馬子にも衣装、美麗にもドレス
そうして迎えた〝殴り込み〟当日。
私たちは朝早くから転移室に赴いておりました。
隣には真っ赤なドレスを見に纏った茜と、いつもの麗しいメイド服に袖を通されたメイドさんが居てくださいます。
今日は主にこの女子三人と、ついでにプニ一体で行動する予定なんですのっ!
敵の本拠地に乗り込むにしては少々戦力不足感が否めませんが、今回の外出は殲滅メインではありません。
極力戦闘は極力避けていきたいと思うのです。
本日は魔装娼女としての私ではなく、蒼井美麗として実家に顔を出すのでございます。
事前に訪問の手紙を送っておきましたの。
安全の為に返事は受け取っておりません。
秘密結社側に寝返った今では、ある意味では宣戦布告に等しい行為なのかもしれませんが、この際それでも構いません。
先に手を出してきたのはソチラですの。
私はただ、今の私を、そして今の生活を傍観していてほしいだけなのです。
ただ、邪魔をしないで、ほしいだけ。
娘の独り立ちを黙って送り出してくださいまし。
素直に訪問に応じてくださらなければ、それこそ拳で門をこじ開けて差し上げるまでです。
立ち塞がる全てを薙ぎ倒していきますの。
おそらく遠目からカメレオンさんを始めとした複数名が見守ってくださっているとは思われますが、私たちがピンチに陥るまでは表舞台に現れることはないでしょう。
そもそものお話、ヒーロー連合の本拠地となりますと怪人さんでは武が悪い場所でしょうし。四方八方から浄化の光を浴びさせられてしまってはさすがのカメレオンさんでも危ないと思いますの。
その点私や茜やメイドさんは生身のヒトのままですので、物理攻撃以外、つまり浄化の光の類いは全く効きませんのよね。もはや奴らのチカラの半分を封じたに等しいんですの。
代わりにその物理攻撃にめっぽう弱いんですけれども。その辺は修行で培った技術で何とかいたしますの。
それでも、今の私には限界があります。
先日に総統さんからご助言いただいたように、ヤバいと思ったらすぐ逃げましてよ。
お二人を小脇に抱えてスタコラサッサいたしますの。この数日は主に逃げ足のほうを鍛えました。ハイヒールなこの靴でも50メートルを8秒代前半で走り抜けられますわね。
何にせよ気を引き締めてまいりましょう。
「さぁとにもかくにもいよいよですの。この日の為に0.7キロも痩せましてよっ! おかげでほら、見てくださいまし、この着こなしっ」
くるりと回ればほら、ふわりとした布地が周囲の光を反射して輝きます。スレンダーで色っぽい身体に綺麗なドレスを纏えば、もはや非の打ち所がございません。
全て走り込みと食事制限を徹底した賜物ですの。道すがらにカメレオンさんから誤差レベルと笑われましたが、痩せた事実に違いはないのです。
馬子にも衣装、美麗にもドレスというわけですのっ。
私の瞳や髪の色と同じ、全体的に青をベースにした特注のドレスをご用意いただいたのです。少なくともコレなら実家の門をくぐる際に恥ずかしい思いをしなくて済むことでしょう。
名は体を現すとは言いますが、体が名を貶めることもあり得るのです。ほら、人は見た目が9割といいますでしょう?
身を整えれば心だって整いますの。
女子は着飾ってこそでしてよ。
長らく忘れておりましたけれどもっ。
お気に入りのネグリジェを除けばかなり久しぶりな気がいたします。
それに今は珍しく黒泥製のモノではないキチンとした衣服を着られておりますからね。
ドヤドヤという思いが溢れ出てきて止まらないのでございますっ!
「ふふん。ふっふんっ。全部痩せたおかげですの〜。実際ダイエット頑張りましたの〜。苦悩に満ち溢れた辛い日々〜。それを覆す喜びを今〜」
「…………あ、うん。そうだね。見た目的には全然変わってなさそうなんだけどね……いや大丈夫、ちゃんと似合ってるよ? ……なんていうか、そこら辺は美麗ちゃんさすがだなって感じ」
「あらどうなさいまして? 珍しくテンションがお低いではございませんか。つい先日の私のようでしてよ?」
「うん、そりゃあ、まぁね……」
地味ぃなツッコミを入れなさる茜ったら、私の陰に隠れるかのように小さくなっておりましたの。
そのお顔をじっと見てみれば、彼女はほんのりと眉をひそめつつ、また頬の辺りをポリポリと掻きなさって照れていらっしゃったのです。
私が似合っているのは至極当然のこととしても、今日は茜は実におめかしピッタリな感じになっておりましてよ。
ほら、全体的に子供っぽい感じが薄らいでおりますの。それが決してマイナスではなく、むしろ紅のドレスの煌めき感と潤いに満ち溢れたツヤツヤな髪とが合わさって、いかにも高級そうなお人形さんのようになっているのです。
いかにもイイとこのお嬢さん感満載ですの。
それはもう生まれながらのお嬢様な私と対等に肩を並べられるくらいに。
とっても美人さんでしてよ?
もっと胸を張ればよろしいですのに。
「小暮様。よくお似合いですよ?」
傍らのメイドさんも後押ししてくださいます。
彼女は特に着飾った様子はないのですが、いつもながらにスマートにまとまっていらっしゃいます。落ち着きと清潔さに満ち溢れたご格好ですの。変わらぬ安心感がありますの。
「ほら、私こういうのあんまり着たことないし……そもそもドレスとか生まれて初めてだし……」
「もしかしなくても緊張してますの?」
「………………うん」
あらまぁ、意外に可愛いところありますね。
私は生まれ的に慣れておりますが、普通のお家の方はそうではないのかしら。
あ、そうですの。煩わしい物事が終わりましたら、今度地下施設でお洋服パーティを開催いたしましょう。
「美麗は能天気でいいプニね。今から連合本部に乗り込むというのにプニ。気ぃ抜けてないプニか?」
プニが茜の肩の上で溜め息を零します。茜を気遣うようにぷにんぷにんと跳ねておりますの。
これでも私だって考えているんでしてよ?
考えて、悩み抜いて、一周回って疲れて開き直りましたの。
「ま、今更気負っても仕方ありませんからね。私だって完全に吹っ切れていないわけではありませんの。けれどもそれ以上に、私は今の生活を気に入っておりますから」
色々と臆していても意味はないですの。これから行うのはあくまで前に進むための徹底口戦なんですから。
「それではお二方、準備はよろしくて?」
「はい。私めはいつでも」
「……うん。大丈夫。……汚さないように注意するね。歩くとき、気を付けないとな……」
今は集中力を欠いていらっしゃいますが、そのうち茜も普段通りに戻られますでしょう。
とりあえず先に腰を下ろしておきます。
げろげろで台無しにはしたくありませんもの。
ともかく、転移の門を繋げましょう。
ウダウダ言っていても何も始まりませんし。
「……転移! 私の実家からほどなく離れたイイ感じの空き地へ、ですのっ!」
スタッフさん方よろしくお願いいたします。
とはいえ直接乗り込みは危ないですからね。
まずは離れたところから様子見いたしましてよっ。
眩い光の中、身体がふわりと浮き上がり始めます。