考えるよりも先に
「それでは……お食らいなさいましィッ!」
持ち得る限りの力をもって、改めて鳥頭のお顔をブン殴って差し上げますのっ! その憎たらしいペストマスクをひん剥いて差し上げましてよっ!
腕を大きく振りかぶります。
拳を内側に捻るようにして抉り殴りますのっ!
幸いにもクチバシ部分にヒットいたします。まるで分厚いドラム缶を殴ったような固い感触が返ってまいりましたが少しも気にいたしません。
勢いを殺すことなくそのまま腕を振り抜きます。
邪魔な仮面、早いところ外しておいた方が身のためでしてよ。元より首ごと持っていくつもりです。そもそも疲労感も相まって手加減できる余裕がないのでございます。
豪快に振り抜いた影響で体勢を崩してしまいましたが、それすらももはや関係ないことですの。背後に人の気配を感じましたが、ランナーズハイな私に対処できないものでもありません。
「不意打ちしようとも無駄です……のッ!」
回し蹴りの要領で後方の馬男にも牽制を入れておきます。私たち、これでも魔法少女の頃から格闘メインでやってきましたの。蹴りと拳で語れないような乙女では真の乙女を名乗れませんもの。
敵さん二人とも避ける余裕はなかったのか、両者それぞれにヒットさせることができました。
この優勢に乗じて更なる追撃を放って差し上げようと思いましたが、着地に失敗して完全にふらついてしまいましたの。やむなく断念して地面に倒れ込みます。
自分が思っているよりも足にきてしまっているようですの。全然血が足りてませんの。さすがに使いすぎてしまいましたの。
「……ふぅ……ふぅ……くっ」
膝をつきながら何とか立ち上がります。
最低限どちらかを戦闘不能にまで追い込んでおきませんと、今日の勝ち星は見えてきませんのに。
いえ、戦闘不能だけでは足りないかもしれないのです。今後の身の安全を考えれば、彼らと戦うのはコレで最後にしておきたいんですの。
戦闘不能ではなく、狙うは再起不能でしてよ……ッ!
「ま、まだまだぁ、ですのぉ……っ!」
運よく〝撃退〟できたとしても、時間をあけたらまたゴキブリのように何度も何度も湧いて出てくるに決まっております。
更には今でさえいっぱいいっぱいなのです。
不意打ちでようやく手に入れられたチャンスですの。
次に万全の奴らと再戦したら勝てる保障はございません。良くて辛勝、叶って九死に一勝……!
だからこそ今回に賭けるしかないんですの。
この一戦で完膚なきまで叩きのめして、それこそトラウマレベルにまで戦意喪失させるか……もしくはこの手で奴らの息の根を……ッ!
「……やっぱり、やるしか、道はないんですの……」
ヒーロー連合所属の奴らに浄化の光は効きません。
そもそも私にはもう扱う術もございませんし。
となれば別の手段でトドメを刺すしかないのです。
メイドさんや茜や組織の皆様を守るためには……私自らの手を汚して、この世から葬り去って差し上げるしか……っ。
それが最善の策なのだと、頭では分かっておりますけれども……っ。
「……くっ」
握り拳が微かに震えてしまっております。
今更、何を怖気付く必要があると言うのでしょう。
魔法少女時代にだって同じようなことはしておりましたの。使命という名の大義名分を振りかざして、敵対してきた怪人を勝手気ままに〝浄化〟し続けてきたのですから。
最後に潰したポヨもまた同じくです。あの冷たくてドロドロとした感覚をもう一度体験するだけ、握り潰す対象が変身装置からヒトへと変わるだけの簡単なお話です。
あの経験と今回のバトルと……何が、何が違うというのです……!?
全部、全部全部同じことではありませんこと……?
「……まったく。根性無しで困ってしまいますわね。いざというときに動けない弱っちい自分が……ホント嫌になりますの」
震える腕を無理矢理押さえ付けて、後ろめたい心をがむしゃらに封じ込めて、次なる攻撃に移ります。
固く握りしめた拳をとにかく乱暴に乱雑に振るって、鳥頭に直接的なダメージを加えていくのです。
考えるよりも先に手を動かしなさいまし。
考えるよりも先に足を動かしなさいまし。
考えるよりも先に体を動かしなさいまし。
内なる自分自身が無機質な声を放ちます。
感情を殺して、目の前の敵をただ殺めるのみ。
敵を殺めるために、まずは自らの心を殺して、ただ凍りついた感情の赴くままに、ただひたすらに、殴り続けるのです。
指先が悲鳴を上げようと、腕に激痛が走ろうとも、一度たりとも手を休めてはなりません。
――――――
――――
――
―
「……はぁー……っ……はぁー……っ……」
気が付けば、右腕は肩より上には上がらなくなっておりました。それどころか左腕には力そのものが入らなくなっております。
膝もガクガクに震えて、荒い息だけが私の口から零れて。
もはやまっすぐ歩くことさえままなりません。小さな小石にさえ蹴つまずいてしまいそうな非力さです。
……しかし、ながら……っ。
「……がっ……ははっ……もう……おしまいか、小娘ェ……」
「……今の一撃は……だいぶ効きましたが……その程度で地に伏すほど、我々の鍛え方は甘くは、あり、ませんよ……? ……ぐっ」
「ホントに、しつこい奴らですのぉ……ッ!」
まだ、まだ……!
憎い奴らは地面に立っておりました。
どちらも見た感じは虫の息に等しいですが、あと一歩のトドメを刺せるまでには至っておりません。
幸か不幸か、反撃も飛んではきませんでしたの。
舐められているというよりは向こうもまた立っているのがやっと、という雰囲気に感じられるのですけれども……っ。
私だってもう目を開けているのがやっとなんでしてよ……っ。
「……ほらぁ、動きなさいまし、私の身体ぁ……」
最後の力を振り絞って、黒泥を操作して尖った短杖を生成して、奴らの首元に突き刺して差し上げようと思ったのです……けれども。
私の装置はウンともスンとも応えてはくださいませんでした。それどころか既に膝にチカラが入らなくなっていて、衣装も端っこの方から溶けて綻び始めて、魔装娼女の形を保つことさえ出来なくなってきていてぇ……。
「……うぐぅ……どうして、どうしてぇ……まだ私は、戦え、ますの……リミットは、まだ……」
そうこうしている間に目の前が白く霞んでいきます。色が少しずつ薄らいでいって、それに合わせて意識もふわふわと、まるで宙を浮くような、柔らかな波に揺られているかのような……?
自分自身が何の為に戦っていて、どうしてこの場に居て、何をしていたのかさえ、分からなくなって……。
「…………ここまで、やれたのに……」
瞼が、とてつもなく、重いのです。
視界に何も映ってくださらないのです。
今気を失ってしまえば、この先に明るい未来など続いているはずもないのに。それだけは心の底から分かっているはずなのに。
腕が、足が、身体が、ピクリとも反応してくださいません。あと一歩が、どうして届きませんの…………?
ああダメですの……視界が、今度は暗く……。
「――まだ終わってないよ。美麗ちゃん」




