痛……痛つつつぅ……
――眩しい光が私の視神経を刺激いたします。
さっきからチッカチカとやたらうるさいのです。
まったく。気になって目が覚めてしまいましたの。せっかく人が気持ちよく眠っていたといいますのに……!
「…………ん、ぐっ……くぅっ?」
少しでも光に抗うために寝返りを打とうといたしましたが……どうしてでしょう。動こうとする度に全身に刺すような痛みが走りますの。
むしろ身体が言うことを聞いてくださいません。
このままではどうしようもありません。
丁度あくびが込み上げてきてしまったことですし。
一旦目を開けてみて辺りを確認してみましょうか。
重たい瞼を持ち上げます。
「ふわぁぁ……ぁふぅぁ……ふぇ?」
って、あら? ここはどこですの?
薄目を開けてみたところ、眼前には真っ白な天井が広がっていたのでございます。
目に優しいはずの照明が今は随分と刺激的に感じますの。まっすぐに降り注いできてますの。眩しい原因はこれのせいでしたか。
慣れるまで時間が掛かりそうですわね。この間に寝起きの頭で捩れた記憶の糸を紐解いてみましょう。
たしか私は連合連中と死闘を繰り広げて、相打ち覚悟の必殺技を放って、それでもギリギリで倒せなくて、そこに茜が割り込んできてくださって、最終的には総統さんに救っていただいて……安心するのも束の間、ついに力尽きて気を失ってしまって……。
そうですの。てっきり私、その後は自室のベッドに寝かされたものと思っておりましたのに。
何から何まで全てが分からんちんですの。
あれからどれくらいの時間が経ったのか……!
なんだか記憶喪失になってしまった気分ですわね。こ天井の質感もお布団の硬さも、いつもとは何もかもが異なっているのでございます。
ペチペチと微かな瞬きを繰り返しているうちに五感がはっきりとしてまいりました。明順応的な視覚は言わずもがな、特に顕著になったのは〝嗅覚〟です。
どうやらこの辺り一帯には優しげな〝リンゴの蜂蜜〟の香りが漂っているらしいのです。
真っ白で清潔感に溢れていて、おまけに良い香りのする素敵空間……記憶の中に一箇所だけ該当する場所がございます。
「もしや、ここは上層の病室でして?」
「あら蒼井さん。無事にお目覚めになったようで何よりです。随分と眠り呆けていらしたようで。お寝坊さんですね」
「ほーらハチ怪人さんもいらっしゃいますの。やっぱり病室ですの」
さすがの総統さんも、傷だらけの私をベッドに寝かせるのは憚られたのか、こちらまで連れてきてくださったのでしょう。
別にあれくらい唾付けておけば治りますのに。
さすがに全身の筋肉痛は難しいでしょうけれども。
しばらくすると視界の片隅にハチ怪人さんの整ったお顔が映り込みました。まるで風邪を引いた子供の世話をするかのような優しい微笑みを浮かべていらっしゃいます。
「三日も目覚めなかったから心配してたんですよ? 脳波に異常はありませんでしたのでいずれ起きるとは思っておりましたが。大寝坊も甚だしいです。身体に急激な負荷を掛けてしまったことが原因でしょう。
まったくだらしがない。ヒトの身体はそこまで強靭ではないのですよ?」
「ふぅむぅ。すみませんの。面目ありませんの。確かにここ最近は睡眠時間も削って鍛練に打ち込んでおりましたし、それこそ奴らを倒すために血をたくさん消費してしま――って三日ぁ!? 私そんなに眠ってたんですの!? ぁ痛たたっ」
思わずガバりと身体を起こしてしまいました。遅れて全身に鈍痛が走ります。多分これ筋肉痛ですの。ジリジリと締め付けられるような痛みですの。
この痛み、正直癖になりそう……なわけがないのです。
さすがに今はしんどさのほうが勝ってしまいました。自然と眉間にも皺が寄ってしまいます。
未だに筋肉痛が治っていないとは……相当なダメージを受けてしまっていたようです。
「まだ横になっていらした方がよろしいかと。総統閣下からも言伝を預かっております。〝時が来たら俺の方から迎えに行く。そこから動くな。絶対に休め〟とのことで」
「うぅ……分かりましたの。素直に従っておきますのぉ……」
背に腹は代えられません。痛みに耐えながらゆっくりと身体を寝かせ直します。
あの〝血み泥〟な必殺技はしばらく封印しておきましょうね。とても乱発できるシロモノではございませんの。思ったよりも代償が大きかったですし。
というより、憎き仇敵を退けた私が、再び戦場に戻る未来など有り得るんでして……?
以降の人生はもう、さっさと慰安要員としてのお勤めに復帰して、毎日しっぽりと楽しく気持ちよく暮らしていけばよろしいのではありませんでして?
のんびりとメイドさんのリハビリをお手伝いして差し上げるような穏やかな毎日が待っているのではございませんでして……?
あ、そうですの。病室といえばメイドさん……ッ!
「痛……痛つつつぅ……」
気合を入れてもう一度体勢を整え直します。おあいにく身体に鞭打つのは慣れておりますの。今行うのは非効率でございましょうけれども。
「蒼井さん。アナタ言ってることとやってることが逆ですよ」
「ハチさんだけには言われたくありませんのっ。別に今から暴れ回ったりしませんのでこのくらいはご勘弁くださいまし。……んっ……ふぅっと」
背板にもたれるようにして体重を預けました。
確かメイドさんのベッドは部屋の隅に設置されていたはずです。首だけで周囲を確認させていただきますの。
……案外、近くにいらっしゃいました。
私自身が真隣のベッドで寝かされていたようなのです。
彼女もまた、私と同じように、既に半身を起こしていらっしゃいまして……?
「――おはようございます。お嬢様。今が朝かどうかは私には分かりませんが。ぐっすりと眠られていたようで何よりですね」
もはや、言葉になりませんでした。
「メイ、ド、さぁん……!? メイド、さぁぁん……うぅぅ……起きていらっしゃるぅぅ……!?
本来ならその胸に飛び込ませていただきたいんですけれどもぉ……思っだよりも全身が痛いので泣ぐ泣ぐ諦めまずのぉぉ……どんでもなぐ悔しいでずのぉぉ……ぅぇぇ」
「ふふ。お嬢様。本当に泣いてしまっておりますよ」
前言撤回いたします。
胸のうちから言葉が溢れ出てきて止まりませんの。しかも軒並み口から出しておかなければ死んでしまいそうです。
目の前に、半身を起こしたメイドさんがいらっしゃるのです。言葉を発してくださるメイドさんがいらっしゃるのです。
これより嬉しいことがこの世のどこにあるってお話でございましてよぉ……。
涙で視界がぼやけるのが本当に悔しいんですの……っ。