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貴女をダイレクトに感じさせてくださいまし

 

 何より気になったのはメイドさんのご格好でございました。


 袖を通されていたのは見慣れた薄水色の病衣ではなく、お淑やかで麗しいあの頃のメイド服だったのでございますッ! 退院するので当たり前と言えば当たり前なんですけれどもッ!


 大事なのはその点ではないのですッ!

  

 流血によって赤く染まっていたはずのメイド服が、キチンと綺麗さっぱりになっておりましたのッ! むしろシワの一つさえ見当たらず、新品同様の輝きを放っているくらいなのでした。


 もはや言葉にする必要もございませんでしょう。


 身の回りのことを何でも器用にこなして、いついかなるときでも微笑みを絶やさずに、少し離れたところから温かく見守っていてくださる――


 そんな私のメイドさんがッ!


 今日ここに完全復活してくださいましたのッ!!!



「お嬢様。……大変長らくお待たせいたしました」


「ええ。たっくさん待ちましたの。待ちすぎてこんなにオトナになってしまいましたの。私がちっぱいなお子ちゃまから〝ないすばでぃ〟なお姉さんになってしまうくらいには……無情にも数多の時が過ぎ去ってしまいましてよ」


 三年と余月……。そろそろ四年目に到達するか、という頃合いなんですもの。


 さすがにときどきは思考からすっぽ抜けることはございましたが、どんなに強い快楽に溺れたとしても、ふと冷静になったときには必ず思い出すくらいには今日という日を待ち望んでおりましたの。


 興奮も一際(ひときわ)、喜びも一入(ひとしお)となってしまうのも当然のことでしょう?


 思わず涙が溢れ出しそうになってしまいましたが、おあいにく、嬉し涙は先日目を覚まされたときに好きなだけ流させていただきましたからね。


 ゆえに今日もまた湿っぽい空気を作るというのは本意ではありません。最初から最後まで笑顔でお出迎えして差し上げるのがスジというものでしてよ。



 すぐ目の前まで歩み寄ってきたメイドさんのお手をとって、包み込むように握りしめて差し上げます。



「とにかく退院おめでとうございますのっ。心からお祝い申し上げますのっ。一応の確認なんですけれども、もちろん完全完治なんですのよね!? 後遺症の有無は!? それと定期検診の必要性は!? はたまた再発悪化の可能性は!?」


「ふふふ。いっぺんに問いを向けられても困ってしまいますよ。どうか落ち着いてくださいませ。私めはもう、どこにも逃げたりいたしませんから」


「ふっふんっ。そうでなくては困りますのっ」


 これからはもう、ずっと一緒に居られるんですものね。美味しいご飯を食べたり、広いお風呂に入ったり、好きなことを好きなだけ出来るんですものね。

 ゆっくりと尋ねて差し上げますの。


 今からわくわくと安心で昇天してしまいそうです。


 失った時間の分だけイベントを詰め込ませていただきますから、今のうちからご覚悟なさいまし。一ミリたりとて容赦いたしませんでしてよ。



 ……あっ……でも。


 今だけ、これだけは天の神様も許してくださいますでしょうか。ずっとずっとお預けにされていた……この人の温もりを、間近で感じさせていただくことくらいは、ですの。


 名残惜しげに手を離して、逆に両腕をいっぱいに広げて、彼女のくびれを確かめるかのように腰に手を回させていただきます。


 今の私にできる精一杯のハグです。

 貴女をダイレクトに感じさせてくださいまし。



「あらあらあら。ふふふふ」


 どうやら私の心を汲んで下さったのか。


 それはもう、ぽふんっ、と。

 頭の中で擬音が弾けてしまったくらいには、柔らかく抱きしめ返してくださいましたの。


 彼女の足腰に負担が掛からないよう最新の注意を払いつつ、苦しくならない程度にぎゅっとして差し上げるのです。


 ハチミツの香りとは別の、ふんわりと優しげな香りが私の鼻腔をくすぐります。


 ああ。この感触、この感覚、とにかく懐かしさが凄いのです。地上にいた頃を思い出してしまいますわね。

 


