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ホントに言ってしまうプニよ?

 



 それから、それから……!




――――――

――――


――



 絶えずほとばしる汗。


 ほんのりと蒸し暑い部屋。


 乙女たちの熱を帯びた吐息。



 目にも留まらぬ速さで放たれる、剛の拳。



「――見えたッ! 隙有りッ! だよッ!」


「んっ!? ぐぅっ……!」



 ここは上層のプレイルームですの。


 鍛練の最中、一瞬の隙を突かれて腹に重い一撃を受けてしまいます。しかもそれだけでは終わりません。


 苦痛に身を屈めてしまったところで腕まで掴まれて……身体が宙を舞ってしまいましたの。


 揺れる視界の中、自信に満ち溢れたレッドの顔が一瞬だけ見えてしまいました。そのお次に見えたのは、床に敷かれた硬めのマットでしたの。


 柔道で言うならば見事な一本なのでしょう。



 メイドさんのご退院から早くも数日が経過いたしましたの。


 直近にまで迫った〝殴り込みDay〟への最終調整のために、この頃は毎日のように戦闘訓練を行っておりますのに。


 毎日のように茜にプリズムレッドに変身していただいて、汗水流しながら杖や拳をぶつけ合って研鑽しておりますのに。



「ぐぅッ……今、星が、飛びかけましたの……」


 背中に強い衝撃を受けて、ハッと我に返ります。


 床から仰ぎ見た天はどことなく暗くて冷たくて……いえ、ココは地下なのですから、薄暗い天井というのは少しも間違ってはおりませんけれども。


 にしたって視界に広がるこの殺風景さは妙に心に沁みるモノがございます。じんわりと目に涙が浮かんできてしまうのも無理はないと思うのですけれども。


 痛みか、それとも虚しさゆえか。



「美麗ちゃん大丈夫? 結構な音してたけど、受け身ちゃんと取れた?」


「え、ええ……その点は、ご心配なく」


 幸いにも分厚いマットのおかげで、痛み自体はそこまで長引くモノではございません。


 大の字に手を伸ばして、ふーっと大きく息を吐いておきますの。ビリビリと痺れる背中をゆっくりと休ませます。



「これで8勝2敗だけど、どうする? まだイけそう? 私は全然戦えるけどっ。ここ最近かなり調子いい感じだしっ」


「……ふぅむぅ。悩ましいですわね」


 対する私は絶不調ですの。

 ご機嫌斜め気味な〝へ〟の字口を向けて差し上げますと、レッドの代わりにプニが明滅で反応してくださいました。



「茜の適合率も97%にまで上がったプニね。しかもまだまだ伸び代があるプニ。これからも精進するプニよ。未来は明るいプニ」


「もっちのロンだよッ!」


「……それに比べて私は……いまだに98%から微動だにしておりませんの。むしろ私のほうが高いのに負け越している分……劣等感が凄まじいんでしてよ……」

 

 決して身体能力で劣っているわけではなく、はたまた装備の性能差で負けているわけでもなく、更には対戦相手を床に転がして差し上げたい闘志が足りていないわけでもなく……ッ!


 自信喪失の真っ只中なのでございます。


 何故だかここ最近は全然勝てなくなってしまっているのです。勝てるビジョンがかなり薄らいでおりますの。


 どうも合点のいくあと一歩の間隔が掴めていないといいますか、未だに魔装娼女の装備とこの心とが完全には一体化しきっていないといいますか……。



 パズルの最後のピースがどこにも見当たりませんの。


 いつもミリ単位のタイミングで反応が遅れてしまうんですのよねぇ。そのちょっと違和感の不意をつかれて、一撃を入れられてしまうというのが主な敗因ですの。


 ふぅむぅ……困りましてよぉ……。



「ホントに大丈夫? 立てる?」


「ええ。身体は無事ですの。その辺は問題ないんですけれども……」


 こんな調子ではメイドさんを守り切ることなんて到底出来やしません。危険に晒すだけのオチしかないですの。


 先日に彼女をお守りすると声を大にして宣言したばっかりですのに、なんていうかもう……不甲斐なさでいっぱいなんでしてよ。


 幸い地上に出る日は私が自由に決められるのですが、不調を理由にして期日をズルズルと引き伸ばしてしまうのは得策ではないと思っておりますの。


 こういうのは思い切りが大事なのです。


 ウジウジと悩んでいても大抵は良い結果にはなりません。いつかは自ら歩み出さなくては何も始まりませんの。


 ……そうは思っておりましても。


 不安で胸いっぱいなまま事を進めるのも、絶対によくないことも分かっておりまして。


 自信を裏付ける決定打が欲しいのでございます。


 かといって手加減されて勝ちを得ても……意味がないとは理解しておりますし。肌で分かってしまいますの。



 レッドに手を引かれてゆっくりと身体を起こします。


 あえて立ち上がらずに膝を抱えて三角座りいたしますの。そのままマットを転がって壁にぶつかってしまいたい気分です。



「……アイアムへこみー美麗ちゃん、ですの」


 お互いにクセや戦法を熟知しているとはいえ、おまけに力関係的にもほとんど互角なはずですのに、ここまで差がついてしまいますと……。


 なんだかもう、しゅんとしてしまいますわよね。焦りを通り越して、もはや悲しさや虚しさが出てきてしまうのも間違いないのでございますの。



「私と茜の……何が違うっていうんですの?」


「かなり抽象的な問いプニね。明確な答えは出ないプニが……一つ言えることは、あるプニよ。あまり言いたくないプニが」


(はばか)らずに教えてくださいまし。別に度を超して悲しんだり癇癪を起こしたりはいたしませんの。真摯に受け止める所存ですの」


 コロリと床に転がって、胎児のようにこじんまりと丸くなります。一見ではヒトの話を聞く態度ではないかもしれませんが、こうでもしないとメンタルが崩壊してしまいそうなんですの。今はお許しくださいまし。


 背中の小さくなった私を見かねたのか、レッドがすぐ横に腰を下ろしてくださいました。胸に付いた赤い宝石のプニが、チカチカと申しわけなさそうに点滅なさいます。



「……いいプニか? ホントに言ってしまうプニよ?」


「別に構いませんの。今更才能がないとか言われても、はいはいそうですかーと聞き流せるくらいにはオトナになってますゆえに」


 悪あがきだけでここまで来れた自信はありますからね。生まれ自体はわりと高貴だとは思いますが、歩んできた道を考えたら雑草根性で生きておりますの。


 過去から散々に蹴られ踏まれを繰り返して太く強くなってきたのです。今更苦言や暴言の一つ二つくらいなんだっていうんですの?



 ……そうは思っておりました、けれども。


 プニの口から放たれたそれは、私の想定していたような言葉とはまるっきり違っていたのでございました。



「……今の美麗には……プニのような存在がいないプニ。

それゆえに常に独りで戦うことしかできないのプニ。

これは当たり前のことかもしれないプニが……戦闘中の補助役が居ないというのは、避けようのないディスアドバンテージだと思うのプニね。今更どうしようもない現実なのプニが」


 淡々と、しかしながらどこか申し訳なさそうに言い渋ったまま……確かにそうお告げなさったのでございます。


 理解に、一瞬だけ、思考が止まってしまいましたの。

 プニのような存在とはつまり……戦闘サポート用の意志を持つ変身装置のことを言っている気がするのです。


 つまりそれは、ポヨのことだと、思いますの。


 

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