白馬のぐるぐる巻き
それでは改めまして茜の横に並び立ちます。
おっと大事な決めポーズを忘れてましたわね。
ビシッと杖を掲げてカッコよく構える茜と対を成すように、私はスカートの端っこをつまみ上げて、エレガントな令嬢の挨拶ポーズをしておきます。
衣装に設けられたスリットのせいで内側の艶やか黒タイツが必然的にこんにちはしてしまいますの。もれなくちょっと破廉恥なおバージョンとなってしまいました。
乙女の艶足をタダで拝めるほど世の中は甘くありません。彼らには相応の対価を支払っていただきましょう。
「ご覚悟よろしくて? 今日がアナタ方の命日ですの。これからコテンパンのビートバンのフランスパンにお料理して差し上げますからご堪能くださいまし」
「大のオトナをヒィヒィ言わせちゃうんだからねっ」
互いにスパッと言い放ちまして、戦闘前の口上を完了させましたの。スカートから手を離してひっそりと杖を生成しておきます。
そうしてつま先の方に重心を移動させますの。気持ち的には本気で駆け出す5秒前です。
足にグッとチカラを入れたのとほぼ同時、レッドにちらりと一度だけアイコンタクトを送ります。お気付きになるや否や、可愛らしいウィンクを返してくださいました。
よろしくて? 私たちは二人で一つのコンビですの。
言葉を交わさずとも、また長らく一緒に戦っておらずとも、互いの目を見れば大抵のことは分かるのです。
伊達に相棒として自覚しておりませんのっ!
こくりと頷き合いまして、その直後に二人同時に一気に駆け出しますッ!
「クゥッ!?」
「チィィッ!」
お互いが別々の対象に向けてッ! ですのッ!
私はユニコーン男目指して飛び蹴りを、対する茜はフェニックス男に対して下段の足払いを仕掛けますッ!
突然飛んできた攻撃に、敵さん二人ともガードするしかないご様子。奇襲が成功したとみてよろしいでしょう。
入り混じっての乱戦は夜のお戯れだけで充分なのでございます。有利に戦うなら各個撃破が目一番ですの。
〝嬲る〟という漢字は殿方が二人いて初めて成立いたします。以前の私は無謀にも二人相手に挑んでしまったからこそ、無惨にも敗北を噛み締めてしまいました。
裏を返せば奴らとの一対一さえ叶えばワンチャンス以上の可能性が見えてまいります。
あの頃は自分の尻も拭けない赤ちゃんでしたからね。
己のチカラを見誤っておりましたの。
けれども今はもう心もカラダもオトナです。
自分の強さも味方の頼もしさも、どちらも信じることができております。
ゆえにっ! 今第一に優先すべきなのは脅威の分散なのですっ!
私は私の仕事をキチンと果たしますの。
ですから茜……! そちら側は任せましたわよ。
蹴りの勢いそのままに、拳と短杖による猛連撃を放ちます。徐々に壁際に追いやって差し上げますのッ!
幸いにもこの駐車場は広いのです!
向こうの戦闘から距離を取るだけなら造作もありませんッ! 過去とはパワーもスピードも段違いなんですからッ!
「どうなさいましてッ!? 黒紫の魔装娼女、夏の晴れ間に狂い咲いてますのッ! ほらほら花びらの舞ですのッ!」
「グッ……クソがァッ!」
ちなみに花びらの舞はできても大回転までは一人ではできませんのであしからず。知らない方は知らないままでいてくださいまし。
攻撃の最中、無詠唱で服の一部を黒泥へと変化させておきます。スカートの端っこの余剰分を使いましょう。
まずは以前の模擬バトルでも生成したことのある鎖鞭スタイルから試してみましょうか。杖と連結させて長い鞭に進化させます。
素早く手に取って振り回して、相手の身体に巻き付けますの。こちら意外に頑丈な造りになっておりまして、4トントラックくらいなら容易に持ち上げられるのではないでしょうか。
瞬く間に白馬のぐるぐる巻きの完成です。
「ふっふんっ。おバカな暴れ馬は調教して差し上げねばなりませんわね。私自らが騎乗してお尻を叩いて差し上げればよろしくて?」
「ほざけクソビッチがァッ! 卑怯だぞ!?」
「どの口が仰る。ちなみにもちろん冗談ですの。誰が好きでもない殿方の上に跨がりますか。恥を知りなさい」
私が心もカラダも許すのは尊敬できる方だけですの。か弱い乙女を痛ぶるだけが嗜好のケモノを誰が好き好むというのでしょう。
「とりあえず余裕のあるうちに一発殴らせていただきますわね。あとで邪魔されても嫌ですし。疲れて弱まっても嫌ですし。お腹と顔、どちらの痛みがお好みで?」
ニヤリと嘲笑を向けて差し上げます。
それから右の拳に有りったけのチカラを込め始めます。指の骨が折れるのではないかと思うほどギリギリと固く握り締めまして。
こちらはようやくお目を覚まされたメイドさんの分ですの。
あの人と楽しく過ごすはずだった三年分を、この悲しみと憤りと悔しさを、この一撃に乗せてさせていただきます。
よーく味わってくださいまし。
きっと血と涙の味がすると思いますから。
「食らいなさいまし。イービルブルーがお届けするッ! 風鳴りフックな一撃ですのぉおッ!」
正拳突きではございません。
ボディへのブローは腹筋が邪魔します。
同じく顔面には頬骨やら歯やらが余計なのです。
一応お腹か顔面かと尋ねはいたしましたけれども。
そもそもの本命は別の位置にありますの。
相手の誇りを折るなら、その象徴から。
憎たらしいほどに輝くその一本角を。
ユニコーンの象徴たるその直槍を。
渾身の力で、殴り折って差し上げますッ!
「グッ!? ァガァァァアアッ!?」
白タイツの汚らしい悲鳴と共に、バキリという割り箸の束をまとめて真っ二つにしたような音がこの耳に届いてまいりました。
根本から折れた角が数メートル先の地面まで吹っ飛びます。意外にもカランカランといった軽い音を奏でて転がっておりました。
こんな音が鳴るだなんてアナタ、きっと骨密度が足りていない証拠でしてよ。もっとカルシウムを摂ってくださいまし。だから怒りの沸点も低いのでございます。
「ふぅむ。案外脆いものですわね。あれってシカさんのツノみたいに毎年生え変わったりするんですの? それともウシさんみたいな一生モノ?」
「このクソアマぁ、絶対に殺してやる……ッ!」
口振りからしておそらく後者ですわね。
ご自身の自称ご立派な逸物を折られてどんな気持ちでして? ねぇねぇどんなお気持ちでしてぇ!?
ニヤニヤが止まりませんの。
……実は冷や汗も止まってませんの。
初手からやりすぎましたかしら。