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赤と黒の千本桜

 

「なるほど、確かに素早い……ですがね」


「ふぅむッ!?」


「何故こうも魔法少女という存在は、まっすぐにしか攻撃してこないのでしょうねぇ!」


 胸倉を掴んでお顔を数回ブン殴って差し上げようといたしましたが、すんでのところで手首を掴まれ、制止させられてしまいました。


 おまけにギリギリと握り締められてしまって、非力な乙女の力では到底抜け出せそうにありません。



 ですが、それでも構いませんの。

 まっすぐなのは〝かつて〟の私ですの。

 今は〝魔法少女〟ではございませんから。


 悪手も手数の一つ、使えるものは何でも使う魔装娼女の騙し技の真骨頂なのです。



「ふっふん。驕れる者の久しからずやっでしてよ!」


「んな!?」


 私が強く念じますと、掴まれた腕の表面がぬるりとした湿り気を帯びていきます! 実はこちら、オブラートよりも薄い泥でまるっと覆っておりましたのっ!


 まるで手袋を脱ぐかのような感覚で、彼の拘束から逃れて差し上げます。そのまま引き抜いた手の勢いを利用して、ぐるっと半回転して肘鉄を放ちますッ!


 チカラで一辺倒に攻めるだけが強さではなくッ!

 たまには頭のほうも使わせていただきますのッ!


 狙いの攻撃を当てる為なら手段は選びませんッ!

 正直に言えば勝てばよかろうですのッ!



 肘鉄を鳩尾(みぞおち)に捻じ込みますの。

 ゴリゴリ、ゴギリという感触が伝わってまいります。



「白馬男は角を折って差し上げました。お次のアナタは何がお望みで? 翼ですの? それとも肋骨? その向こう側にある(しん)(ぞう)?」


「くっ、心を折られるのは――貴女のほうですよ、イービルブルー!」


「ッ!?」



 勢いのある言葉が吐き捨てられた、その刹那。


 ドス黒い殺気を感じてしまいました。


 背後から誰かが駆け寄ってきているのです。咄嗟のことでしたから、避ける暇はございませんでした。



 身構える前に背中に激痛が走ります。

 まるで鋭利な何かで突き刺されたような……ッ!?



「……いいか牝ガキィ。二対一ってのはなぁ、いつだって目の前の奴だけに集中しちゃいけねぇってこった。俺はまだ戦える。一本角(コイツ)もまだ使わせてもらう。当たり前のようにな」


「いっ、痛ぁ……ッ!」


 どうやら、へし折って差し上げた白銀の角を私の背中に押し当てられてしまっていたようなのです。


 ぎりぎりのところで泥の布地を硬質化させたので貫通にまでは至っておりませんが、それでも皮膚の表面を抉るには充分すぎるほどの鋭利さがございまして……っ!



「……無粋、ですの……。女の背中は、こじ開けるところでは、ございませんでしてよ……っ」


 まして露出の多い衣装なのです。ただでさえ守りの薄い部分を攻められてしまっては、到底防ぎ切れるようなシロモノでもなく……っ!


 穿たれた穴から、熱い血液が滴り出ていくのが感覚的に分かりました。ぱたりぽたりという水音まで聞こえてきてしまいます。



「んっぐぅ! お離しッなさいッ! まったく下衆な殿方どもですわね! 毎度毎度、節度ってものを知らないんですのッ!?」


「知らねぇなぁ? オラオラ痛いかぁ?」


「ぎぃぅぅぅう……ッ」


 より深くに尖ったモノをグリグリと押し付けられ、痛みに自然と顔を歪めてしまいます。多分ですがコレ結構な量の血が出ておりますの。すぐにも赤い水溜まりを作ってしまうレベルですの。


 腰を伝って足へと流れて地を真っ赤に染めて……!

