イィイィイイヤッホォオォォウ!
「いや、だからそれはお前が話聞かないからじゃないか」
「私のせいにされても困りますの! 勝手に開き直るんじゃないですの! 絶対に説明不足なんですのっ!」
一度変身したら元に戻せないだなんてそんな大事なこと、私が装置を発動する前に全部説明しておくのが筋というものじゃありませんこと!?
ご主人様のお力なら私を無理矢理静止させることくらい朝飯前でしょう!?
ぷんすかボディーランゲージを発動いたします。
じたばた埃が立たない程度に暴れてやりますの。
怒涛の駄々捏ねにようやく堪忍してくださったのか、かなりお珍しいハの字眉をお見せくださいました。
「……あー分かった分かった。また同じの買ってやるから。な? な? さっきのサラサラなやつだけじゃなくて、もこもこフワフワなタイプのも追加でだ」
「ふぅむぅ……?」
うんざりした顔をされるのは心底心外でしかありませんが、仰っていることの魅力度は高いですわね。
なるほどもこフワ寝巻きですか。自室のベッド大好き人間としては聞くだけで着心地の良さそうな響きについアホ毛が反応してしまいましたが、そんな渋々な甘言の一つだけで私を動かせるとは思ってほしくないのです。
「むふふ。もう一声ですの」
私、人より三割り増しくらいはワガママなんですの。
甘言のレベルだってみつ豆にハチミツをかけて更に砂糖で割るくらいの甘々にしていただけませんと満足できません。
まして今回は珍しくこちらが優位に揺すれそうなのです。であれば搾り取れるだけ搾り取りませんとね。夜のシモ意外のほうでもですのっ。うふふふふ。
「ふぅ〜ん? 総統閣下様の懐事情は、そんなに真冬仕様なんですの?」
ついでのついでに渾身のニヤニヤ顔を向けて差し上げます。
「わーったよ。今言った寝巻きシリーズを! 完成した変身装置のレパートリーにも加えといてやる! いつでも好きなだけ着放題着替え放題。これで満足だろう!?」
「ふっふんっ。分かればよろしくてよっ」
そこまでオーダーメイドな対応をしていただけるのであれば喜んで呑んで差し上げましょう。それでこそ私の敬愛するご主人様ですの。愛玩要員のことをもっと溺愛していろんな施しを与えてくださいまし。
とまぁ私の甘えっぷりはこれくらいにしておきまして。
気になっている本題のほうに戻りましょうか。
「コホン。正直消えたネグリジェについては一旦置いておいてもよろしいのです。それよりも大事なのは変身装置のことですの」
「おう」
「新たな装置を開発中、そして身体強化も付与予定ということは、いずれは私たち元の人材も外回り営業に参加させるおつもりなんでして? それともただの過激プレイの補助目的?」
「選択肢が両極端だな……」
つい言ってみた私も実はそう思っております。
総統さんが腕を組み直しながらお続けなさいます。
「正直お前らの運用については悩んでる。お前みたいに意志のはっきりしたヤツなら考えてもいいんだが、そうでない不安定な子たちも居るわけだ。負荷も大きいことだろう。
実際ブルーはどう思ってる? いざ戦場に立った際、かつて仲間の立場だった奴らに刃を向けられるのか?」
「明確な目的、そして報酬をいただければ、でしょうか」
それくらいは即答の極みですの。さすがに無償でやれと言われたら慎んでお断りさせていただきますが、私の中ではこれは既に結論の出ているお話なのです。
今更、本巣の連中に刃や銃口を向けることなど何の抵抗もありません。私は悪の秘密結社に籍を置く者です。慰安要員として生きておりますの。
といいますかその質問、まるで私の忠誠度合いを再確認されているかのようですわね。まったく失礼しちゃいますの。
そんなにご不安なのでしたら、今一度私の価値観がぐっちゃぐちゃのドロドロになるまで、一からご寵愛し直していただいてもよろしいくらいですのに。
彼の目を見ながら、強く言い放って差し上げます。
「既に私は世の理に叛いた道を歩み始めておりますの。ご主人様のご命令とあれば、例えこの世界の道理をひっくり返すことであっても喜んでお手伝いさせていただく所存です。
……ただ、私の自由意思を尊重していただけるのでしたら、次に私が戦場に出るのは〝私の大切なものを守るときだけ〟にしたいというのも……確かな本音ですわね」
私はもう、無意味な自傷を避けたいのです。
あり得ないことでしょうがこの施設がヒーロー連合に攻め込まれてしまったときとか、または私の大切な人を再度人質に取られてしまったときとか、そういった緊急時には喜んで助力させていただきます。
もちろんそれ以外であってもご褒美とご寵愛いただけるのならば尻尾振って従いますけれどもっ。
「もし外回り営業させるおつもりなら事前にリハビリくらいはさせていただきたいですわね。もう長らく戦場には出ていないのですし、現役を退いたこの身で……今の第一線の子たちに太刀打ちできるか、正直不安ではあるのです」
「憧れの伝説の魔法少女様でもそんな弱気を吐くんだな。別に構わんけどさ」
「花園さんからのご情報、そんな小さなことまで伝わっていらっしゃいまして?」
「ログに残ってるのは全部な。内緒話的なのも含め俺にはぜーんぶ筒抜けだ」
あな恐ろしや。壁に耳あり障子にメアリーですわね。
覗きと盗聴がお好みとは大したご趣味をお持ちのようで。
