私は、全然強くなんてありませんの
歳を取ると月日の流れが早くなったように感じてしまいますわね。
秋の始まりもとっくに過去のモノになりまして、お手々が凍えて悴んでしまうような季節がやってまいりました。
私がこの地下施設にお世話になり始めたのも、確かこんな寒い冬のとある日……だったかと思いますの。
もうそろそろ四周年になりますかしら。
あの頃を思い出して、ついしみじみとしてしまいますわね。
まっ、今の私は暖房の効いたお部屋の中でぬくぬくと丸まっているんですけれどもっ。
しかも昨晩は総統さんにご寵愛をいただけましたからね。心も身体も温かく満たされた直後なんですのっ。
うふふふふふっ……ふふっ……ふぅ。
朝方ご自室に戻ろうとする総統さんの背中を追いかけて、最下層の司令室にまでお邪魔してしまいましたの。
いつもならまだ寝てろって静止なさいますのに。
珍しく何も言わずに許してくださいました。
総統さんもまだまだ人肌恋しいのか、それとも物憂げな私のオーラを感じ取ってくださったのか……おそらくは後者ですわね。私自身、彼の弱いところを見たことがありませんもの。
いつでも軍服の襟を立てて、背筋をビシッとさせて……人の上に立つ者の心意気を感じさせてくださるのです。
この頃はずっと甘えてばかりですわね。私。
「…………はふぅ。……にしても、ねっむぅ……」
というわけで、本日の私は総統さんのお側からスタートしたのでございます。ただいまは応接用のふわふわソファの上でひたすらにゴロゴロさせていただいておりますの。
特に何かを始めるわけでもなく、業務のご様子をのんびりと眺めたり、次から次へと湧き出てくるあくびを噛み殺しては、意味もなく微笑んだりして……っ。
うふふ。なんだか新婚さんの気分ですわね。
きっと私だけの気持ちでしょうけれども。
溜まった書類の整理をなさっていらっしゃるのか、この部屋にはカリカリという筆の進む音だけが響き渡っております。
「……ブルー。そんなところで寝たら風邪引くぞ」
「あら心配していただけますの? そうなったら看病してくださいまして? 貴方を独り占めできまして?」
書類束の向こう側から声だけが聞こえてまいります。ホントは間近でお顔を眺めていたいんですのに。朝からお仕事のお邪魔をするわけにもいきませんからね。
床に散らばった書類の整理くらいは手を出しても怒られませんでしょうか。暇つぶしにはなりそうですし。何よりもっと彼に近付けますし。
必然的に二度寝してからになりますの。
「ふっふんっ。いっそのことお腹丸出しで眠って差し上げましょうかしら。せっかく温めていただいたこの身体を冷やしてしまうのは、少々勿体無いですけれども」
「そう思ってるならせめてブランケットくらい掛けろ。ただでさえお前ら薄着なんだから」
「ふぁーい、でーすのー……」
お客様用のソファにあるまじき、私たち用に備え付けられた薄いモフ布を手に取ります。別に偽装変身すれば好きに衣服も変えられるのですが、彼からいただける優しさを無下にしたくはありませんの。
半透けのネグリジェを隠すように、ぐるぐると身体に巻き付けます。セルフ簀巻きの芋虫状態になりましたの。ほとんど身動き取れませんの。ほら、襲うなら今でしてよ。
とまぁ冗談はこのくらいにしておきまして。
単なる寂しさ解消のためだけに、また暇つぶしのためだけにわざわざ総統さんのお部屋に遊びに来たりはいたしません。
仮にも彼は秘密組織のトップ。一方の私は世を捨て家を捨てたタダの慰安要員。
一応は身分のちがいを理解しているつもりです。
今日は、お話があってまいりましたの。
正確にはお尋ねしたいこと、かしら。
長らく目を背けてきておりましたが、そろそろとある疑問に触れてもよろしい頃合いなのでは、と。
