へぁっ……はっ、はーあぁぁあッ!?
私には、プニのような存在は、おりません。
いえ、かつては側におりました。
けれどもこの手で握り潰して消し去りましたの。
つまりは自ら決別したということです。
ゆえに、戦うときは、常に独りきりなんですの。
背中を守ってくださる方は数多くいるとしても。
共に戦ってくださる方は茜以外におりません。
きっと今後も変わることはありませんでしょう。
そうですの。
茜にはプニがいるのだとしても。
私には誰一人としていないのです。
……それが。たったそれだけが。
茜が勝てて、私が勝てない理由……?
「ってことはアレですの? 私にはやっぱりポヨが必要だったって、そう仰りたいんですの? ……あんな裏切り者を!? メイドさんを傷付けた元凶を!? 何の戯れ言を仰いなさいまして!?」
ついつい声を荒げてしまいます。
けれども茜とプニの引き気味の視線で気が付きましたの。咄嗟に咳払いをして誤魔化しておきます。今更、遅いでしょうけれども。
ふぅむ。いけませんわね。ポヨの話となるとどうも気が動転してしまって仕方ありませんの。今でもあの冷たくてぬるりとした感触を思い出せてしまいます。
もう三年以上が経ったのです。
少しは平常心を保てませんと。
自身の行為をトラウマと呼ぶにはさすがに身勝手すぎだとは思いますが、あの青色水饅頭については今もあんまり触れたくない自分がおりますの。
唯一、心と手を汚したと思えてしまうお相手なのです。それゆえに、尚更に心の奥底に封印しておきたい苦い記憶なのでございます。
「……えっと。とにかく。今のは忘れてくださいまし」
「大丈夫プニ。察してるプニよ。……ただ、その辺も含めて整理しておきたいところはあるのだプニ」
重たい空気を汲んでくださったのか、プニが落ち着いた声色でフォローしてくださいました。
ふぅ。ただの変身装置に気を遣われてしまっては淑女の名折れですわよね。改めて反省しておきますの。
私もつい先ほどに癇癪を起こさないと心を鎮めた手前、ここは何も言わずにただ頷いておくしかできません。
ほ、ほら、さっさとお話しくださいまし。
一応黙って聞いて差し上げますから。
目線で促して差し上げますと、ホッとしたようにプニが淡く明滅なさいました。
「いいかプニ。プニら変身装置には相手の動作をいち早く察知したり、防御用に咄嗟に杖を生成したり、はたまた攻撃動作中にも付与するチカラを細かく調節して、装者がより効率的に動けるよう努めたり……と、意志を持つ変身装置として、やっていることは沢山あるのプニ」
「もちろん覚えがないわけではありませんの。私も、かつては魔法少女その人だったのですから」
変身装置の加護を実際に体験している身です。
文字通り私の行動を補助してくださったり、逆に戒めたり敵地まで案内してくれたりなど、ただのペーペーだった私もいろんなやりとりを経て戦場に赴いて、そして戦えるようになったのです。
ポヨに助けられていた部分は、悔しいですが全くのゼロとも言えません。持ちつ持たれつな感じでそれなりにやっていた自覚はありますの。
プニがお続けなさいます。
「それゆえに〝適合率〟には変身装置と装者のシンクロ具合がより大きく影響してくるはずプニ。
そして、ここからはプニの憶測も混じってくるのプニが、話してもいいプニか?」
「……どうぞお好きに、ですの」
「今美麗が身に付けている変身装置は、プニらを元に造られているんだったプニよね? ということは、片方の意志が存在しない状態で最大限のチカラを発揮できるモノなのか……少しばかり疑問が浮上してくるのプニ」
「ふぅむぅ……言われてみれば……」
そう納得できないことでもありません。
変身補助装置の直接的な補助がない状態で、今まさに魔装のチカラを引き出せているのか、私自身には確認のしようがないのでございます。
更に言えば、この偽装変身の装置を開発していただくにあたって、余計な意志は排除してほしいと願ったのは他でもないこの私なんですの。
無いほうがきっと気持ち的にもラクになれると思ったから……と述べさせてくださいまし。
もしもそれがまったくの逆効果で、強くなる為には装置の心が絶対に必要になるとしたら……?
けれども、今更に新たな装置と親密な関係を築きたいかと問われたら……思いっきり首を横に触れる自信もあるのでして……っ。
同じ辛い思いは二度としたくありませんの。
もしかしたら私は、前に進む為の術を完全に見失ってしまったのかもしれません。
もうすでにココ自体が行き止まりで、崖だと思っていたモノは実は左右の壁や天井で、既にココは空虚なら袋小路と化していたのかもしれません。
「今から装置をアップデートしていただいて……ついでに意志を必要としない完璧な変身装置にしてもらうのは……ええ、分かってますの。その光り方を見れば分かりますの。難しいんですわよね。出来るのなら最初から施していただいていると思いますし」
「おそらくはそうだろうプニね。この秘密組織の技術力なら造作もないはずプニ」
同意を示してくださっているのか、宝石と化したご自身の身体をチカチカと明滅なさいます。
以前、装置を受け取った際に総統さんからご説明いただいた……ブラックボックス的な部分でしたっけ? その解明不能な部分に全ての原因が詰まっているのでございましょう。
その辺が解決するまではココでウダウダ言っていても変わりませんの。しかも時間が解決してくださるわけでもないですから、尚のことタチが悪いのでございます。
つまり、要約いたしますと。
私が魔装娼女として戦う限りは……解決し得ない永遠の課題として付き合っていくしかないのです。
「ついに万事休す、なのでしょうか。いえ、既に万事休していたんですのよね。ふふ、ふ……ふぅ」
「美麗ちゃん……」
もはや笑いどころか溜め息一つも出てきてくださいませんでした。
側に佇む茜さえも沈んだ表情をなさっております。潤んだその瞳には縮こまった私が映っておりましたの。
彼女のこれを憐れみの目と感じられたら、そして感情に身を任せて好き勝手に当たり散らしてしまえたら、どんなに楽だったでしょうか。
でも、分かっておりますの。
茜のこの顔は心からの心配から生まれ出ずる――それも純度100%のモノなのでしょう。
そう分かってしまうからこそ、私はこの子を頼れるのですし、この子を信じられるのですし、この子を大切にしようと思えるのです。
私がこれ以上強くはなれないのだとしても。
前を向くだけなら許していただけますでしょうか。
「それでだプニ」
「……まだ、何か?」
もはや修行を続けてもあんまり意味がない可能性が高いのだと、半ば結論が付いたようなものではございませんこと?
これ以上はただの悪あがきですの。
悲しき乙女のお戯れですの。
それでも、まだ追い打ちを掛けますの?
この鬼畜。この鬼畜変身装置めですの。
心の中で睨みつけておきますの。
「……お前がもっと強くなれる方法。まだ残っているプニよ」
「……一応聞きはいたしますけれども。どうせ正攻法ではないのでしょう? お次はどんな道理を引っ込めればよろしくて?」
温めに温めた方法が最短ルートなわけはないのでございます。イバラの道を裸足で駆けるか、はたまた雪山を全裸で登るか、いずれにせよ簡単な道ではないのだと察しますの。
「…………ポヨを、探すのプニ」
「……へぁっ……はっ、はーあぁぁあッ!?」
ホントに何を仰ってますの!?
このあんぽんたん赤ガラス玉は!?
苺マシュマロから宝石の形に変化して、ついでに頭の中身もカチコチに固まってしまったのではなくって!?
思わず立ち上がってしまいましたのッ!