いえ、組織のトップとして聞いているだけだと思いますけれども。
別に聞かれてまずいような話はしておりませんし、裏切りや背反を企てたつもりもございませんし。
「では、変身装置があらかた完成しましたら、ご主人様直々に稽古を付けていただけませんこと? 今日のようにお時間のあるときで構いませんの。
今までのブランクもあるかと思いますし……とても相手にはならないかと思いますが、それでも手加減は無しでお願いいたします」
ペコリと素直に頭を下げておきます。
他の怪人さん方でもよろしいのですが、今の私でどれだけ貴方に通用するのか、少し試してみたくなっちゃいまして。
「ああ分かった。だがそこまで言うならメッタメタにされても後悔すんなよ?」
「ええ。むしろメチャクチャにしてくださいまし。ご主人様の与えてくださる痛みなら、例えアバラが折れようと肺に穴が空こうと喜んで受け入れる所存ですのっ。
そしてボロボロになった私に対してもっと酷いことをするんですわね! 工口同人みたいに!」
「お前それが言いたかっただけだろ」
「えへへ、バレちゃいました?」
チロリと舌を出して反省のポーズです。
けれどもスーツ側が受けるダメージを吸収してくれたりだとか、元から自動治癒機能が付いているとか、そういう補助的な面があれば他の装着者さんも安心できますわよね。
慰安要員というのは何より身体が資本なのですから。
やっぱり実用化させるなら身体強化機能は必須なのかもしれません。着るだけで強くなれるのなら、近い将来私たちに危険な任務を与えられるようになっても安心してこなせるようになるかと思いますの。
他にも装置同士の通信機能をつけたり、索敵レーダー的な機能をつけたりと、普段から身に付けておいても損はないような……簡単操作で機能的な面も有してくださるのであれば何も言うことはございません。
是非とも今後の研究に活かしていただきたいですわね。
真面目な顔に戻っておきますの。
「そのスーツ、あとでお前の部屋に回収しに行くからな。開発班の方で元のブローチ姿に戻さにゃならんのだ」
「別に今すぐ引っ剥がしていただいても構いませんのに」
「そうはいかんだろ。ここに着替えはないんだから」
脱いだすぐ下はきめ細やかな素肌があるだけですからね。
自室に戻るまで間違いなく裸一つになってしまいます。
「ではそのタオル一枚いただければ」
「これじゃあ布面積が足りてないだろ、明らかに」
「ちっ」
なかなか手強いですわね。まだ狙っておりましたのよソレ。
あ、そうですの。総統さんに畳みかけるならこのタイミングかと思います。どうせならタオル一枚なんかよりその身体丸ごとゲットしてしまいましょう。
ごくりと息を飲み込まれた今が一番のチャンスなのです。
「はぁ……分かりました。では、それとなくこの欲求不満感を匂わせるために、私は自室にて生まれたままの姿で粛々とお待ち申し上げておりますわね。そのお身体を以ってお気に入りのネグリジェを喪失させた大罪を償っていただきますの。
でなければコレは絶対に脱ぎませんし渡しません。
総統閣下様には傷付いた慰安要員を慰める義務がございますものねぇ。加害者様側には弁明の余地も代わりの逃げ道も、どこにも用意されておりませんものねぇ?」
今日一番のジト目を向けて差し上げます。
そうして出来る限り扇情的に、そして優美に。
目の前の殿方の下心を刺激いたしますのっ。
「……………………はぁ。わーったよ。特別だぞ」
「イィイィイイヤッホォオォォウ!」
私、この耳でしかと聞き受けましてよ!?
嘘や勘違いの一言で済まされたらたまったもんじゃありませんの!
総統閣下たるお方のご発言なのですから、もちろんのこと男に二言はないんですわよね!? 勝手にそう決め付けさせていただきましてよ!?
現地ゲットだぜ! ですのっ!
フゥオオオオオオオーウッ! なのでございますッ!
正直ダメで元々の訴えでしたが儲け物でしたわね。
弱みに付け込めばご主人様だってチョロいものです。
歓喜のあまり今すぐここで裸で小踊りをして差し上げたい気持ちでいっぱいなのですが、今脱いだらこのスーツも即回収されてしまいます。
それではチャンスが全部ノーチャンスに変わってしまいますわよね。であればこの変身装置は何としてでも自室まで守り抜きませんと!
ふっふふー。もうそんなチンケなタオルなんてどうでもいいんですのーっ! 総統のお身体さえ手に入ってしまえば布っきれなどに未練も用も無いんですのーっ!
「あっ! 私ったら急用を思い出しましたの! 今すぐ自室に戻らせていただきますわ! 待ってますからね! ご主人様っ!」
「……ブルーって人生楽しそうだよな」
「モチのロンですの! 第二の人生謳歌してましてよっ!」
さっさと戻ってお部屋の掃除とムダ毛の処理をいたしませんと! もう夜までそんなに余裕はないのです! こんなところで総統と駄弁っていては時間だけが無駄に経ってしまいますの!
無駄なのはムダ毛だけで十分なのでございますッ!
「それではまた後で、ごきげんよう! 絶対なる早で来てくださいね! 約束いたしましたからねっ!?」
呆れ顔を浮かべる総統閣下を横目に、私はスタコラサッサと一目散にギムナジウムを後にいたしました。
振り返る余裕さえございません。とにかく急ぎませんと。
さぁさぁっ、蜜月の宴の始まりでしてよッ!