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おゲロが口からこんにちは

 

 転移酔いが地味ぃに襲いかかってまいりました。


 天地逆転な真っ暗闇を漂いながら、まるで五臓六腑が内側から外側にひっくり返りそうな感覚を嫌というほどに味わいましてぇ……っ!


 身体は回っていないはずですのに目が回りますの。

 平衡感覚が一切無くなって、三半規管が声にならない悲鳴を上げ続けております。


 正直、もうダメかもしれません。

 ……かなりヤバめな体調ですの。


 あ。今まさに胃から昨日の夜ご飯が昇っ――



「ッ……はーっ……! もう少しで完全にリバースしてましたの……! コレばっかりはいつまで経っても慣れませんわねぇ……!」


 危ないところでした。ギリギリセーフでしたの。おゲロが口からこんにちはしてしまうかと思ったその直前、ようやくお尻が床に触れてくださいました。しっかりと重力を感じます。九死に一生を得られましたの。


 感触的には地面は粗雑なアスファルトでしょうか。


 土のような柔らかさはなく、どちらかといえばグイグイと身体を押し返してくるような感じです。

 

 ふらふらながらに早めに立ち上がりますの。

 ついでに衣服に付いた砂埃を払い退けておきます。


 まだ明順応が機能しておりませんので辺りの様子は分かりませんが、おそらくココは時間貸しの駐車場か何かなのでしょう。随分と殺風景ですけれども。


 三方をブロック塀で囲まれている地形ですので、確かに周囲からは目立ちそうにありません。転移の拠点としてはピッタリな場所なのでしょう。



「コッホン。お二方、ご無事でして? もしや必要以上に衣服を汚してはおりませんでして?」


 メイドさんと茜の両方にお声がけしておきます。ある程度転移の経験がある私ならともかく、メイドさんは完全にお初の体験かと思いますの。大丈夫でしょうか。


 まして病み上がりのお身体なのです。日常生活を送る上ではまず感じることのない浮遊感だと思いますし、変に負荷が掛かったりしていなければよろしいのですけれども。


 ようやく明順応が働き始めてくださいました。

 思考に合わせて視界も澄んでまいります。


 案外真横にいらっしゃいましたの。

 既に立ち上がっていらっしゃるようです。

 


「……なるほどこちらが話に聞いていた転移というモノですか。無重力を体験したことはございませんが、きっとこのような感覚なのでしょうね。

ああ、ご心配なさらずとも、私めは至って平時通りにございます」


「思ったよりピンピンしてましたわね。さすがはメイドさんですの」


 心配するだけ無駄だったでしょうか。

 むしろ安定感を鍋で煮詰めたような人ですものね。


 立ち上がり早々にふらついていた私とはちがって、彼女は少しも動じる様子を見せず、ケロッとした微笑みを浮かべていらっしゃいました。


 それどころかスタタと駆け寄ってきなさいまして、何も言わずに私の衣服を整えて始めてくださったくらいです。余裕のよっちゃんですの。


 万全さが伝わってまいりますわね。


 ということは、心配を向けるべきは茜の方なのです。ただでさえ身なりに気を取られていらっしゃいましたし。



「それでは茜は? ご無事でして?」


「うん。私も大丈夫。ちょっとだけクラってきたけど」


 塀の角っこ、私のやや後ろ側に佇んでいらっしゃいました。口ぶりのわりに、心なしか下がり眉になっているような気がいたします。


 消沈気味な茜がお続けなさいます。



「……あ、でも。ドレスのほうにちょっと汚れが付いちゃったかも。早速しょんぼり。どうしよっかな」


 お尻側の土埃を見ようとその場でくるくると回っていらっしゃいます。自身のの尻尾を追いかけ続けるワンちゃんみたいで実に微笑ましいのです。


「ふふ。それくらい軽く叩けば落ちますから気にしないでくださいまし。最悪私の黒泥で吸い取って差し上げられますし。そうでしょう?」


 ほらこっちに来なさいな。

 裾口をパッパと払って差し上げますから。


 そしてちょっとだけジッとしていてくださいまし。側から見たらお尻ぺんぺんな構図かもしれませんが、今に限っては邪な気持ちは少しも混じっておりませんの。


 毎晩のお返しをば、なんて心はもっての外でしてよ。ふふふふふ、うふふ。もちろん冗談ですの。


 

「…………うん。分かった。そうだね」


 触診した感じではお身体のほうに問題はなさそうです。おまけにちゃんとプニも肩に乗っかってましたの。こちらはわりとグロッキーめに潰れていらっしゃいましたが、放っておいたらそのうち復活なさいますでしょう。


 というわけで、特に周囲にも人の気配は感じられませんし、これにて無事に転移完了です。


 早速目的地に向かうことにいたしましょう。



「ちなみに帰りはココから戻ることになりますの。それゆえ、実家までの道順を覚えていかなければなりません。よろしければ……ご記憶お願いできませんでして?」


 プニでもメイドさんでも構いませんの。

 おあいにく、私ほんの少しだけ方向音痴の気質があるのです。


 別に致命的なレベルではないのですが、よく似た地形では迷いが生じてしまったり、ガッツリ勘違いしてしまうことも多々起きるのでございます。


 万が一に敵方に追われたとき、余計な不安を抱えていたくはありません。最悪私一人が敵を引きつけておきますの。その間に逃げてくださいまし。そして落ち着いた頃合いに迎えに来てくださいまし。


 そんなこんなでこういう道覚えは元からお得意な人にお任せできますと、私も本来の業務に専念できるんですけれども……!


 お二方に期待を込めた瞳を向けて差し上げます。



 一瞬の間の後、手を挙げてくださったのは頼れる我らのメイドさんでございました。しかしながらどこか恐る恐るといったご様子でしたの。



「あの、お嬢様。そういえば総統様からお預かりしたモノがあるのでございますが」


「ふぅむ?」


 この人にしては珍しいですわね。


 続きの言葉の代わりか、何やらメイド服の胸元辺りをガサゴソなさいます。確かに女性の収納場所は殿方よりも二、三ヶ所ほど多いですけれども。何よりスカートの内ポケットは取り出しが面倒ですし。


 ちなみにお胸以外の場所はヒミツの花園でしてよ。



 やや大きめなお胸が一瞬だけ強調された後、どこに収まっていたのかも分からないサイズのモノが取り出されます。



「こちらでございます」


 ふぅむ。どこかで見たことがありますの。

 黒くてツヤツヤしていて輪っか状のコレは……?

 

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