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おっぱいだってほら

 

「……本当に不思議な話ですよね。長らく眠っていた私めには、お嬢様のご多幸をお祈りしたあの日がついこの間のように思えてなりません。

しかしあれから三年もの月日が経っていようとは」


「正確には、三年以上も、でずのぉぉ……」


 私、アダルト的な年齢制限をクリアできるくらいには歳をとってしまいましたの。メイドさんの記憶の中に居る、いたいけな中学生などもうどこを探してもおりません。


 ですからほーら、せめて〝ないすばでぃ〟に成長した私を手放しでお褒めなさいまし。〝せくしぃぽーず〟で悩殺ビームをブッ放して差し上げますの。今は腕が上がりませんけれども。



 私の言葉に、少し遠い目をしたメイドさんが天井の隅をお見つめなさいました。


 そうして、まるで薄れた記憶の断片を少しずつ拾い集めるかのように、か細い手を胸の前に掲げては一つずつ指折りお数え始めなさったのです。


 おそらくは親指が一年目。

 お次の人差し指が二年目。

 続いた中指が三年目ですの。


 最後の薬指は半分だけ畳まれているようでした。


 ご自身の痩せ細ったお手を見て、そして私の泣き顔を見て、新たにくすりと小さな笑みを零されます。



「ふふ。私めの三年に比べたらお嬢様の三日間など一瞬ですよ一瞬。祝日休日をまとめて寝て過ごしてしまったのとあまり変わりません。だからそう気を落とさずに――」


「そっちじゃないでずのッ! 眠り呆けでだごどなんて最初(ハナ)から気にじでないでずのッ! そんな些細なことで泣いたりしませんのッ! 全部貴女が原因なのでございますッ!

……この日をどんなに待ち焦がれたことか。

それこそ目覚まし時計がブッ壊れるぐらいには毎日お声を再生してましたのッー!」


 恥ずかしさを隠すことなく言い放ちます。もはや鼻が鳴っているのか涙で揺れているのかも分からないくらいなダミ声で訴えかけて差し上げますの。


 分かってはおりますが、この涙は嬉し涙なんですの。


 たかが二日や三日のために悔し涙を垂れ流すほど私はお子ちゃまではございません。そもそも普段はもっと別のモノを垂れ流しておりますゆえに。



「ふふふ。冗談です。コレもお嬢様にとっては久しぶりのことなんでしょうね」


「ぅぅぅ……人が悪いでずのぉ……」


 いたずらっ子のような微笑みを向けてくださいます。


 その身に纏うオーラ自体は雛を見守る親鳥のようですのに、クールなご表情に隠されたお茶目さが、とにかく懐かしく感じてしまって、今まで以上に温かな気持ちに揺れ動かされてしまってっ……。


 正真正銘、私の大切なメイドさんが帰ってきてくださいました。改めてそう実感いたしましたの。


 長い長い眠りからようやく覚めてくださったのです。


 ……今日まで生き残ってこれた甲斐があったというものですの。私の我慢は決して無駄ではありませんでした。



 涙を流している理由をご理解いただけたのか、少しだけ真面目そうな顔に戻ってくださいます。



「お嬢様。長らくご心配をお掛けしたようで誠に申し訳ありません。そちらのハチ怪人様のご協力もあって、ようやく話せるまでに回復いたしました。報告、遅れてしまいましたね」