 



 ――ふわぁっ、と。



 私の中から何かが抜けていくのが分かりました。理性を留めるリミッターか。それともほんのりと残っていた最後の良心か。


 流れ出る血液と共に、私の根幹を成す大事な何かが、今まさに音を立てて崩れ落ちようとしているのです。


 黒と紫に染めたはずの身体を、少しずつ、少しずつ、無機質で冷たくて寒いナニカが満たそうとしております。



「……ん、ふ。ふふ、あーあ、やってしまいましたわね……」


 この感覚に身を任してしまえば私……きっと、今よりももっと〝強く〟なれる気がするのでございます。


 己を律する枷が、ついに外れて(・・・・・・)しまいました。



「……ふふっ。アナタ方よろしくて……? このままお続けなさるおつもりなら、私もう……一切の手加減もできなくなりましてよ?」


「この状況でまだ吠えられるとはな」


 今度こそ両腕を後ろ手に拘束されてしまいます。泥パック脱出法はもう使えません。さすがに何枚も身に纏っているわけではありませんもの。


 ですが構いませんの。

 もう、実力行使でどうにでもできますもの。



「……離して、いただけない、と」


「はぁ? さっきから何言ってんだお前。自分の置かれた状況分かってんのか――」


「――では、後悔なさらないでくださいましね」



 正真正銘、これがホントの虎の子ですの。


 新しい装置を身に付けた恩恵(代償)として、ぎりぎり扱えるようになったこの血と涙の結晶を、今こそお見せして差し上げましょう。


 今から放つのは、より強靭に、そしてより繊細に扱えるようになった血染めの黒泥(・・・・・・)による……無慈悲で一方的な攻撃ですの。


 どうかそのお身体で存分に味わってくださいまし。



「……偽装 - disguise - 」


 口の中で小さく呟きます。



 すると、ぐにゃり、と。


 身体に纏っていた衣装が溶け始め、ほんの一瞬だけ液状化いたします。



 しかしそれもまた一瞬だけですの。



 まばたき一つを挟むその間に、血を吸った黒泥たちが、まるで自ら意志を持っているかのようにウネウネと蠢きはじめ……!



 まるでガンガゼのように、オニヒトデのように、ヤマアラシのように、ハリセンボンのように。


 私の体表から、腕よりも長く髪の毛よりも細い針が無数に飛び出します。まさにコンマ一秒の出来事ですの。


 私の目の前にいたフェニックスにも、背後にいたユニコーンにも、二人まとめて串刺しにして差し上げますッ!



「「ングゥゥゥゥッ!?」」


「…………ふふん。名付けて、赤と黒の千本桜ですの」



 身体中に無数に空けられた小穴から、彼らの血液がじくじくと滲み出ていくのが見て分かります。命を奪うまでには至らずとも、多量の流血はじわりじわりと効いていく遅効性の毒になり得るのです。


 私と一緒に、どうか存分に苦しんでいってくださいまし。



「……ほーら。チカラを見せ付けるのに拳さえも必要ありませんの。……単に相手を傷付けるだけなら……こんな細っこい(トゲ)だけで充分なのですから。せいぜい汚い血でスーツを汚すがいいですの」


「「この、ガキぃ……ッ!」」


 言葉の棘もまた然り。過去に放たれた毒がじわりじわりと効いていくのです。


 ご自身で舐め腐っていた弱者に、予想外の大ダメージを与えられてしまったご気分はいかほどでして?


 強固な牙城ならまだしも、傷だらけのボロ屋(身体)ならひ弱な私たちにだって充分に焼き払えましてよ。



「……んくっ。これでようやく五分五分ですわね」


 ちなみにこの奥の手はそう何度も放てる便利技ではございませんの。黒泥は身体に戻ってきても、滴り流した血液の分は一切返ってこないのでございます。


 おまけに血の消費量も半端ないですの。

 既に意識朦朧寸前、諸刃の剣とも言えましょう。


 敵さんもコチラも短期決戦を余儀なくなります。貧血のせいでほんの少しだけ視界がボヤけてしまいますが、戦えないほどではございません。



 さぁ、あと少しですのよ蒼井美麗。


 コイツらを地面に薙ぎ倒して差し上げるそのときまで……この目を閉じてはならないのです。


 この場に立つ三者とも、身を包む衣服を赤に染めて……血で血を洗う肉弾戦を……つまりは最初で最後の後半戦を、始めさせていただければと思いますの……ッ!


 

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