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この日をずっと楽しみにしておりましたの





 それからまたまた日が過ぎていきまして。


 更に一ヶ月くらいが経ってしまいましたでしょうか。




 新たな決意を胸に抱いたまではよろしかったのですが、名案というのは一晩や二晩で生まれ出づるモノではございませんの。


 それこそ日々の積み重ねを何度も繰り返して、ようやく最善の一つに辿り着く〝結晶〟なのでこざいます。


 つまり何が言いたいかといいますとっ。


 名案良案なんて素晴らしいモノはっ。


 ぐぅたらでダラダラな私なんかが容易くゲットできるような代物ではないんですのっ!




「ふわぁぁあ……ぁふわぁ……というわけで、今日も変わらぬ一日を過ごすんでーすのー……ふぁぁ……」


 ねむねむと目を擦りながら、のほほんと鎮座いたします。基本的にベッドの上が私のスペースなのです。歩き回るのは本来の(さが)ではございません。



「……ぁふ……にしても御多分に洩れずに暇ですのー。身体を動かしたくても眠くて怠くて出来ませんのー。……いやぁ、昨晩はさすがにファイトしすぎましたからねー……めっちゃくちゃに燃えましたのー……またヤりたいですのーっ!」


 今更何が、とは言いません。

 各々のご想像に委ねさせていただきましてよ。


 基本的に出不精の私ではありますが、この身に任されたお仕事自体はちゃんとこなしているのでございます。


 やるべきことはやっているのですから、今更他者からお咎めを受けるわけでもございません。むしろ善良な一般慰安要員なんですの。


 特訓やら鍛錬やら修行やらはあくまでプラスアルファの行いなのです。やるもやらぬも個人の自由ですの。


 私は私の意志と身体に任せて、今まさに有り余る自由を満喫しまくっているだけなのです。

 寝るも自由なら遊ぶも自由。であれば修行を休むというのもまた一つの立派な戦略なのでしょう。ぶっちゃけ知りませんけれども。



 そんなこんなで牛歩どころかペンギンのよちよち歩きにも満たないような、他から見ればとっても焦ったい日々を浪費してしまっておりまして。


 ……もちろん、心の片隅ではちょっぴり焦りと後悔の念を感じ始めているのもまた紛れもない事実でございまして。


 朝も昼も夜もこうしてベッドで寝て過ごして、半透けのネグリジェの上にうっすいブランケット一枚だけを羽織って、雛壇の頂上に鎮座するお雛様のようにこじんまりとしているのにも、明確に飽き始めてしまったわけで……!



「ふぅむぅ……どうしてこうもテンションが上がりませんですのねぇ。目標がボヤけているといいますか、指針が見当たらないといいますか。いや、そりゃその通りなんでしょうけれども。

