これ多分クロですわね
……車を走らせてから、そろそろ20分は経ちましたでしょうか。
エンジンを吹かせてからというもの、一度も止まらずにまっすぐ進んでいるはずなのですが、窓から見える景色はちっとも変わっておりませんの。
西も東もどこまでも草原が広がっているだけなのでございます。
振り返っても正門自体は見えなくなりましたが、草原のど真ん中に来ただけで目的地に着いたわけではないんですのっ!
たまーに揺れる車体によってどうにか微睡みからは逃れられておりますが……ここまで何も起こらないと……暇さがトンデモないのです。
退屈すぎて鯛と靴になってしまいそうです。
時間が止まっているような錯覚を覚えてしまいます。
「ねーぇー? まーだ着きませんのー? まーだー? まーだーでーすーのー?」
「私めにも分かり兼ねますゆえ……あと危ないですから姿勢良く座っていてくださいませ」
「ちぇーっ。はーいでーすのー」
ついにはリムジンの横長ソファに寝そべってみましたが、私一人が駄々捏ねたところで状況が変わるはずもありません。
ドレスがシワになってしまうのもイヤですし、分かりましたの。キチンと座り直して差し上げましょう。
横になっていた世界が元に戻ります。私の向かいにはどこか訝しげな表情を浮かべた茜が座っておりました。
彼女は彼女でドレスの端っこを指で摘みながら、何やらウンウンと唸っていらっしゃるのです。
「茜? どうなさいまして? 酔いましたの? エチケット袋が必要なら座席の下にありましてよ。さっき見つけましたもの」
「ううん。そっちのほうは大丈夫。だけどね」
「ふぅむ?」
横目に窓の外を眺めては、微かに唇の端っこを噛んでいらっしゃいますの。固く結んだ拳の上に顎を乗せて、肩の上に鎮座しているプニと小声で何かを話しているようです。
今の茜は地下施設にいるときのような色に溺れた牝猫さんではありません。先ほどまでのドレスの汚れに憂いていたあの子はどこに行ってしまったのかしら。
どちらかといえば戦闘体勢の――プリズムレッド状態のときのようなキリリとした雰囲気を感じます。
ただ座席に座って到着を待っているだけだといいますのに……ふぅむ。
「ねぇねぇ美麗ちゃん。何だかおかしくない?」
まるでキセルをふかした名探偵のようなそぶりで私を呼びましたの。
そのまま窓を開け放ちなさいました。寒くも温かくもない中途半端な風が車内に流れ込んできております。
どうしてだか心地よくはありません。
「と、仰いますと?」
頬杖をつきながら続きを促して差し上げます。
「いくら美麗ちゃんの家がお金持ちでもさ。こーんなに広い土地、数年やそこらでだだっ広い草原にできるのかな。元からゴルフ場でもなければ無理だと思うんだよ。現実的に考えてさ」
目を閉じ、腕を組んで悩まれていらっしゃいます。
同意するかのようにプニも肩の上でむにむに跳ねておりますの。
果たして魔法少女や悪の秘密結社の存在が現実的なのかと問われると言葉を濁してしまいますが、茜の言っていることが分からないでもないのでございます。
門の内側にこんな広大な土地を有しておく必要がどこにありまして? はたまた連合の拠点を不便な場所にしておく必要がどこにありまして? という話でもありますわよね。
それこそ侵入者を近寄らせないため、なら少しは分かりますけども。それにしたって無駄が多すぎると思いますの。
建物の周りを頑丈な壁で覆って、出入り口を何重にも施錠しておいて、優秀な見張りを雇っておけば済むお話ですもの。
茜が落ち着いた声色でお続けなさいます。
「私の勘違いならいいんだけど……さっきから全然景色変わってないんだよね。地面だけじゃないよ。太陽の位置も、雲の形も、何から何まで全部。
……多分、全然進んでないんじゃないかな。この車」
「ふぅむッ!?」
言われて気付きましたの。確かに茜の言う通りなのです。あー、シュークリームみたいな形の雲が浮かんでおりますのー、なぁんて呑気に思っておりましたけれども。
よく見たらずっと同じ位置にあるではございませんか!
正門の位置からは確かに離れましたけれどもッ!
それ以降はずっと変わっておりませんのッ!
いつの間にやら陸の孤島状態になってますのッ!
下手したら平衡感覚さえ失ってしまうレベルですのッ!
「めめめめメイドさん、一旦停めていただいてもよろしくて!?」
「ッ! かしこまりました」
私のお願いに素直に従ってくださいました。乗っているリムジンが少しずつ減速していき、やがては完全に静止いたします。
タイミングを見計らって私も茜も勢いよくドアを開け放って地に降り立ちますの。
不思議と風は吹いておりません。
始めの頃はそよいでいた芝も今は微動だにしておりませんの。
今もなお遠くの景色がほんのり霞んでみえますの。
最初は疲れのせいかとも思いましたが、こうも様々な疑いが出てきてしまっては単純な話として片付けていいわけがありませんわね。
この状況、絶対に自然ではないのです。
私の感性を、この違和感を信じますの。
「……茜。これ多分クロですわね。今更ながら私の第六感が警報アラートを鳴らしておりましてよ」
「お揃いだね美麗ちゃん。私も、やっぱりイヤな感じが全然止まらないんだ」
「念には念を入れておきましょうか」
「……うん」
いつでも動けるようにしておきましょうか。
というより、先に向こうから手を出してきていると見てまず間違いないと思いますの。
迎撃が遅れてしまっては元も子もありません。
今から私たちがひと暴れ始めても後で正当防衛として報告させていただきますの。多分総統さんも許してくださいますでしょう。
アイコンタクトを一回だけ交わしたのち、お互いに頷き合ってからグッと息を呑み込みます。
一方は声高らかに言い放ち、そしてもう一方は静かに口の中で呟きます。
「着装! - make up - !」
「偽装 - disguise - 」
それぞれの変身文句をッ! ですのッ!
私たちから解き放たれた白と黒の光が天に向かって交差いたしますッ!
しばしお待ちくださいましッ!
乙女の可憐なお着替えタイムでしてよッ!