ずっと前から
まさかもう総統さんがお越しになったんですのっ!?
ついさっきハチ怪人さんから〝時が来たら俺の方から迎えに行く〟との伝言を承ったばかりだといいますのに。
まだ身体のカの字も休まっておりませんの。全身痛いままですの。今叩き起こされたって何もできませんでしてよ。
ドギマギしてしまう私を他所に、病室の扉はゆっくりと開いていきます。
ただでさえ総統さんはイケメンで高身長な方なんですの。狭くて小さい造りのドアを屈むようにして器用にくぐり抜けなさいます。
「ブルー。目が覚めたようだな。思ったよりも元気そうで何よりだ」
「っと。はいおかげさまで、ですの。先日は気を失ってしまいましてすみませんでした。この場を借りて改めてお礼申し上げますの。
私を、そして何より茜の心を案じて〝代わって〟くださったこと、大変感謝しております」
「気にすんな。俺のほうこそ配慮が足りなかった。レッドが魔法少女である限り……ずっと付き纏う問題でもある」
静かに目を伏せなさいます。
あのとき総統さんが来てくださらなかったら、きっと茜はヒーロー連合の奴らを葬り去っていらしたことでしょう。
あの子はやるときはやる女の子なのです。
私たちの未来のためと割り切って、間違いなく自らの手を汚すことを厭わなかったはずですの。
けれども、それは手放しで喜んでよいことなのか。
やむを得ずという言葉で片付けられるのかもしれませんが、下手をすれば一生の心の傷になってしまう可能性もございました。
「…………あれは、間違いなく私の問題でしたの」
私がキチンとトドメを刺せなかったのがそもそもの原因です。まだまだ未熟ということですの。適合率だって未だに100%に届いておりませんし。
今後、彼らよりも強い敵が現れないとも限りません。
まさかこの施設にまでは侵入されないとは思いますが、備えあれば憂なしですの。
準備していたほうがよいとは思いますけれどもっ!
……ふぅむ。
これからどういたしましょうね。
色々と、問題が出てきておりますの。
ついつい物思いに耽ってしまう〝とある〟理由が……。
唇を横一線に結んでウンウンと唸っておりますと、いつのまにか近寄っていた総統さんに軽ぅくデコピンされてしまいました。
けらけらと子供のように笑いなさると、そのまま平手をぴらぴらとお振りなさって、誰もいないベッドに腰掛けなさいます。
脱力した様子で大きく伸びをなさいました。
この目で見た印象ではお仕事の合間の休憩がてら様子を見に来てくださった、という感じでしょうか。
顔色を察する限り、特にお迎えのためにお越しになったようには思えません。
「ともかく、次はしくじりませんの。ちゃんと私の手で片付けますの。ご安心くださいまし」
私たちに仇成す敵がいれば、全て排除して差し上げる所存です。それだけは決して変わることのない決意なのでございます。
「焦る必要はないよ。本当にそのときが来たらでいい。今は回復に努めるのがお前の仕事だ」
「うぅ……分かりましたの」
身体を動かせないと何も始まりませんからね。
総統さんの仰る通りです。
ちなみにメイドさんがお側にいらっしゃいますゆえ、殺害などという直接的な表現は避けさせていただきました。
彼女には何の憂いもなくリハビリに専念していただきたいですからね。必要以上のご心配をお掛けするわけにもいきませんの。
できればこの先のお話も、当たり障りのない形で進めさせていただけたらと思いますけれども……さすがに難しいでしょうか。話題を変えたほうがよろしくて?
「といいますかご主人様。お目覚め一発目の私にいったい何のご用事でして? 指の一本も動かせないような状態ですのに」
「いや、悪いが用があるのはお前じゃないんだ」
「はぇっ?」
私に会いに来てくれたんじゃないんですの?
お見舞いでもなく? はたまた起床祝いに撫で撫でしてくれるわけでもなく?
ってことはお目当てはハチ怪人さんですの?
残念ながらここにはおりませんでしてよ。
いえ、彼女に用があるなら病室ではなく医務室エリアの受付に向かわれるはず……。呼び鈴も備え付けてありますので、会えないってことはないと思いますの。
ということは。
「もしかして、メイドさんにご用事? あの総統さんが? ふぅむぅ?」
「言っておくが、お前が寝てた間にもちょくちょく来てたんだぞ。俺らの組織にとっちゃあお前の保護者は重要参考人なんだ。
普段レッドの肩に乗ってる変身装置レベルか、それ以上の情報価値を握ってると言っても過言ではない」
「はぇぇ!?」
もちろんのこと初耳ですの。
むしろ初耳すぎてビックリ仰天ですの。
三年間寝たきりだった居眠りさんが、どうして今は一躍スーパー大事な情報源になっていらっしゃるのでしょう。
しかもトンデモ謎技術なプニと同レベルの情報を握ってるだなんて……とてもではありませんが信じられません。
勢いに任せて驚きの目をメイドさんのほうに向けて差し上げますと、彼女は少しだけ困ったようなお顔を返してくださいました。
かなり渋々といった様子で、ゆっくりと口を開いてくださいます。
「お嬢様。実は私、以前から魔法少女の存在を知っていたのでございます」
「ふぅむ? なぁんだそんなことですの。そんなのとっくの昔に気付いてましたの。帰りが遅くなってしまったときはいつだって」
むしろ知らないとおかしいですから。我が家は学校帰りの寄り道を許してくださるような放任主義ではございません。私の秘密をご存知でなければ、とてもではありませんがご許可などいただけなかったはずです。
そう納得しかけた、その刹那のことでございました。
私の発言に被せるようにして、けれども何故か私から目を逸らしながら、静かにメイドさんが続きをお話しなさったのです。
どことなく後悔のオーラが見え隠れしているような気がいたしますの。
「――いえ。正確に言えば、お嬢様がプリズムブルーに変身されるよりも〝ずっと前から〟私めは魔法少女の存在を知っていたのでございます」
「え……へ……? …………はぁ?」
待ってくださいまし。
脳の処理速度が現実に追いついておりませんの。
私が変身できるようになる頃にはもう、メイドさんは既に魔法少女の存在をご存知であった、と?
それってつまり、どういうことですの……?