オラオラオラオラオラァ、ですのッ!
ビビる気持ちもほどほどに、イイ感じな流れなのは間違いないのでございます。初手から私が圧倒的なリードを得られておりますの。このまま最後まで押し切らせていただきましてよ。
身体に巻き付けているのも強化済みの鎖鞭なのですから、ちょっとやそっとの力では到底解かれることなんてあり――
「クソッ! 邪魔――くせぇッ!!」
と、タカを括っていたのですけれども。
怒声と一緒にこの耳に届いてきたのは、バキバキ、ガギンッという密度のある金属音でございましたの。
「はぇあっ!? 壊せますのっ!? なんですのその馬鹿力は!? まさかウマだけに!?」
簡単には解けないと思っておりましたのに。
小気味いい破壊音と共に私の鞭が粉砕されてしまいました。スーツに纏わりついた残片を面倒くさそうに手で払い除けていらっしゃいます。
あちこちに吹き飛ばされた破片が早々に地面に溶け込んでは消えていきますの。
いずれは私の元へと返ってくるので別に構いませんが、それにしたってこの白馬男の桁違いのパワーはいったい……!?
何か危険な雰囲気を感じ取りましたので、ひとまず後ろに跳躍して距離を取らせていただきます。
ゆらりと立ち上がられたさまが何とも不気味ですの。
かつて一度たりとも対峙したことのない……それこそ絶対的恐怖の塊だった総統さんのソレとも異なる、気色の悪い感覚が……!?
警戒用に、手元に残った鞭の取っ手部分だけでも元の杖の形状へと戻しておきます。
「……フン。強くなったのがテメェらだけだと思うなよ。あぐらかいて座ってるだけじゃあ世の中の秩序は保てねぇ。ヒーロー連合もまた、日夜前に進み続けている。雑魚を蹴散らし続けるのが俺らの仕事だ」
「野蛮なくせして、一丁前に真っ当なセリフをお吐きなさいますのねぇ……っ! ならば私はそれを上回って差し上げるだけですの」
「黙れクソアマァ。よくも自慢の角を折ってくれたな。テメェはこの俺が直々に捻り潰す」
「くぅッ……!」
彼の放つ殺気に自然と身体が強張ってしまいます。やっぱりこの人は強敵ですの。伊達に私を引退には追いやっておりません。
額の一本角を折ったくらいで優位性を感じようとしていた私が間違ってましたの。改めて気を引き締め直します。
初手と同じように、これからも常に私の全身全霊をぶつけ続けて、完全に再起不能になるまでボコボコにして差し上げませんと。
私のチカラが通用しないわけではないのです。
全ては私と私たちの安寧の為ッ!
ビビっていたら勝機が逃げましてよッ!
覚悟を決め、あえて奴の懐に飛び込み直します。ギリギリまで肉薄して杖撃をこれでもかというくらいに叩き込みますの。
「オラオラオラオラオラァ、ですのッ!」
「チィッ……! ングゥゥゥゥ……ッ!」
大半は腕のガードとかったい胸筋によって阻まれてしまいますが、それでも全くダメージがないわけでもないのですッ!
攻撃が通っているだけまだ千倍マシですの。かつての私と比べたら雲泥の差なんですのッ!
私は黒泥の使い手なのですけれどもッ!
今まさに雲をも掴む思いで戦っておりますけれどもッ!
連撃の最後に禁じ手紛いの金的をぶち込んで差し上げたのち、蹴りの反動でシュババと跳び上がらせていただきます。
宙を舞っている間にスカートの中を覗き込んだら即成敗でしてよ。貴方に見せる為にこんなデザインを採用いるわけではないのです!
華麗で優雅な足技を放つ為ですのっ!
ふわりと一回転してスタッと着地いたします。
せいぜいお見惚れなさいまし。
「ふっふんどうですの? 少しは見直してくださいまして? アナタ方に一方的にやられるだけの私とはおさらばいたしましてよ」
「クッ……ああ。どうやらそうらしいなァ……ンだが――」
「……ふぅむ?」
角折れ男が急に視線を上に向けなさいました。どうしてかほぼ直上を見つめていらっしゃいます。口元がニヤリと歪んでいたのが妙に気になりますの。
釣られて私もそちらに首を向けてしまいます。
太陽の眩しさもさることながら、遥か上空に黒い点が見えますの。それが段々と、大きくなってきておりませんこと……?
