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……ザマァみろ、ですの

 


 目を凝らしてよく見てみれば、茜はまだ腕を振り上げたままでしたの。最後の行動には移れなかったらしいのです。


 と言いますのも、彼女の手は突然現れた総統さんによって押さえつけられておりまして……!


 手首からガッチリと掴まれて、完全に身動きを封じられてしまっているようなのです。



「レッド。よく決断してくれたな。……だが今はその気持ちだけありがたく受け取っておくよ。まだ時期じゃない」


「むぅ。どうして止めるのさ。私にだってやれた(・・・)のに」


「だからこそ、だ」


 行動を遮られてちょっとだけ不機嫌そうにしていらっしゃいましたが、その茜の横顔はどこか安堵に満ちているような気もいたしました。


 できるけど、やりたくはない、と。

 頬を流れる汗がそう語っておりましたの。


 掠れたこの目でもしっかりと見えてしまいます。茜も茜で極限レベルで緊張なさっていたようなのです。



「……すまないプニ。魔法少女の変身装置(デバイス)として礼を言うプニ。許されるのであれば……プニは……茜の手を汚したくはないのプニ」


 胸の宝石が申し訳なさそうに明滅なさいます。

 その様子を目にしてか、茜も口を尖らすのをお止めなさいました。ふぅっと息を吐いて肩の力を抜かれます。



「…………そりゃ、私だってそうに決まってるよ」


 構えていた尖杖も光の粒状にして霧散させなさいます。放っていた殺気も感じられなくなりました。



 私もまた、一人地に伏しながら安堵の息を漏らさせていただきますの。正直ホッとしたどころの話ではないんですの。一時は心臓が止まりかけましたもの。


 駆け付けてきてくださった総統さんに感謝の極みです。ホントにスペシャルでナイスなタイミングです。ある意味では今後の動向を確定する局面だったのですから。


 茜が道を踏み外さなかったこの喜びを身体全体で表現したいくらいです。残念ながらほとんど動いてくださいませんけれどもっ!



 彼が来てくださったのであれば憂いも不安も何もありません。


 せめて最後の最後くらいは意地を見せて、地に這いつくばったままではなく、片膝をついてでも奴らを睨み付けて差し上げようと思った――のですけれども。


 何やら、眼前の連合連中の様子が先ほどまでとは異なっていることに気が付きました。


 少しも、動きが、ないのでございます。

 既に目の前の鳥頭と馬面からは、殺気どころか生気そのものさえ感じられなくなっているのです。


 どちらも等しく目を虚ろにしておりますの。ペストマスクの向こう側に光を感じません。馬の手に持つ角の輝きもすっかり失われております。



「ブルー。身構えなくていい。もう終わってる(・・・・・)


「……は、ぇ……?」


 総統さんが茜を離しました。落ち着いた様子で二人ともゆっくりとこちらに歩み寄ってきてくださいます。


 立てるかどうかを確認するかのように優しく手を差し伸べてくださいましたの。


 鉛のような腕を何とか持ち上げて、彼のお手を拝借いたします。



「レッドの手を止めたのも、別に奴らを助けてやりたかったわけじゃないからな。この俺が直々に然るべき報復(・・)をしてやったわけだ。連合連中にしちゃあこれ以上ない宣戦布告だろうよ」


 ニヒルに笑う総統さんの横顔を見ながら、私は子鹿のようにプルプルと震えながらも辛うじて立ち上がります。


 そうして一歩ずつ、ゆっくりと奴らに近付かせていただきましたの。



 近くで見つめてみて、また息を呑んでしまいます。


 既に二人とも事切れて(・・・)いたのでございます……!


 夏の生温い風が辺り一帯を吹き抜けていきました。

 ちょっとした風に煽られただけですのに、ゴロリと力無く倒れ込みましたの。


 そして、それぞれのうなじ(・・・)にあたる部分から……っ。


 まるで血の噴水かと錯覚するかの勢いで、汚らしい血飛沫が噴き出し始めたのです……!


 みるみるうちに赤い水溜まりが周囲に広がっていきますの。それこそ私の出血量なんかとは比べ物にもならないほどの……確実に死に至るべき量が流れ出てきているのです。


 おそらく私たちが認知する隙もないほど素早く、そして確実にトドメを刺してくださったとみて間違いはないでしょう。



「もっと時間を掛けて苦しませてやってもよかったんだが、そんなことよりお前らの身体の方が心配だからな。明らかに顔色が悪いぞ。無理させて悪かったな」


「……自分の意地に……従ったまで、ですの」


 諸刃の剣の扱い方を間違えていたら、私も同じ結末を辿っていたかもしれません。そう思うとゾッとしてしまいます。



「………………ザマァみろ、ですの」


「やっぱり最期はお前の手でカタをつけたかったか?」


「いえ。貴方のご判断に従いますの。きっとこれが……今の最善策だったのでしょう。充分に満足しておりましてよ」


 目的は無事に達せられたのです。

 メイドさんの仇を討つことができましたの。


 私の手も、茜の手も汚すことなく。 

 ある意味では一番美味しいところを。

 ある意味では一番苦味の残るところを。


 全部彼が担ってくださったのですから。


 私が何かを言える立場ではございません。


 仇敵を排除できた喜びを、今は素直に噛み締めた方が何倍も有意義なのだと理解できております。


 私は、オトナ、ですもの。



「これから忙しくなるぞ。何をどうしたって表の世界(正義側)を敵に回した事実は変わらないからな。俺も、お前らもだ」


「………………うん。そうだよね」


「だがまぁ今日は帰ってゆっくり休むといい。小難しい話はまた後日にしよう。レッドもブルーも、お前ら二人とも頭回ってないだろ?」


「……ふっふん。……分かってらっしゃるでは、ございませんの……」


 あくまでさっきよりは意識が戻ってきただけなのです。元より立つのもしんどいレベルなのです。


 総統さんに体重を預けながら、今にも薄れゆく意識の中、必死に頭を巡らせます。



 とにかくこれで……私の気苦労にもようやくカタが付いたのです。掴みはこってり、後味は随分とあっさりな感じでございました。


 もちろん私自らが責務を全うして、ヤツらをこの手で抹殺して差し上げたかったという思いが全くないわけではございません。


 それと同じように、私がもっと強ければ茜だって身を削るような決心をする必要もなかったことでしょう。多忙な総統さんが直々に足をお運びになる必要もなかったことでしょう。


 帰ったら反省会をするつもりではおりますの。


 けれども今くらいは、総統さんの優しさに全力で甘んじさせていただいてもバチは当たりませんですわよね?


 いつかのお姫様抱っこを所望いたしますの。



「…………ふわぁ……ぁふ……どうしましょ、急に……疲労と……抗えない眠気が……」



 血だらけかつ傷だらけの身で大変恐縮ではございますが、どうか私を組織の地下施設まで……自室のベッドまで運んでくださいまし。


 今はそれだけを望ませて……いただけたらと、思い……ますの……。



 カクン、と。私の膝に力が入らなくなりました。



 そうして、ああ、だんだんと意識が、遠のいて……。









――――――

――――


――




 

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