むしろお聞きするなら今しかないとまで思いましたゆえに、彼の背中を追ってきたのでございます。
「……ねぇ、ご主人様」
「……おう。待ってろ今そっちに行くから」
珍しく、カリカリという硬筆音を止めてくださいましたの。いつもなら〝ながら〟の作業を続けて、お仕事のお手自体はお止めなさいませんのに。
ホントに、色々と察しのよろしいお方ですの。
お仕事用の椅子から立ち上がって、わざわざこちらに歩み寄ってきてくださいます。私の声色一つから色々と汲んでくださったのでしょう。
簀巻き姿を見て、今一度フッと微笑みを零してくださいます。
いきなり醸されたシリアスめな雰囲気ではございますが、芋虫状態のままで失礼いたしますわね。
ソファの上で一本釣りされたマグロのように横たわってしまっておりますがご勘弁くださいまし。
これは無抵抗かつ絶対服従の意思表示ですの。断じてキツく巻きすぎて身動きが取れなくなってしまったわけではありません。
モゾモゾと蠢いて体勢を立て直します。そうしてソファの背もたれに身体を預けますの。
ともかく気を取り直して、そのまま顔だけでも真面目さを取り繕っておきます。
「……あの。とっても今更なお話になってしまうんですけれども」
「ああ。構わないよ」
優しく頷いて横に腰掛けてくださいます。
少しだけ寄りかからせていただきました。
昨晩近くで嗅いだばかりの彼の香りがもう一度この鼻をくすぐります。決して扇情的なものではなく、あくまで私に落ち着きを与えてくださるような、とにかく素敵な大好きな……。
震え始めた心を少しずつ落ち着かせながら、己の弱さを、あえて晒け出させていただこうと思いますの。
この施設にお世話になり始めた頃から、ずっとずっと疑問に思っていたこと。
けれどもあまり考えないようにしていたこと。
私が今、ココにいられる理由をお聞きしたいんですの。
「かつてご主人様は、私のことを〝強い〟と仰ってくださったと覚えておりますの。初めてプリズムブルーとして対峙したときも、魔法少女を辞めたくなったときも、実際にその手でお救いいただいたときも、ええ。何度も何度も……!」
「ああ。今だってたまに言うようにしてるからな。お前、言ったことすぐに忘れるし」
自身ありげに微笑みなさいます。
まったく失礼しちゃいますの。
たしかに私は些細なことならすぐ忘れる性ですし、あまり根に持たないタイプでもございますが、人から受けた恩なら基本的に別ですの。
貴方にハジメテをお捧げした日も、お前の強さを見込んで慰安要員にスカウトした、と。
面と向かって言われた記憶がございます。
でも。正直、信じられてはおりません。
「……最近思い知りましたの。私は、全然強くなんてありませんの」
俯きがちに呟かせていただきます。
だって、そうでしょう?
いただいた魔装娼女のチカラを駆使しても自らの仇敵を倒すことはできませんでしたし、結局は再びのピンチを救っていただいたことですし。
どんなに素晴らしい外装を纏えたところで、中身の私自体は何一つ変わっていないどころか、そのチカラを上手く引き出すこともできず……こうして薄い掛け布団に小さく包まることくらいしかできないわけで。
貴方からの愛情を身に受け止められるだけで、私自身はずっと……変わらぬ弱いままなのでございます。
「……ですから正直に教えてくださいまし。ご主人様は私の何を買ってくださったのでしょうか。
大きく育ったこのお胸? それとも抱き心地の良さげなこの身体? 腰のくびれなんかもチャームポイントですわよね。
……実際、自覚はありますの。むしろそれくらいしか、誇れそうなモノはありませんもの」
「いや、それはちがうな」
「ふぅむ? お胸もお尻も、貴方のお好みではなかったってことですの? さすがの私でもちょっと悲しく――」
つい現実から目を背けたくなってしまった、そのときでございました。