どしたん? 話聞こうか?
それからまたまた一ヶ月ほどが過ぎてしまいました。
最近は月日の経ち方が特に早すぎて恐ろしいですわね。こうして人は知らぬ間に歳をとっていくのでしょうか……恐ろしいですの。独り悲しみに溺れたくもなりますの。
いつまでもピチピチなお肌をキープしておきたいものです。やっぱり早い段階で改造手術に手を出しておくべきかしら。このスペシャルな美貌に不老不死の禁術を施していただければ……なぁんて。
ふふふ。さすがに冗談ですの。
このままでも充分に満足しているのです。
深い地の底で時の流れを知らぬままただぐぅたらと過ごして、健康な身体で気の向くままに欲求を貪ってぇ……。
「ふわぁぁ……ぁふ…………んむぅ……ぁ」
こんなに大きなあくびを隠すこともなく。
昼過ぎまで寝坊していられる毎日が何よりも愛おしくてたまらないのでございます。
はぁー。自堕落の最骨頂ですのー。
ホントのホントに最高なんですのにー。
「あー……にしても退屈ですのー。嘘ですのー。
やりたいことをやりたくなさすぎて、逆にしんどみの極みですのー。全く何にもしたくないですのー」
気の向くままに惰眠を貪って、ただただ美味しいモノをかっ食らって、よ中は情欲に身を任せて皆様に愛してもらうだけの生活を送れたら、それで大満足なんですのにー。
なまじ中途半端な使命感を得てしまっているせいで、自堕落さにも自己嫌悪を感じてしまっておりますの。
己の進むべき道を理解しているからこそ足踏みを続けていてはダメだと分かってしまうこの気持ち、けれども身動きの取れないこの切なさ。
ご理解いただけますでしょうか……。
「……はぁ。本質的なところは何も変わってないですの。弱虫で逃げ腰の……いつも他力本願で無責任な、親の七光り令嬢のままですの」
実家のこと。
そろそろ考えをまとめませんと。
私の、歩むべき道……。
しかし、もう少しだけ後に回してもぉーよろしいのでは……?
せっかく身の安全を確保できたわけですしぃ、何事もない日常を味わえるわけですしぃ?
「あー……あぁああー……やっぱりなぁんにもしたくぅないんでぇすのー……」
ため息を吐き散らかしながら、自室のベッドの上で端から端までぐるんぐるんと寝返りを打っていた――そのときでございました。
それこそガンゴンガンと。
やたらと騒がしいドアノック音が聞こえてきたのでございます。
誰かが私を呼んでいらっしゃいますの。
「もしもーし美麗ちゃーん? 私知ってるよーもう起きてるんでしょー? ねぇねぇ修行しないのー? 昨日も一昨日もお休みしたよねー? おーいってば」
「このままだと身体鈍るプニよー? 運動しないと太るプニよー? 美麗プニー?」
声から察するに茜とプニのお二人ですの。
ノック音も絶えず鳴り続けておりますの。
ガンゴンガン。ガンゴンガン。
ガンゴンガンゴン、ガンゴンガン。
……にしてもどうして三三七拍子なのかしら。リズムが軽快すぎて逆に不愉快です。
そのうちタンゴやラテンのリズムに発展したらどういたしましょう。
「じゃなくてやっかましいですのっ! 借金取り立て中のヤーさんでして!? おあいにく財閥のご令嬢には無縁のシチュエーションでしてよっ! 金なら余るほどありますのっ! 多分!」
口座が残されていればのお話ですけれどもっ!
「はいはい見当違いのツッコミは間に合ってるよー。問答無用に入っちゃうからねー」
「ぅぇー……ハメられましたのー。……しかも元より聞く耳持たずぅー……」
ついにはドアを開けられてしまいました。
といいますか、そもそも私たち慰安要員のお部屋には施錠という概念が存在しておりません。来るもの拒まず去る者追わず、いつでもウェルカムな状態となっております。
いつどこで情事が発生してもイイように、また誰でも途中参加できるように、ということですわね。うふふふ。うふ。じゅるり。
ともかく、ノックをしてくださったのは茜の善意なのでございましょう。
こうしてベッドの上で転がり続けて、彼女の優しさを無下にしてしまうのは少々心苦しいところなんですけれども……。
基本お気楽なイービルブルーだって、たまにはアンニュイでナイーブな気分のときがあるんですのー……。
ここ一ヶ月ほどずぅっとその期間なんでしたのー。
お布団を丸めて壁にして、その隙間から入口の方を確認いたします。茜が確かな足取りでこちら側に歩み寄ってきますの。
私と同じネグリジェ姿ではありますが、その瞳にはやる気という名の炎を灯していらっしゃいます。いつでも魔法少女プリズムレッドに変身できそうな、活気に満ち溢れたご様子です。
ドロドロに気落ちした私なんかとは根本から違うように見えてしまいます。
最近の私、心も身体もちっちゃいんですの。
「………………何か、ご用ですの?」
無愛想になってしまうのも仕方ありませんでしょう。
ベッドで包まる私を見て、彼女は大きな大きなため息をお吐きになりました。音も立てずに端っこに腰掛けなさいます。
そうして私の長くて艶やかな髪を捉えて、優しげに手櫛で梳いてくださいます。
「どしたの美麗ちゃん。ついこの間までこの世からヒーロー連合を一匹残らず駆逐してやるって息巻いてたじゃん。それこそ毎日ブッ倒れるほど修行に明け暮れてたのに。ここ最近、全然力入ってないように見えるよ」
「ううっ……」
正直耳が痛いです。茜ったらこういうときに限って妙に鋭いんですから。一ヶ月前に比べると私、確かに自室に篭るほうが多くなってしまいました。
見た目的には一切変わっておりませんが、運動不足のせいかお腹のお肉もほんのりと摘めるようになってしまった気も……っ!
「…………うぅぅ……」
「なんだろ。全然美麗ちゃんらしくないっていうのかな。総統に助けてもらってからだと思う。もしかして入院中に何かあった?」
「…………別に何ともない、ですけれども」
ついつい口籠もってしまいます。
「ホントにどしたん? 話聞こうか? 私でよかったらだけど」
「はっ。何故でしょう。いかがわしい電波を受信してしまいましてよっ」
「こっちは真面目に話してるんだけど」
うう、冗談ですの。許してくださいまし。
……仕方がないですわね。
ウダウダ言ってたって状況は変わりませんの。
たまには甘えて差し上げましょうか。少々茜の膝をお借りして、頭を乗せさせていただきます。
……あら、意外に固いですの。引き締まってますの。
キチンと鍛えていらっしゃる証拠ですわね。
心からふにゃふにゃの、私なんかとはちがって。