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 ……これは、過去の記憶、なのでしょうか。


 うっすらとモヤのかかったような、ぼんやりと朧げな景色が浮かんでいます。


 目に写るこの光景は通っていた学校でしょうか。制服姿の茜の姿が見えます。私の側にはいつも楽しげに笑う彼女がおりました。



『美麗ちゃん! 放課後どっか遊び行こーよ! 題して商店街食べ歩きのツアー!』


『美麗ちゃーん。そっちの半分ちょーだい! 私のと交換ねっ!』


『うわぁ〜、美麗ちゃん家のお風呂、めちゃめちゃおっきくて凄ーいッ!! 毎日こんなの入ってるの!?』



 また次々と景色が移り変わっていきます。教室、校門、通学路……そしてこれは、私が以前住んでいた自宅でしょうね。広くて小綺麗な場所ではありましたが、大して面白くも何ともない家だったと言うのに、茜はよく遊びに来てくださいましたっけ。


 フラッシュバックのように、過去の断片が頭の中を駆け巡っていきます。


 そうしてまた景色が変わりました。


 今度は暗く冷たい世界です。


 飛び交う悲鳴、救急車のサイレン、逃げ惑う人々……。


『出動要請みたいだよ! 急ごうっ!』


『ここは大丈夫、私に任せて! 美麗ちゃんは皆の救助を優先して!』


『一気にたたみかけるよ! 準備はいい?』


『あっ大丈夫!? ケガは!? はぁぁ、よかったぁぁあ……』



 ピンチに出くわす度に、貴女は持ち前の明るさと正義感で窮地を乗り越えておりましたわね。

 まっすぐにただ前だけを見つめ、常に正義の炎を心に燃やして。その心の強さと意志の固さに、いったいどれだけの人が救われてきたことでしょう。

 かくいう私もその一人です。キリッと勇ましい表情の中にも決して笑みだけは絶やさない、そんな強く可憐で優しい貴女に、いつも元気と勇気を分けてもらっておりました。



 また、ぐにゃり、と視界が歪みました。

 周りに光は見えません。汚泥のように淀み燻んだ、灰色一色の世界が辺りを包み込んでおります。


 味気ない世界に、ポツンと独り茜の姿がありました。黒く濁った雨に打たれながら、ぐったりとその身を地面に横たわらせています。

 微動だにしない身体に、極浅い呼吸。肩で息するかのような瀕死の状態です。

 

 全身泥だらけでボロボロな彼女を、私は必死に支え起こします。



『……うぐ……かはっ。あ、あはは、最近ちょーっとだけ、無理しちゃってた、のかな。でも大丈夫、まだ大丈夫だから。一人で立てるよ。心配、しないで』


『……最近なんかね、身体が……あんまり言うこと聞いてくれないんだ。でも、皆が待ってるんだよね。だったら、私……行かなくちゃ』


『……くっ……なんでだよ、動いてよ、私の身体ッ……!』



 フラフラになっても、ボロボロになっても、彼女は前に進むことを辞めようとはしません。


 そんな彼女を、私は止めることができませんでした。




 やがて、ゼンマイの切れた玩具のように、茜の体はプツンと壊れて動かなくなりました。




『……ごめん。私もう、戦え、ないや』


『……もう、ヤだよ……こんな苦しくて……こんな辛いこと……耐えられるわけないよ』


『……私たち、十分戦ったよね……? 頑張ったよね……?』



 いつしか心の動力さえも壊れてしまったのでしょうか。以前はあんなに煌めいていた瞳も、今では古ぼけたアンティークの調度品のように輝きを失っております。 燻み、淀み、生気のない目です。


 せめてあのとき、私がもっと側で支えてあげられていたのなら。彼女の苦境を、少しでも分かち合ってあげられたのなら……。






『……もう、もう、うんざりだよ。

全部、終わりにしても、イイよね?

……さよなら、美麗ちゃん』






「待って茜ッ!?」


「ぷぇ、ななな何!? なんか言った!?」


 あれ、なんでですの。茜ったら目の前で元気そうにしているではありませんか。目をまん丸くさせて、実にとぼけたような表情でこちらを見つめていらっしゃいます。


 ん? どういうことですの?

 あんまり状況が飲み込めておりませんわ。


 辺りを見回してみればここは私の部屋です。ベッドの上で、目の前には頬のつぶれた茜がいらっしゃいます。


 はて。さっきのはもしかして、夢ですの?


「あっ……ごめんなさい。ちょっと、寝ぼけてしまっていたかもしれないですわ」


「嫌な夢でも見ちゃったの? まぁ大丈夫そうならいいんだけど。あととりあえずこの手は離してくれるかな?」


「あら失礼。ごめんあそばせ」


 やけに手の平にむにむにした感触があると思ったら、私ったら無意識に手を伸ばして、茜の頬っぺたを鷲掴みしてしまっていたようですわね。


「……ねえ。離してって言ってるんだけど」


「すみませんね。手が言うことを聞いてくれなくって」


 そんなしかめっ面しないでくださいまし。これ以上不機嫌になられても困りますからね。ちょっと名残惜しいですが手を離して差し上げましょう。機会があればまたムニりたいですの。正直なところそのちっぱいよりも格段に手触りが良いのですもの。


「なんだか失礼なこと考えてない?」


「あらよく分かりましたわね」


「そこは否定しようよ……」


 冗談ですわ。こう見えて一応は褒めているのです。あなたの胸にも需要はありますものね。ええ。それなりに。必要最低限には。コアなファンもきっといらっしゃるでしょうし。



 それにしても。

 なんだか久しぶりに夢を見たような気がいたしますの。この施設でお世話になるようになってからはめっきり減っておりましたもの。

 夢は浅い眠りの時によく見ると雑誌か何かで見たことがありますが、今回の場合は、なんといいますか、逆にぐっすり眠れていたから見てしまったかのような気がいたしまして。


 安心していたからこそ、心の奥深くから過去の記憶が夢という形で浮かび上ってきたのでしょうか。



「…………どしたの? なんか元気ない?

お腹でも冷やしちゃった?」


 かもしれませんわね。ずっと裸のままでしたし。上手くお布団が掛かっていなかったせいかもしれませんわ。


 いえ、心の内ではそうは思ってはいません。こんなに近くで茜の温もりを感じていたというのに、あんな暗く冷たい夢を見てしまっただなんて、正直、今でも信じられませんの。

 ちょっと荒療治になってしまうかもしれませんが、詳しく検索してみるのもよさそうですわね。


 長らく触れないようにしてきた私の記憶に、今一度アクセスしてみるいい機会かもしれません。ええ。もちろんあまり深刻には考えずに、せいぜい暇つぶしの延長的な感覚で、です。



 となれば、向かうべきはあそこですわね。丁度いい機器が備わっている場所を私は知っております。


「茜。私、ちょっと独房エリアへ行ってこようかと思ってますの。懲罰房に用ができましたので」


「ふぇ、あ、うん……いってらっしゃい」


 素直に送り出してくれるんですのね。特に理由を詮索することもなく。やっぱりフロアが異なるエリアには全く興味を持たないといいますか、話に食い付いてこようとしません。よく調教されておりますこと。

 

 私はすっくと立ち上がります。

 

 


 

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