロドロに染め上げて差し上げましてよっ!
それでは早速まいりましょうかッ!
「……偽装 - disguise- 」
胸のブローチを握り締め、強く祈ります。
私の言葉に呼応して、腰のスカート部分からドロドロと溶け出し始めます。そうして足元バスケットボール大の泥塊を形成いたしますの。
今回イメージしてみたのは打ち上げ花火でしょうか。
ドカンと一発お空に打ち上げて、そこから火花よろしく四方八方に飛び散らせて差し上げるのですッ!
じわりじわりと足元に黒泥が集まっていきます。
衣装の一部を攻撃手段に転用する関係で、スカート以外の布地も薄く短くなっていきます。
初っ端から破廉恥極まりない姿になってしまいましたが、うふふふ……この解放感こそが病みつきになるのでございます……!
「ふぅ。よっこいっしょっと」
完成した黒泥塊を持ち上げます。
そしてッ!
チカラの限り真上に放り投げますのッ!
「さぁさぁお見惚れくださいましっ! イービルブルーによる完全新技っ! 名付けて〝へっ、きたねぇ花火だぜ攻撃〟でーすのっ!」
この数ヶ月間、私は専売特許である黒泥操作により一層の磨きをかけてまいりました。
おかげでかつてよりも数倍は細かな、かつ大胆で過激な操作が可能となりましたの。
遥か上空に飛ばした黒泥塊をほんの一瞬でビー玉サイズにまでギュッと凝縮させます。
「ぐぬ、ぐぬぬぬぬぅ……ッ!」
けれどもずっとこの状態を維持できるわけではありません。額に汗を滲ませながら、あえて制御の限界が来るのを待ちますの。
ぎゅむっぎゅむに押し込まれた物質が一気に解放されるそのとき、とてつもない反発力を以て周囲に弾け飛ぶのでございますッ!
「ふっうぅぅ……今ですのッ!」
元から半液状化しているモノなら尚更でしてよッ!
それはもうビッチビチのグッチャグチャに飛び散りますのッ!
大胆かつ過激な操作はここまで。細かな操作はここからです。黒泥の粒一つ一つを尖らせて、天から降り注ぐ無数の弾丸と化させます。触れたモノ全てを蜂の巣にして差し上げる凶器に仕上げるのです。
ただしこのままでは脳天にも黒泥銃弾が降り注いでしまいますからねッ!
とにかく頭をフル回転させて、私たちに降り注ぐ範囲の分だけはやんわりドロドロ泥成分のままにしておきますっ!
つまりはせいぜい粘ついた黒い雨レベルのまで被害に抑えられるのですっ!
一時的にお車のフロントガラスが見えなくなってしまいますが、ワイパーを動かせば簡単に落とせますからご安心くださいましっ!
辺り一面が真っ黒に染まっていきます。大小様々な黒泥弾が緑の芝生に穴を穿っていくのです。
環境破壊は気持ちがイイですの。むっふっふっふ。
「いやぁ……私は眺めてる側だからまだいいんだけどさ。実際問題コレ結構エグい攻撃だよね。巻き込まれたら絶対に防御間に合わないし。当たったら痛いじゃすまなそうだし」
「でしょうね。街中では使えないのがタマにキズなんですの。どんな新築物件だって瓦礫の山と化してしまいましてよ。周囲に何もない状況だからこそ安心して放てる大技ですゆえに」
これにて私の初手は終わりです。降り注ぐ黒い針雨を呑気に眺めながら、一息ついておきます。
あくまでこの技は周囲の安全が確保できているときだけの限定攻撃なのです。さすがの私だって全く無関係な方の血は流させたくありませんもの。
牙を剥くのはやむを得ないときだけですの。
今が多分、そのときなんですの。
そうして待つこと約一分。
黒い雨もようやく止みましたでしょうか。
予想の通り目に映る範囲のほとんどが黒一色に染まってますの。おまけに軒並みズタズタに引き裂かれているようです。
我ながら恐ろしい攻撃ですの。
無事に草刈り完了いたしましたわね。
完全に無傷なところなんて私たちの周りしか――
「ブルー、あそこ」
「……ええ。綺麗に洗い出せたみたいですの」
――いえ、正確には私たちの周りともう一箇所くらいしか、無事そうな場所は残っておりませんでした。
リムジンの斜め後方10メートルほど離れたとある一区画。ヒト一人分が立っていられそうな省スペース。
どうしてかこの部分にだけくっきりと緑が残ってますの。
むしろ少しも黒泥の影響を受けていなかったのでございます。