こまけぇこたぁいいんですのよ!!
ひとまず私は元の体勢に戻り、改めて手元のブローチを眺めてみます。見た目は何ともなさそうですが、もしかして手渡された段階から壊れてたりいたしまして?
だとしたら文句の一言くらい許されますでしょうか。羞恥プレイは好きなのですがこの恥ずかしさは方向性が違うのです。心持ちが遺憾のイでございますの。
「あのー。コレって不良品じゃございませんの?」
「いや大丈夫だ。反応しないのも無理はない。元のお前のとは起動のセリフが違うからな」
けろっとした顔で総統がお答えなさいます。
えっ、何ですのソレ。完全に初耳ですわ。
「そういうのは先に言ってくださいましー。っていうか今更要りまして? そんな些細な変更ーですのー」
「お前が聞かないからだろ……。コレにも色々と理由があってだな、仕方がなかったんだ。というのもな――」
あらどうなさいましたの?
そんなに目をキラキラと輝かせなさいまして。
まるで無垢な少年のようではございませんの。
総統さんがほんのり興奮したご様子でお続けなさいます。
「開発班曰く、厳密にはソイツはお前らが使ってたもんとは仕組みが異なるそうでな。まだ解明の進んでないブラックボックス的な部分はこちらでいいように改良、というか必要な機能を互換させているらしい。足りない部分は既存技術を応用して、何とか無理矢理埋め合わせて、そんでトリガーとなっていた言語の発音基準と、その認識システムの誤作動をうんたらかんたらして……けれども、そこで生じた誤差を解消するために」
うっへぇ。長いですの。ひたすらに長いですの。
私の中で閑古鳥がぴぃよぴぃよと鳴き始めましたの。
一旦停めさせていただきましょう。
「こまけぇこたぁいいんですのよ!!
……コホン。中身の話を聞いたって私には一ミリも理解できませんの。そんなことよりッ使い方を教えてくださいましッ」
聡明な貴方ならまだしも、私は科学者ではございませんから仕様書レベルの内容で語られても分かりませんの。もっと1足す1は2とか蛙の子は蛙とか、その程度の難易度に落とし込んでいただきたいのです。
欲を言えばこのスイッチをオンにしたら部屋の照明が点灯しますくらいの簡潔明瞭な一言にして教えていただけると助かりますわ。
私の渾身のジト目に観念されたのか、総統はやれやれとため息を吐いていらっしゃいました。
まったく。ため息を吐きたいのはこっちですのに。
「まぁ要するに発動の条件が変わってるっつーこった。そんでセリフが〝偽装〟に変更になってるのこと。あと決めポーズは要らない。声も張らなくていい。胸に装着して、上に手を翳してやるだけで充分だ」
あら、それだけでいいんですの?
以前のモノよりかなり簡素になってますのね。
それに偽装ってなんだかやましくて蠱惑的な響きですの。
それでは早速試させていただきましょうか。改めて私は総統さんに言われた通りのポージングをしてみます。
衣服の胸部分をブローチを取り付けつつ。
片手でソレを包み込むように。
じぃっと両目を閉じて、口の中で呟きます。
……えっと、こんな感じでしょうか。
「……偽装 - disguise - 」
するとどうでしょう。
呟いた途端、私の声に呼応するかのようにブローチからドス黒い光が放たれ始めましたの……っ!
ちょっと肌がむず痒くなってきたかと思えば、着ていたネグリジェがドロドロと黒く液状化していくではありませんか。
やがてタール状の粘液となったソレは私の体表面をすっぽりと覆い込み、次第に新しい衣服へと姿を変えていきます。
これはなんというかツヤツヤのラバー生地で包まれているかのような感触ですわね。奇妙なヌメヌメが次第にツルツルのテカテカへ変わっていきますの。
十数秒ほど経ってからでしょうか。
どうやら服の動きが止まったようです。
ちょうど目の前の壁面には大きな鏡が設置されていたようで、私の全身を映すことができました。
見てみればこれはその、何と言いますか……。
一言で表すなら耳無しのバニースーツに申し訳程度のフリルスカートが付いた感じ、という感じの衣装でしょうか。
もっと言えば小悪魔感あるボンテージ姿の女王様とも言い表せるかもしれません。
服の特徴として、まず第一に胸元が大きく開いておりまして、一度ぺろんとめくれてしまえば簡単に双丘が露になってしまうような、とてもじゃありませんがピュアなお子ちゃまには到底見せられない過激な仕様となっているようです。
次に腰元ですが、こちらも大まかには同じです。
こんな短めのスカートでは私の魅惑のマーメイド的な生足は到底隠すことはできません。
ただ季節によってはこれでは少し肌寒いかもしれませんので、場合によって上に羽織るモノも追加していただくか、もしくはスカートをロングタイプに変更するか、更には足をニーハイ辺りにしたらもっと良くなりそうですの。
デザイン的には素晴らしいのですが、運用面や実用性に関しては今一度ご検討いただきたいところですね。
冷静にレビューしてしまいましたが、内容をまとめますと。
なななんと! いつの間にか私のサラサラでふわふわなネグリジェは、ぴっちりムチムチでちょっぴりえっちなラバースーツに変貌してしまったのです!
