このままで終わらせたくのないプニ
「…………何を馬鹿なことを」
だってポヨは、私が殺めましたの。
永遠に忘れ去ってしまいたい過去なのです。けれども忘れた頃に夢に現れては、また詳細に思い出してしまうんですの。
ドロドロと手に纏わりついた、あの感触を。
ドス黒い感情に身を任せてしまった、あの冷たさを。
「ポヨは間違いなく死にましたの。アレで死んでなかったら本物のバケモノですの。まさか機械の身体は永久に不滅なんでして?」
「いや……プニだって跡を見たから分かるプニよ。お前らが去った後の現場に残っていたのは、広がる赤い水溜まりと、制御を失って液状化した青い残骸だけだったプニ」
「だったら……ッ!」
分かっているではありませんの。
それなら尚のことおかしなお話だと思いますの。
探すも何も、彼はもうこの世には居るはずがないんですから。
つい熱くなってしまいましたが、我に返ってもう一度座り直します。出来る限り小さく、膝を抱えるようにして。
ポヨの最期は嫌でも記憶に刻み込まれてしまっておりますの。潰れる直前には私の名を呼んでおりましたわよね。そして〝美麗は悪くない〟とも。
正直、意味が分かりませんでしたの。
そして、既に追い込まれてしまっていた私には心底どうでもいいことでしたの。辛いことも嫌なことも全て終わりにしてしまいたい一心で、自らの意志で手に掛けたのですから。
「…………けれども、そのせいで……」
ポヨを殺めてしまったことで、未来への道が途絶えてしまっただなんて。
そんなトラップに誰が気付けるっていうんですの?
人を呪わば何とやらという言葉がございますが、その通り、いつかは自分に返ってきてしまうんですのね。
ポヨが、そして私自身が。
身をもって体現してしまっているのですから。
現実という二文字が私の背中に重くのしかかっております。
適合率99%の壁は遥か高くに位置しておりますの。
そしてどんなにこの手を伸ばしても、もう決して届くことはありません。
それこそ魔法少女でも魔装娼女でもない、全く別の方法でチカラを得るしか道が無くなってしまったも同然なのです。
……私のコレは単なる怠惰なんかではありませんの。
また別の意味での〝絶望感〟の現れなのです。
どうにも身動きの取れない閉塞感にほとほと疲れてしまいましたの……!
ポヨのことを思い出せば思い出すほど、虚しさとどうしようもなさがとめどなく溢れてきてしまうのです……ッ!
「何度でも言いますの! ポヨは! 私が殺しましたのッ! この私が! この手でギュムっとブチっと!」
ポヨはもうどこにもおりません。
ポヨはもう、どこにもおりませんの。
この世界のどこにも。
きっとこの天国にも地獄の果てにも。
今更終わったはずの出来事を掘り起こさないでくださいまし。
膝を抱えたまま続けさせていただきます。
「第一、あんなにビチビチに飛び散ったのにポヨが無事なはずがございませんでしょうッ! 即死したことくらい誰にだって分かりましてよッ!?
実際その後は私も魔法少女のチカラを失ってしまったのですしッ! ましてあれから三年以上も経っているのですしッ! ちょっとした慰めにもなりませんのッ! いい迷惑ですのッ!」
「慰めなんかじゃないプニ。むしろコレこそがプニの一番の本音プニよ。美麗がポヨを手に掛けたのを知ってからというもの……ずっと、ずっとずっと、どうにかならないものかと模索していたのプニ!」
「勝手なこと言わないでくださいまし!」
仮にポヨがまだ生きているのだとしたら、私の身体を包むこの重苦しさは何だったのです!?
生きづらさは!? どうしようもなさは!?
私の過去への決別は!?
断ち切ったはずの未練は!?
今更どう責任を取り直せとッ!?
そんな……そんな、私の根幹を揺るがすような甘言を、今になって向けてこないでくださいまし。
メイドさんが無事に復帰してくださった今、ポヨを殺害した過去は、私の心を震わせる唯一の〝後悔〟とも言えるトラウマなのです。
何をどうしたって強がりの中から、封じ込めた弱さが出てきてしまいますの。
ずっとひた隠しにしてきた〝自責の念〟を、今になって呼び起こされてしまっては……!
