悪徳業者の地上げではございませんの
細い裏路地を幾度となく通り抜けますと、突き当たりにて大型トラックが余裕で通れそうな大通りに出ましたの。
道の周りには白くて四角い建物がずらーっと並んでおります。上から見たら多分碁盤の目みたいになっていると思いますの。
こんなに綺麗に整備された街並みは……正直に申しますと、私の記憶のどこにも該当いたしません。
間違いなく初めて見る光景ですの。
ここ、ホントに実家の近くなんでして?
私がまだ幼かった頃はもう少しくらい近隣住民たちの活気に溢れていたと思うんですけれども……。
それにほら、私有地の一部は一般公開されておりましたし、緑豊かな庭園はまさに皆さまの憩いの場となっていたはずですし……!
このヒトケのなさが妙に不気味すぎるのです。
放つ雰囲気としては閑静な住宅街というよりは工場地帯の一角というような印象でしょうか。
しかしながら働く車の一台はおろか、人の気配そのものが皆無なせいで、言い表しようのない虚無感が漂っております。
せめて人々の働いている姿さえ見れたら、この胸騒ぎも少しは治まってくださるんでしょうけども……っ!
「ふぅむぅ。なぁんか変ですの。こんな殺風景なところではなかったと思いますの。ねぇねぇ温水プールはどこに消えましたの? 子どもたち用のゴーカートサーキットは? スーパーマーケットやら商業テナントやらが集まった総合複合施設は?」
「待って美麗ちゃん。そんなのまであったの!?」
「もちろんありましたわよ。古今東西、蒼井家は伝統工芸の保存から石油の掘削まで幅広く手を出してますの。敷地内のレジャー施設化など造作もないお話です」
世界有数のお金持ち、蒼井財閥をナメないでくださいまし。あの頃は湯水のようにお金がありましたもの。
ご安心くださいまし。地域にだってそこそこに還元しておりましてよ。愛し愛される存在が蒼井家だったのですから。公共事業にだって一枚噛んでおりましたし。
私が世を離れていた間にいったい何がありましたの?
「……そういえばお嬢様はご存知ありませんでしたね。ひだまり町に引っ越されてからまもなく、ご実家含め、区画内で大規模な土地改革が行われたのでございます」
「はぇっ!? ということは私が住んでいた庭付きガレージ付きの一戸建ても?」
「ええ。全て一度は平地と化したはずでしょうね」
「……ふぅむぅ……なんと……」
肩が勝手に項垂れてしまいます。
ひだまり町での思い出を住まいと共に消されてしまったように、幼少期の思い出さえも真っ白にされてしまったということなのでしょうか。
お仕事場の拡張の為に、という理由で引っ越しを余儀なくされたのは紛れもない過去の事実ですが、まさか建物丸ごと消されたとは思わないではありませんの。
私の部屋くらいは残しておいてくれても……っ。
といいますか我が家だけのお話ではありませんでしたの? 完全に敷地外の、つまりは近隣のご住宅さえも軒並み無くなっておりませんこと?
つい足が重くなってしまいます。
凹む私の空気に気付いたのか、やや前を歩いていたメイドさんが立ち止まられました。ゆっくりと振り向かれます。
ここぞとばかりにうるうるの瞳を向けて差し上げます。
「土地改革は敷地内のみならず、周辺区画をまるごと買収してまで行われたのだそうです。いわゆる集団立ち退きですね」
「まるで悪徳業者の地上げではございませんの……」
「表向きは平和に手続きが行われたらしいのですが……長らく眠り続けていたゆえに、詳しくは私めにも解り兼ねます。申し訳ありません」
「いえ、メイドさんが悪いわけではありませんの。……でも大体は把握できましたの。少々不安になってしまっただけですのでお気になさらず」
なんと言いますか、周囲の雰囲気があまりに無機質すぎて怖くなってしまうんですのよね。
効率化をトコトン突き詰めた結果、〝無〟そのものを〝是〟と定めてしまったかのような感じです。
どこか冷たくて固い印象なのです。
建物の入り口らしい場所はどこもシャッターが降ろされておりますし、視界に入る窓のほとんどに目隠し的な鉄格子が取り付けられているようですし。
少なくとも人の暮らせそうな街ではありませんの。
莫大なお金があれば、住民の立ち退きも、その後の土地開発もやりたい放題というわけですか。
なんだか背中が寒くなってきましたの。
歩幅も更に狭くなってしまいます。
「……本当に、何を考えていらっしゃるのでしょうか」
私が実家に疑問を抱いているのと同じように、お父様もまた私の行動に関心をもってくださっているのでしょうか。
メイドさんに連れられながら、引き続き空虚な道を辿ってまいります。先ほどから若干の上り坂です。
せめて桜並木でも続いていれば華やかでしたのに。緑のミの字も目に映りません。あるのは灰色の道路と白い建物だけ。
パッと見では飛行機用の滑走路のようですの。
ふと、坂の頂上辺りでメイドさんが立ち止まられました。指差しならぬ平手を向けて私たちの視線を誘導なさいます。
「見えました。あちらが正門でございます」
「…………なんていうか、巨大な白壁だね」
「それかもしくは砦の一部ですの。銃とか大砲とか付いていてもおかしくありませんもの。ここだけ治外法権と言われても信じてしまえますわね」
何人たりとも侵入を許さない、とにかく威圧的で絶対的な存在感を放っております。
視界の隅から隅までを埋め尽くしてしまうほど大きな障塀が、私たち部外者の侵入を阻んでいたのでございます。
おそらくこのすぐ向こう側に実家が建っているのでございましょう。実家が高層ビルか広大な豪邸スタイルか、それは通り抜けたら分かることですの。
更に薄目を凝らして見てみれば、塀には車が出入りができそうな両開きの扉が設けられているようです。
こちらが正門なのでしょう。サイドに取り付けられた小さなでっぱりは呼び鈴でしょうか。
「コッホン。皆さま、今一度気をお引き締めくださいまし。
少なくとも私たちはもう、実家に〝捕捉〟されているとみて間違いはないはずですの。未だ何のアプローチも来ないのは相手方の余裕の表れか、はたまたこちらの出方を伺っておられるのか……」
正門に近付いた途端に一斉射撃を喰らうとか、そういう理不尽さはご勘弁願いましてよ。せめて偽装変身して黒泥ガードを展開するだけの隙くらいは与えてくださいまし。
あと数分も経てばイヤでも分かることですわね。
ぐっと息を呑み込んでおきます。
私が先陣を切って差し上げましょう。
細心の注意を払いながら、少しずつ正門に近付いてまいります。