もしかして、何かがトンデモない勢いで落ちてきておりませんでして……ッ!?
「――お前は好きに戦えても、お前の相棒はどうだろうなァ?」
ハッとして目を細めて見てみますと、逆光ながらに一瞬だけ赤いふわふわが見えてしまいました。
アレ、もしかしなくてもレッドですのッ!?
こうしてはいられませんのッ! いくら魔法少女姿だとはいえ、あのスピードで地面に叩き付けられたら大ダメージどころの騒ぎではありません。
慌てて胸のブローチを鷲掴んで叫びます。
「偽装! - disguise - 」
目的は衣服化している黒泥の操作ですの。最低限身体を隠せるだけの部分のみを残して、あとの全てをドロドロに溶かして差し上げますッ!
そうして急いで落下予測地点に黒泥を飛ばしてベッドのサイズにまで膨らませましてッ!
即席のクッションにいたしますのッ!
「間に合ってぇッ!」
まさに間一髪のことでございました。
落下によって激しい衝撃波が辺りに放たれます。
眼前の黒泥塊からどぷぅんっという粘度のある音が聞こえてまいりましたの。着泥の反動からか、黒塊ごとトランポリンのごとく地表から数メートルほどまで跳ね上がります。
中にはレッドの姿が見えましたの!
けれども空中で放り出されなさいましたの!
人目も憚らずに猛ダッシュで二度目の落下点に向かいますッ!
「レッドッ!? 大丈夫でしてっ!?」
着地なさる直前にナイスキャッチですの!
まさかこの私がお姫様抱っこする側になろうとは、展開というモノは読めませんわね!
ですがそんなことはどーでもいいのです!
「……ん、く……ぅぅ……っ」
レッドの魔法少女の衣装、既にボロボロになっていらっしゃいませんこと!? ところどころが焼き焦げたように黒ずんで見えるのです。
フェニックス男にやられたんですの!?
「レッド! 気をしっかり、ですの!」
「……っ……はっ。ありがとブルー。正直もうダメかと思った。……悔しいけどこの人たち強いね。……ほとんど歯が立たな……痛っつつつぅ……」
「認めるしかないプニよ。奴らは完全に格上プニ。……あんまり言いたくはないプニが、現状の茜では荷が重すぎるのプニ」
「……ふぅむぅ……弱りましたわね……」
弱ったレッドの代わりに、胸元の宝石プニが自信なさげに点滅なさっていらっしゃいます。
彼女をよく見てみれば服だけでなくお身体の方にも火傷のような跡が残っておりましたの。
目に映しているだけでこちらまで痛々しい気持ちになってしまいます。対峙していたフェニックスにやられたと見てまず間違いなさそうです。
弊社の最新技術があれば何とか治療できるとは思いますが、よくもまぁ乙女の宝肌をこんなにも無惨に痛め付けなさいましてぇッ!
私の身体を弄んだときと何一つ変わっておりません。残虐なコイツらにはヒーローを名乗る資格なんてございませんのぉッ!
「……分かりましたの。後は私一人で何とかいたしますから、レッドは一足先にアジトにお戻りなさいまし」
「そんなっ! それじゃブルーが危なっ痛ッつつ」
「貴女を失うよりは二千倍マシですの」
彼女を優しく地面に下ろして差し上げます。ついでに手元に残った黒泥で包み込んで差し上げますの。
せめてご帰還なさるまではこの中に隠れていてくださいまし。硬化しておけば多少のガードくらいにはなりますでしょうから。
ドロリと蓋をして抗議の視線を遮ります。
……茜。ご安心くださいまし。
既にこの心には憎悪の炎が燃え上がり始めておりますの。以前のように……凍り付くようなドス黒い感情に身に任せてしまえば、今よりもっともっと強い力を発揮できるはずなのでございます。
全てを守る力から、全てを壊す力へ。
この心のリミッターさえ外すことができれば。
ですがもう少しだけ時間が必要ですの。
今はまだ理性が残ってしまっておりますから。
しばらくは我慢の時が続きそうです。
焦りのせいでしょうか。
ギュッと拳を握り締めてしまいます。