こういう反応をしておけば解説的には問題ないのでしょう?
「……あの。これってもはや魔法少女というよりは可愛らしいSM嬢と呼ぶべき格好ではありませんの?」
「すまん。そいつは俺と開発班の趣味だ」
「はぁ……どいつもこいつも変態ばっかりですのっ」
確かに欲望全開のエロチズムな衣装だということは着ていて容易に分かります。見た目といい肌感覚といい、いかにも世の殿方が好きそうな具合ですもの。
正直に言うとこういうラバースーツは着たことがありませんでしたから新鮮な気持ちですの。妙に肌に貼り付く感じが癖になりそうです。
総統の仰る通り動きやすい服装を欲していた私にはピッタリの内容だと思います。ただ、今求めていたのがジャストにコレかと問われたら素直に頷けない感は否めませんの。すけべ可愛いから許しちゃいますけれども。
それにしても光に包まれて無から生成するのではなく、着ている服自体を変化させるとは……。なるほど確かにこれは偽装と呼ぶに相応しいシロモノですわね。
皆様の趣味はともかく手軽さ自体は気に入りました。
私の率直な感想に総統さんがお答えなさいます。
「あいにく今は試作品だからそれしか変身できないけどさ。そのうち丈の調整とか衣装丸ごとを複数回チェンジできたりとか、装着者の任意で色々変えられるようにするつもりなんだ。あとついでに身体強化機能とかもな」
「強化はついでですか」
元の人材を使って戦闘員を増強したいなら、手頃な身体強化が一番手っ取り早いのではありませんの?
はっはーん分かりましたわ。身体強化をメインにしない辺り、戦闘用としての運用は二の次で、完全に趣味嗜好の意図で作ってる感じなんでしょうね。
少々熱意と経費を掛ける方向性を間違えているような気もいたしますが、この開発に携わる当人たちが楽しそうであれば私はあえて何も言いませんの。
寛大な心で大人しく着せ替え人形になってあげますわ。なんだかんだで完成が待ち遠しいのは事実なのです。乙女にとってお洒落が気軽に楽しめるようになるのはプラスなことなんですのよ。
ただ、二つほど疑念もございます。このブローチが変身装置ということは。
「コレっていずれは飛んだり跳ねたり喋ったりいたしますの?」
本物の変身装置に倣って、ピーチクパーチク小言を言うようなお助けロボ機能までコピーされてしまうんでしょうか。
ちょっとうんざりしてしまいそうです。
「自立型AIのことか? 必要なら搭載させるが欲しいのか?」
「いえ、邪魔なだけですの。むしろ開発班の方が追加しようとしてたら止めてくださいまし」
「おう。分かった」
ふう。これでひとまず安心ですね。暇な時のおしゃべり相手にはなるかもしれませんが、いちいち服装や変身タイミングの自由まで奪われてしまうのはたまったものではありませんわ。
これで心置きなく早着替えに没頭できそうですの。
ひとまずお試しはこの程度でよろしいでしょう。
「で、元に戻るにはどうすればいいんですの?」
こちらがもう一つの疑念です。確かにネグリジェよりも格段に運動しやすいというのは紛うことなき事実ではありますが、この後もこの格好で歩き回るのは少々難がありそうです。
というのもすれ違う殿方の視線とお股間に多大な影響を与えてしまうのが目に見えて分かってしまいますの。
帰るときにはしっかりネグリジェに戻っておかないと、今夜は本当に眠らせてもらえなくなってしまいます。
あら? 実はメリットしかないのでは?
いえいえ、このラバースーツもいいのですがあのネグリジェにも良いところはあるのです。安眠性とか安心感とか、何事もなければ平時は元の寝巻き姿で居たいのです。
「ん? 今回はもう戻れないが? それまだ試作品だから」
「なっ……!?」
今なんと? 戻れない、ですって?
何を仰っているのかしらこのお方は。
服やお子種だけでなく頭の中まで真っ白なんでしょうか。
もしかして、この後のことは本当に何にも考えていらっしゃらなくて、ただ単にこのラバースーツに着替えさせたかっただけ、ということでして?
では、さっきまで着ていたネグリジェは?
この生地の素体となってしまっては、もう二度とあのふわふわ感触に戻るようなことはないと?
そんなのって、そんなのってぇ……っ!
「この変身装置ッ! 間違いなく不良品ですのッ!」
とにかく寝やすくて着心地もよくて!
あの寝巻き結構お気に入りだったんですのよ!
まぁ自室に戻れば同じの沢山ありますけれども!
そういう問題ではないと思いますの!
おこなのです! 激おこの極みなんですのっ!!