感情を剥き出しにして、勢いに任せて心の殻に閉じこもることしかできなくなってしまうのです……!
もはやグッとしゃがみ込んで背を向けて、両手で耳を覆って、唇の端を噛み締めることしかできません。
意味のない自己防衛だとは分かっておりますの。けれどもこうでもしないと、身体の震えが、止まらなくなってしまうのでございます。
「…………美麗。お前がアイツを潰してしまったのは疑いようもない事実プニ。実際、ポヨからの信号はあれから一切感じられなくなったプニ。まず間違いなく、装置としての役目を終えたとみて間違いはないはずプニ」
「なら……尚のこと探せるわけないじゃないですの」
あれから何年経ったとお思いでして? 青い残滴の飛び散った病院の床も、ごく微小なマイクロチップとやらも、私やメイドさんの血と一緒に綺麗さっぱり掃除されているはずです。
今頃は海の藻屑ですの。それかゴミ集積場の一部と化しておりますの。もしやそこから探せと仰いまして?
それこそ何年掛かるか分かったものではありません。
「物理的では無理でも、電子的にはイケるかもしれないプニ。トンデモなく薄い望みに賭ける形にはなるプニが……もしかしたら、アイツの人格データの〝バックアップ〟は本部のサーバーに残っているかもしれないのプニ。それを探すのプニ」
「ッ!?」
ついつい首を上げてしまいました。
赤いブローチの宝石ポヨが、淡く発光しているのがこの目に映り込みます。
レッドが胸に両手をかざしなさいましたの。
ブローチから一際強い光が放たれて、すぐに彼女の全身を包み込んだかと思いますと――
「プニはこのままで終わらせたくのないプニ」
「私もそう思う。多分、このままじゃダメだよ」
――変身を解除なさいましたの。手のひらに乗っていたプニを、茜が優しく床に下ろしなさいます。
プニが、ぽむんぽむんという柔らかな音を奏でながら、少しずつ私に近付いてきますの。
最後に一回だけ大きく跳ねなさいまして……私の膝の上に着地したのです。
目の前につぶらな瞳がございます。
まっすぐに私の方に向けられておりますの。
どこか決意の色が見え隠れしているような気して、震え荒ぶ身も心も忘れて、つい見つめ合ってしまいます。
「いいか美麗。今が前に進むそのときだプニよ」
彼の声もまた、少しだけ震えていらっしゃるような気がしてしまったのは、おそらく私だけではないと思いますの。
プニがゆっくりと続きの言葉を紡ぎ始めます。
「もちろん既にデータ削除されている可能性も高いプニ。しかも運良く残っていたとしても……いつの段階の記憶が保存されているかさえ定かではない……正直そんな状況プニ。……それでも」
とても弱々しくて、今にも消え入りそうな声でした。
けれども、絶えず私の目を見つめたまま。
まるで己も私をも奮い立たせるかのように。
もう一度だけプルプルと身震いなさいまして。
今度は私の頭の上にジャンプなさいましたの。
「それでもプニはアイツの真意を確かめてみたいんだプニよ。もちろんポヨのしでかした行為は決して許されていいモノではないプニ。
だけどプニにはどうしても……美麗を貶めてメイドを傷付けるような非道を、ポヨ自らが指揮をしたとは思えないのプニ。だから、実際に問い確かめたいのプニ……!」
「……ふぅ、むぅ……」
仰る内容は理解できないものではありません。
あのときは黒い衝動に身を任せてしまいましたが、心の拠り所を別に見つけられた今なら、別の景色が見えてくる……のかもしれませんの。
もう一度、ポヨに、会って。
あのときの行動の意味を聞けるのなら。
彼の策略の被害者になったメイドさんは、三年後に無事に目を覚まされました。
失った時間はこれからゆっくりと取り戻せばよろしいのです。彼女もそう仰ってくださいましたし。
ともなれば、言い方によっては〝誰も〟取り返しの付かないことにはなっていないとも考えられます。
あの頃から時計が止まったままなのは、もしかしたら、ポヨと私の二人だけ……なのかもしれません。
「……しばらく、考えさせてくださいまし」
今はまだ、GOともNOとも言えませんの。
けれども前向きに検討させていただきますの。
足踏みは、私もイヤなのでございます。
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