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今の私たちには眩しすぎるのです

 

 おもむろに、茜が目隠しを外してくださいました。


 なんだかバツの悪そうなお顔をしていらっしゃいます。

 そうして天井を見上げ始めなさいましたの。


 どこか遠くを見ていらっしゃるのです。



「……まぁたしかに。それもそのとおりなんだよねぇ」


 たはーっと一度だけ大きな溜め息をお吐きなさいますと、背中を紐で引っ張られたかのように勢いよくベッドに倒れ込みなさいました。


 反動で膝から跳ね飛ばされてしまいます。



「ふわっふ」


 私が強くないから、衝撃に耐えられませんでしたの。


 ほんの一瞬だけ宙に浮いたのち、今度は彼女のお腹と後頭部とがコンニチハしてしまいました。とってもビックリしましたの。慰謝料を請求させていただきたいですの。もちろん冗談ですけれども。


 ネグリジェの布腰に彼女の肌温を感じます。

 ほんのりとお固めの腹筋が私を支えてくださるのです。



 寝っ転がったまま大きく伸びをした茜が、再び私の頬に手を伸ばしなさいました。さわさわと珠のような柔肌をご堪能なさっていらっしゃるようで……?


 いえ、どうやら、ちがいますの。


 ただ闇雲に、そして心の拠り所を求めているかのように、その手がフィットする場所を探していらっしゃるだけのように思えてならないのです。



「茜? どうかなさいまして?」


「……いやー、実際の話、私だって人のこと言えないなって思っちゃってさ」


 むにぃと、私の両頬を摘んで横に伸ばしたところでお手をお止めなさいます。動かしの代わりにゆっくりとお言葉を紡ぎ始めなさいました。



「……つい最近まで記憶失ってた私が言うのもナンだけどね。コレってかなりデリケートな話題だと思うんだよ。軽率に質問投げかけちゃったこと後悔しちゃうレベル。

ああー、やっぱり触れちゃいけないトコだったかー。ストンと流すべきだったかーってさ。いやー反省反省」


 ほんの少しだけ親指に力を込めなさいましたの。


 ……私には分かりますの。

 これ、地味ぃに動揺を隠そうとしてますわよね。



「ケロッとした口振りのわりには声色が沈んでまふの。もひかひなくても今、適当な微笑みで誤魔化ひていらっひゃいまへんでひて?」


 半開きの唇のまま問いを向けてみましたが、返ってきたのは無言だけでございました。むしろ回答の代わりか、またすぐにムニムニ作業にお戻りなさいましたの。


 指を食い込ませて、縦から横へ、横から縦へ。

 ときおり斜め方向も忘れることなく。


 複雑な動きと思いきや、私のお口にも可動範囲の限界がありますので、結局は同じところを辿ってしまうだけなのです。


 お口だけのお話ではありませんわね。

 拡大解釈すれば人生そのものなんですの。


 私にも限界があって。

 茜も茜で、身動きが取れそうになくて。



「……うん。そうだよ。こうなったらもう笑って乗り切るしかないんだよ。だって、私だって考えないようにしてること……いっぱいあるんだもん。美麗ちゃんに無いわけないよ」


 体勢のせいで顔色は伺えませんでしたが、能天気さが売りなはずの茜の声に、少しだけ震え(・・)を感じてしまいました。


 むしろブルーな感情100%の声色です。

 怒りでもなく、かといって焦りでもなく。


 込められたソレは……後悔、でしょうか。



 私もハッと思い直します。ここにいる彼女はもう、目の輝きを失っていたあの頃のあの子ではありません。


 己の過去(いままで)と正面から向き合い終わった後の茜さんなのです。


 それこそ私と同じように洗脳補助装置の力を借りて、深く封印されていた記憶を無理矢理に叩き起こして、並大抵ではない苦痛と不快感に耐え忍んで、決死の覚悟で全てを思い出しなさったのだと改めて再認識いたします。


 彼女もまた、私と同じ……暗き過去の延長線上にいる、一人のか弱き乙女なのでございます。

 


「あのさ。たまには吐き出しちゃってもいいのかな?」


 このタイミングで不安げな瞳は反則でしてよ。



「今更何言ってますの。あったりまえですの。溜め込むのが一番よくないんですのっ。それで私も貴女も、過去に痛い目を見ているではございませんか。私たちの間柄に遠慮は不要でしてよ」


「そっか。……そだね。そだよね」


 ふっと息を零したかと思えば、次の瞬間には茜自ら頬の拘束を解いてくださいました。


 わざわざご丁寧に私の背中に手を当てて、自分ごと身体を起こしてくださいます。


 並々ならぬ雰囲気についつい座り直してしまいました。どうしてか、この後のご発言を真面目に拝聴しなければならない気がしてならなかったのです。


 まっすぐに、茜の瞳を見つめさせていただきます。

 私にはもう聞くくらいしかできませんけれども。


 それで楽になるならいつまでも聴き続けて差し上げますの。



「私もさ。三年以上も家を留守に……いや、行方不明になっちゃってるようなもんだし。やっぱり心配はしてるんだよね。

今頃家族はどう思ってるのかなとか。ひだまり町の皆は元気にしてるのかなとか。思わないわけないじゃん?」


「……そりゃそうですの。至極真っ当だと思いますの」


「うん。……けれどさ、反対に今の生活から離れたくない自分もいるわけで。ここに居たいから(・・・・・・・・)こそ、ここに居続けてるっていうのも紛れのない真実なわけで。多分、ココの居心地の良さに依存しちゃってるんだよ。

……甘えてるだけなんだ。結局のところは、全部自分の意地で有耶無耶にして……逃げ続けてるっていうかさ」


「……ふぅむ。正直かなり耳が痛い内容ですわね」


 とにかく歯切れの悪い言い方でしたが、最後までキチンと言い切ってくださいます。一言一句全てに後ろめたさを感じてしまいましたの。


 甘えに関しては私にも覚えがありますから、軽率な慰めの言葉をかけて差し上げることはできません。


 ですけれども。

 これだけはお先にお伝えさせてくださいまし。



「……茜は別に、今までの全部を捨てたわけではないのでございましょう? それこそ人知れず、勝手に過去や思考を奪われてしまっていただけですの。失ったのは時間だけ。オトナになってしまったのはお身体だけ。

その手と御心はお清いままだと思いますけれども」


「だといいんだけどね……」


「対する私はもう誰かを殺める感覚を知ってしまいましたのっ。……実際にこの手を汚したも同然ですし……芽生えてしまった黒い感情を捨て去ることはできませんし……。このまま一生抱えて生きていくことしか選べませんの」


「私だって大して変わらないよ。積もり積もった問題から逃げるために、ただひたすらに無心で取り組める修行に明け暮れて、我を忘れて楽しめるご奉仕業にも入れ込んじゃって……」



 ついつい俯きがちになってしまいます。


 私知ってますの。

 気持ち良いことは逃げ道でしかありませんの。


 辛いことも悲しいことも、一時的には全部忘れてしまえるのです。そうすることでしか自分を保てないときがあるのでございます。



 二人してベッドに倒れ込みます。ボスンという気の抜けた音が聞こえてまいりました。


 コチラ特注の慰安業務用のふんわりベッドになっておりますの。私の身体も茜の身体も、どちらも優しく包み込んでくださいます。


 もふもふで、ふわふわで。

 もう全てがどうでもよくなってしまうくらいで。



「「…………はぁ……」」



 先ほどから特大の溜め息を零してしまうばかりです。

 天井の照明が瞳の奥に突き刺さりますの。


 この光は、今の私たちには眩しすぎるのです。

 

 

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