 そのまま上半身だけで深々と礼をしてくださいます。

 お戻りになり次第、私の目を見て続けてくださいますの。



「だいぶ足腰が弱ってしまったせいで、まだ独りで歩くことは叶いませんが……いずれ時間が解決してくださることでしょう。

しばらくの間は一緒の入院生活を過ごすことになりますね。何はともあれ、今後ともよろしくお願いいたします、お嬢様」


「うっ……うぇぇぇ……こぢらごぞ、よろじくお願いいだじますのぉぉおぉぉ……」


「ふふ。お嬢様ったら三年前よりも泣き虫になられてしまいましたか?」


「余計な……お世話ですの……っ」


 長らく枯れていた涙線に潤いが戻ってきただけですの。

 心のヒアルロン酸を直注入中なんですのっ。


 着ていた病衣の袖口で涙を拭って、強がりぎみにドヤ顔を見せて差し上げます。そうしてまっすぐに胸を張りますの。


 実感が確信へと変わりました。多少なりとも人の道から外れようとも、自分の意に反して過ごしてきたのではないのです。



 今も昔も、ずぅっお私は私のままですの。


 メイドさん(あなた)を敬愛する蒼井美麗そのものなのです。



 メイドさんがお眠りになっていた間、ホントのホントに色々な出来事があったのです。武勇伝的なエピソードはもちろん、カッコ付かない恥ずかしい失敗談だって沢山経験しておりますのっ。


 この際ですから全部まとめて話して差し上げましょうかね。覚悟してくださいましっ。三年分の鬱憤をグイグイ晴らさせていただきますのっ。


 どうせこんな殺風景なお部屋には娯楽も何もないのですっ。メイドさんだってお昼寝以外に暇を潰せてWIN-WINでございましょう!?



「そうですわねぇー。自分の口からお話しするのは恥ずかしいんですけれどもっ。この秘密組織に避難させていただいてからというもの、私は――」 







――――――

――――


――







「――ふっふんっ。以上が〝私が総統さんを唯一手玉に取れた、すぺしゃる悩殺美女美女(びしょびしょ)エピソード〟ですのっ。あのときは心も身体も本当に楽しかったですわね。またやりたいですの」


「まぁまぁ、ふふふふふ」



 話し込むこと、早くも二時間は経ってしまいましたでしょうか。


 途中からわりと過激な話題も織り交ぜてみたのですが、始めこそ驚かれていたものの、基本的には最後まで笑って頷いて聞いてくださいましたの。


 私に気を遣ってくださっていたのか、それとも言葉に表されなかっただけで、心の内では不快に思っていらっしゃったのか。



「……あの、幻滅なさいまして? 私、メイドさんが眠っている間にこんなにもオトナになっちゃいましたの。おっぱいだってほら、手のひらからこぼれるほど大き――ぁ痛ァッ!?」


 揺れる心を誤魔化すため、いっそのことボディランゲージを駆使して私の得た美貌をお披露目して差し上げようと思ったのですけれども。


 痛みを忘れてついつい腕を上げてしまいましたの。


 動作から半秒ほど遅れて肩から二の腕にかけて激痛が走ります。

 

 あと何日我慢しないといけないのでしょう。


 この際ですから実力行使でも構いませんの。ハチさんご自慢のオイルマッサージとかありませんの!? ぶっといお注射でも今なら我慢いたしましてよ!?



「……うぅぅー……コレかなり不便なんですのぉ……」


「お嬢様。落ち着いてお話しくださいませ。私めは逃げたりしませんから」


「そう、ですわね。その通りでしたの」


 痛みのトリガーに引っ掛からないよう、カメもビックリなスピードでうな垂れて差し上げます。


 上に伸びをすることは叶いませんので、せいぜい長座体前屈の要領で身体を伸ばしておきます。


 どうせなら大きなお風呂に浸かって芯からほぐしたい気分ですわねぇー……なぁんて。


 のんきに耽り始めたところでございました。

 しかしながら。



 コン、コン、と。



 突然、病室の入り口扉がノックされたのです。


 おあいにく私もメイドさんもベッドから動くことはできません。おまけにハチさんの方も通常業務に戻っていらっしゃいまして、先ほどからお姿が見えません。


 来客程度のことであればわざわざナースコールのボタンを押すほどでもありませんし。



「どうぞお入りくださいましー。美女二人がお出迎えして差し上げますのー。けれども今はお触りは厳禁でしてよー。っていうかそもそもどなたでしてー?」


 お声掛けだけで恐縮ではございますが、招き入れて差し上げます。



 扉はまだ開きません。

 けれども声だけが聞こえてまいります、



「よう。俺だ」


「ごごご主人様っ!?」


 ドアの向こう側から聞こえてきた声に、図らずも胸が高鳴ってしまいましたのっ!

 

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