特に最近はメンタルダウン気味なんですの。これがいわゆるスランプっていうんですの? それともプラトー現象のほうでして……?」


「いや、どっちでもいいから、ね?」


「あら茜。貴女いつからいらっしゃいまして?」


 ふと気が付けば、ベッドの前で仁王立ちした茜が腕組みしながら唇をムッと結んでおりましたの。全然気が付きませんでしたの。


 見るからに待ちぼうけを食らってイライラしているお顔なのです。数分レベルのお話ではないのでしょう。



「ほーらこの間約束したじゃん! ゴロゴロしてないで病室行こうよ。〝今日〟なんでしょ?」


「病室――そそそうでしたのっ! 今行きますのっ!」


 長らく精神世界にダイブしておりましたが、彼女のお声で覚醒いたします。


 本日の大事なミッションを思い出したのです。

 こうしてはいられませんの。


 急いでブランケットを放り去って立ち上がります。

 ひぇー。地味ぃにさっむいですわね。


 元より冷暖房設備の乏しいお部屋なのです。

 布一枚だけだと肌寒い季節になってまいりました。


 角白馬野郎と不死鳥野郎を退けたのが真夏の真っ只中のことでしたから、あれから二ヶ月以上も経てばさすがに秋とも呼べる頃合いになりましたでしょう。


 熱気や色気がムンムンに溢れるこの地下施設にもようやく涼しさが戻ってきましたの。肌に纏わりつくような蒸し暑さともようやくサヨナラできるはずです。



「ふぇ……さっむぃさっむぃさっむぃわ、ですのー。こんなときは温もりが欲しくなりますわねぇ。茜ぇ、一緒に温まりませんことぉ? 身体の内側からじぃっくりぃ」


「夜になったらねッ! それまではおあずけッ!」


「はぁーいですのー」



 ……いえ、むしろ逆なのかもしれません。


 とにかく人肌が欲しくなる季節になってしまったのです。私、夏より冬の方が圧倒的に好きなんですの。こちらのほうが皆様の温もりをより深く感じられますからねっ。


 うふ、ふふふ、ふへへへへへ。


 思わず涎が垂れてしまいましたが、自世界にトリップしている場合ではございません。


 すぐさま部屋から出て、前を歩く茜に追いついて、そして横に並んで歩きます。



 そうなんですの。

 私、この日をずっと楽しみにしておりましたの。


 なんと言っても今日は待ちに待った……!



「メイドさんの退院Dayなんですのッ! 華麗に優雅にお出迎えして差し上げましてよッ!」


「……ホント、美麗ちゃんったら調子いいんだから」


 苦笑いされてしまいましたが別に気にいたしません。


 最高級にテンションが上がってまいりましたの。

 心も身体もポッカポカまっしぐらなうなんですの。

 

 何を隠そう、本日はリハビリ期間を終えたメイドさんが、病室のベッドからサヨナラする日なのでございます。


 素晴らしきこの日を祝わずして何が主と従者の関係ですの。私たちだけでなく国民全員が手放しで喜ぶべき祝日候補日筆頭ですの。



 上層へ続く粗末なエレベーターに乗り込みまして、ゆらんゆらんと揺られまして、更に熱気溢れる一般戦闘員居住区を通りすぎまして、最後に医務室エリアに設けられた狭くて暗い隠し通路を抜けまして。


 向こう側から光の零れる扉を、意を決して思いっきり開け放ちましてっ!



「こんにちはーですのっ! 愛しの美麗がやってまいりましてよっ!」


 明順応の乏しいこの瞳で、光の先を思いっきり見つめて差し上げますっ!

 始めこそ目に刺さるような刺激光でしたが、徐々に慣れていくに応じて眩しさも和らいでいきますの。



 そこに、ベッドの脇に、佇んで(・・・)いらっしゃいましたのは。



「こんにちはお嬢様。今日もご機嫌なご様子で何よりでございます。そして小暮様も。わざわざご足労いただきましてありがとうございます」


 (くだん)のメイドさんでしたの……ッ!



「こんにちは。美麗ちゃんったら早速朝寝坊しちゃって。起こしてたらこんな時間に」


「ふふふ。それはそれはお嬢様らしいことで」


 にこやかに微笑んで、綺麗に身体を90度に折り曲げてご挨拶してくださいます。


 一礼を終えてベッドに座り直すかと思いきや、ゆったりとした歩調でそのまま歩み寄って(・・・・・)きてくださるではありませんかっ!



「ほわぁぁッ!? メイドさんがッ!? メイドさんがぁぁッ!? 直立二足歩行しておりますのぉおおッ!」


「何ですかその言い方は。人をおサルさんみたいに」


「いや、だってだってだってぇ!!」


 かつてに比べればまだまだのんびり感溢れる歩様なのですが、見た感じでは何の不足もない綺麗な歩き方をしていらっしゃったのですっ!


 もちろん壁や手すりに掴まり立ちをしてヨチヨチ歩くような姿はリハビリ時に何度も目にしておりましたけれども!


 こうして杖も付かずにしっかりと歩いている姿を見るのは! それこそ何年ぶりだとお思いでして!?


 テンションが上がるのも仕方がないって寸法でしてよっ!



 しかも、気付いた点はそれだけではありません。


 

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