「……ホントに……ホントによかったですの……私の、私だけのメイドさんがここに居てくださいますの……それだけで充分ですの……」


 地位も名誉も住まいも意地も、有りとあらゆるモノを過去に棄ててきた私ではございますが、身の回りの大切な人たちだけは一人も失わずに済んでおりますの。


 茜然り、そしてこのメイドさん然り。


 彼女たちの存在が私の生きる(しるべ)となっております。またそれと同じく、私が頑張る為の希望と化しているといっても過言ではないでしょう。



 メイドさんの温かさが私に再認識させてくださいます。


 彼女たちの安全を守り続けるのが私の使命だということ。その為なら愛も欲もギリギリ我慢できますの。


 彼女たちだけは決して失うわけにはいきません。

 守る対象は変わってしまっても守る理由自体は変わってはいないということ。


 どんなにこの身と心を穢そうとも、地の底に堕ちて、愛玩動物と成り果てようとも。


 この意志だけは絶対に無くなりません。

 いえ……失くすわけにはまいりません。


 蒼井美麗は、蒼井美麗のままですの。

 私の正義は、常にここにあるのです。



「…………ふぅ。とにかく充電完了でしてよ。ぎゅーぎゅータイム終了ですの」


「お姉さんになっても甘えんぼさんでしたね」


「ばっ……ノーコメントですのッ!」


 これ以上弄られ続けても恥ずかしいだけです。そもそも図星な分、開き直るか逆ギレするしか選択肢はないのでございます。


 ほんの少しだけ名残惜しいですがメイドさんを解放して差し上げましょうか。


 ハグを止めて近くのベッドにお尻を預けます。さすがは傷病人用の寝具ですわね。自室のモノとはマットレスのバネコイル性能が違いますの。


 スンと包み込まれるように沈んでしまいました。


 メイドさんもまだ万全オブ万全ではないのか、足腰を労りながらベッドの縁に腰掛けなさいます。それを見届けた茜も、最後に対面のベッドにお座りになりました。



 もう少しだけこの穏やかな空気を満喫していたいと思てしまったのですけれども。


 それを許してくださなかったのは他でもないメイドさんでございましたの。


 お顔の微笑みは少しも変わらずに、けれども瞳の奥はどこか真剣そうなご様子で。



「……さて。お嬢様。私めも無事に歩けるようになるまで回復したことですし。そろそろ、止まっていた時間を溶かしていこうかと考えているのですが。心のご準備はお済みでしょうか」


「あら奇遇ですわね。何故だか私もそうしなければいけないと思って憂いておりましたの」


 むしろメイドさん側から切り出していただいてありがたいくらいでしてよ。


 病み上がりの彼女にいきなり酷を強いりたいわけではございませんが、こういうのは早いうちにジャブを打っておきませんと。


 私が動ける、そしてメイドさんも動けるようになったということは、未来に残していた宿題を……新たに生まれた課題をクリアする為の条件が満ちたということです。


 単身で向かうのは正直心細かったというのも有りますが……ここからはもう私一人の問題ではございません。



 蒼井家に関わる者の問題なのです。


 私の実家の判断がメイドさんを寝たきりにさせてしまったという事実に対し、償いを支払ってもらわなければ気が済むませんの。


 それゆえに。



「……私、近いうちに実家に顔を出してみようかと思っておりますの。そのときはその、メイドさんも一緒に着いてきてくださるかしら。身の安全は、私が責任を持って保証いたしますゆえに」


「ふふ。お嬢様一人では、なにかと心配ですものね」


 クスリと微笑みを零されます。

 

 お言葉ですけれども前よりずっと強くなれておりましてよ。あの頃の白くて可憐な私より、今の黒くて艶美な私の方が数万倍にカッコいいのです。


 けれども敵の本部に殴り込み、ですからね。

 遠足気分で準備するわけにもまいりませんの。



「……はぁ。しゃーないですの。少しは真面目に修行に取り組んでみましょうか」


「み、美麗ちゃぁん……っ!」


 いえ今までだってド真面目でしたけれどもっ!


 覚悟するか否かでやる気が変わるのでございます。

 私ってわりと単純な女なんですの。



 ということで、次に迎える大エピソードは……〝美麗、実家に帰って直談判〟の一本立てなんでしてよ。


 正直今は不安と溜め息しか出ませんのっ。

 でも何とかするしかありませんのっ。


 

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