蒼井家
メイドさんが静かに頭を垂らしなさいます。
「今日まで黙っておりまして誠に申し訳ございません。まさかお嬢様ご自身が魔法少女になるだなんて、思ってもおりませんでしたから……」
「いやちょちょっと待ってくださいまし。全然呑み込めてませんの。どういうことですのっ!?」
何故にメイドさんが私よりも存在を先に知ることが出来るんでしてっ!? 幼少期からずっとお側に居てくださっていたといいますのにっ!?
ひだまり町に引っ越してきたのも一緒でしたし、茜をお家に連れてきたのも、プニやポヨと会話したのもそれ以降でしたのにっ!?
なんだか目がぐるんぐるんとしてきましたの。
痛む腕も気にせずに頭を抱えさせていただきます。
先ほどよりも二割増な、それこそ青汁100%を一気飲みしたような顔をしてしまいますと、メイドさんがぽつりと一言だけお声を発してくださいました。
「……全てはお嬢様のご実家に秘密がございます」
まるで喉奥からギリギリで絞り出したかのような。
後ろめたさを全開にしたようなお声でした。
「私の、実家ですって……?」
さっきからクエスチョンマークの連続で申し訳ありませんけれども。どうしてこのタイミングで私の実家の話が出てくるんですの!?
そりゃメイドさんの情報源といえば、日中の主婦業でのモノか、長年ご担当されてきた実家との橋渡し役の際くらいしか思い付けませんけれども……!
具体的にどんなお話を聞いてきたかなんて知る由もないのでございます。
幼少期からよく分からないままに甘やかされて過ごしてきたせいでもありますし、そもそも実家が何を生業にしていたなんてのもほとんど知らずに生きてきたわけですし……!
おまけに引っ越してくるまでに通っていた小学校も中学校も、ほぼほぼ全寮制かつ超絶好待遇だったせいか、私自身は実家との接点がほぼほぼ皆無になっておりましたし……。
なんだか置いてけぼりを食らったような気持ちです。心がポツンと独りぼっちですの。
「……実家が、魔法少女と関係していた……だから、私にも……その素質が……?」
魔法少女のチカラの源が血筋や家柄に左右されるモノではないと信じたいですが、もはや何に縋っていいかも分かりませんの。
もちろんその他にも理由があるかもしれません。
そういえば。
魔法少女はヒーロー連合に所属する存在です。
今私たちが居る悪の秘密結社とは異なって、ヒーロー連合自体は完全な秘密組織というわけではないらしいのです。
お国と企業とが共同出資して成り立っているような、半公共的な事業なのだと小耳に挟んだことがありますの。
私の実家、つまりは蒼井家が世界有数な財閥を維持できている理由も、もしやこの出資業に関係していたりしていなかったり……?
全て、プニポヨ辺りから聞き齧った内容ですし、八割方私の予想が入り混じった推測ですの。
気持ちの悪い冷や汗が出てまいりました。
それに頭に血が昇ってきましたの。
なんだかさっきからフラフラいたしますの。
心も身体も絶不調甚だしいですが気にしていられません。今を逃せば次に話していただけるのがいつになることか。
ギリギリで奮い立ってお二人を更に促してみます。
「……あの、もっと、教えてくださいまし。これだけでは情報が足りませんの。整理する段階にも至っておりません。だから、どうか」
痛みを我慢してぺこりと頭を下げます。そうして真剣な眼差しでお二人を見つめて差し上げますの。
「分かった。だがブルー。落ち着いて聞いてほしい。簡単には受け入れられないとは思うが」
「……元より覚悟の上ですの」
どんな事実が述べられようと、私が選んだのは修羅一筋ですの。茨の道を裸足で進むことを選んでおります。
深呼吸しておきたいのも山々ですが、その逆、徐々に呼吸が浅くなってきてしまいました。動悸も激しくなってまいります。頭痛までやってまいりました。
私、こんなにメンタルよわよわでしたっけ。
「メイドの証言を元に俺らも調べを進めてみたんだが……つい最近、トンデモねぇ情報に辿り着いちまったんだ。
どうやらお前の実家が〝ヒーロー連合の総本部〟らしい。そして、連合の最高責任者こそが――」
思わずごくりと息を呑んでしまいましたの。
総統さんの言葉終わりにあえて被さるようにして、向かいに座るメイドさんが静かに口をお開きなさいます。
「蒼井統一郎様。私めの雇い主であり、美麗様のお父様です。その人が、連合を動かしていらっしゃるのでございます」
心苦しそうに吐露してくださいました。
お言葉を理解するのに数秒ほど時間が掛かってしまいます。
蒼井家がヒーロー連合に密接に関係していて、その上お父様が、お父様が……ひぇぁ……?
「ヒーロー連合のトップ……?」
「はい」
「それってつまり、悩む茜を苦しめて洗脳して、戦わないメイドさんを痛め付けて昏睡させて、更には私を虐めに虐め抜いた奴らの大元が、お父様なのだと……?」
「……はい。仰る通りでございます」
住んでいた家を勝手に取り壊したのにも何か理由があってのことだとは思っておりましたが、まさかそんな。
私が反旗を翻して、地の底に堕ちて、ヒーロー連合に仇成す存在と化したのも、もしかしたら全部ご存知の上で……?
頭が、頭がとっても痛いのです。
まるで脳内の至る箇所でビリビリとショートし始めて、更には数多の血管がブチブチと引きちぎられているような……!?
思考が、ホワイトアウトいたします。
「……うっ……ぎぅぅ……!?」
「美麗お嬢様っ!?」
「おい!」
最後に見えたのは、ベッドから身を乗り出して慌てているメイドさんと、珍しく驚いているご様子の総統さんのお顔でございました。
あら? 意外に私、余裕があっ――