望みだけはご立派な
その後、簡単にではありましたが身支度を整えさせていただきました。
とはいえ身清めのお湯に浸かってスッキリしたくらいですけれども。久しぶりに朝風呂というモノに入ってきましたの。お目覚めパッチリになれて案外気持ちがいいものですわね。
身体の汚れも心の焦りもすっかり流し落として、至極まっさらな気持ちのままに上層の転移室に到着いたします。
そうしてすぐさま腰を下ろしておきますの。
転移酔い防止の秘策です。ふわふわ感が大のニガテですから。
またちなみにですが、私もちろんのこと魔装娼女の衣装に変身済みですの。現地に着いて早々襲われでもしたらたまったものではありませんからね。
念には念を入れておきたいのです。今回ばかりは一ミリたりとて気を抜ける余裕はないのでございます。
だってこれから向かうは戦場なんですもの。
「それでは茜……いえ、レッド。準備はよろしくて?」
「うん大丈夫。いつでもいけるよ」
横には相棒の彼女も居てくださいますの。どんな健康保険よりも安心できます。この感覚もまた久しぶりでとても懐かしいのです。現役時代を思い出しますの。
別に単身乗り込みでも問題なかったのですが、道すがらに相談してみたらさすがに放ってはおけないよとの一言をいただいてしまいまして。
……まったく。どこまでも心配性な子なんですかからね。今日はこの背中を預けて差し上げますからよろしくお願いいたしましてよ。
ブランク明けの相手としてはかなりの強敵でしょうがどうか死ぬ気で食らい付いてくださいまし。
胸のブローチを握り締めて、大きく一度だけ深呼吸をいたします。
……そして。
「転移ッ! お願いいたしますのッ! 向かうはひだまり町商店街はずれの廃工場ッ!」
これから繰り広げるのは私の個人的なリベンジマッチです。三年前に忘れてきた意地とプライドを、そして身の回りの安全を取り返しに行くんですのっ!
あくまで今日の主役はこの私っ!
私の活躍なくして盛り上がりなどは発生しないのですっ!
宣誓に呼応して周囲が急に眩しくなってまいります。
床面から青白い光が一斉に放たれ始めたのです。
勢いに押されてスカートが翻ります。そうして身体がふわりと持ち上がっていって、次第に言い表しようのない吐き気に苛まれて、ギリギリ耐えられる程度の浮遊感に身を任せること、わずかほんの数秒ほど――
――頭上から茹だるような夏の外気を感じ始めましたの。
空から降り注ぐ日の熱を固いアスファルトが丸ごと吸収しております。着地したお尻をすぐに離しますの。火傷はご勘弁願いましてよ。
立ち上がっても別に無問題ですの。長い酔いとは戦わなくて済むようになりましたからね。身体強化の効能、おニューの変身ブローチの賜物です。
新たな装着効果として、ある程度の体調不良であれば簡単に軽減できるようになりましたの。
適合率の高さが早くも影響しておりますわね。これで明順応の遅さも酔いの重さもついに克服です。あくまで微々たる差ですけれども。
それでも何も補助しないよりは二億四千万倍ほども楽チンなのでございます。荒海のお船の上でもへっちゃらですの。けろっと航海してやりますの。航海が後悔に変わる可能性はさておきまして。
周囲を軽く見渡したのち、目的の連中に向けて声高らかに挑発いたします。
「さぁてさてさてっ! 大変長らくお待たせいたしましたわね! そこいらに隠れられた馬刺し男と焼き鳥男ッ! このイービルブルー自らお相手して差し上げますからさっさと出てきなさいましッ!」
アナタ方、もしかしても馬の耳に念仏状態ですの?
それとも聞いてトサカに来て黙ってしまいましたの?
馬だけに? 鳥だけに?
別に構いやしませんの。ただでさえ傲慢な奴らなのです。ここまで言われて黙っている連中ではございませんでしょう。安い挑発に乗ってくださるのなら儲け物です。
ただし一応いつでもバトれるように杖だけは生成しておきますの。咄嗟に構えたら盾くらいにはなりますもの。ついでにレッドと背中合わせになっておきます。
駐車場の最奥部、錆びついた廃車の向こう側に二名の人影が見えました。勿体ぶるかのようにわざとらしくカツコツと足音を立てながらこちらに近付いてくるのです。
片方は白で、もう片方は赤ですの。
全身タイツみを感じる滑稽なスーツ姿です。
衣装の装飾の煌めき感が妙にうざったらしいですの。
「相変わらず口だけは達者なようだなぁ小娘。せいぜいまた可愛がってやんよ。正義の執行人として、豚は豚らしく豚箱にぶち込んでやる。手加減はしねぇから覚悟しておけよぉ?」
「ふっふん。寝言は寝て言ってくださいまし。あ、よろしければ添い寝して差し上げましょうか?
うるさい方の為に子守唄を歌って差し上げましてよ。もれなく滅びの歌になりますけれども」
「あいにく雌豚と寝る趣味はねぇんだわ。こちとら高貴で誉れ高いユニコーン様だからな」
「はっはーん。望みだけはご立派な処女厨さんってことですのね。はいはい了解ですの」
ご安心くださいまし。ハジメテ相手に意気がるばかりの駄男なんてこっちから願い下げでしてよ。百戦錬磨の私がイチから指導してあげますから感謝してほしいくらいですの。
無駄にムカつくその顔面に向けて杖を向けて差し上げます。戦闘の最中に額に生えた直角をへし折って、代わりにこの泥杖を刺して差し上げましょうかね。
無様さで表を歩けなくしてやりますの。
もう一方の殿方にも視線を向けておきます。フェニックス男ですの。相変わらず気味の悪いペストマスクのせいで表情が分かりにくいですわね。
目の位置に開けられた穴が妖しく光っておりますの。それ、ヒーローの仕草ではございませんでしてよ。邪悪に負けて、さっさと引退してくださいまし。
世のお子さまたちが可哀想ですから。
「ぅおっほん。私ぃー、不死鳥が死ぬとこ、一生に一度くらいは見てみたいんですのーっ。
もしかしてぇっ! 今日なら見ること叶いましてっ? きっと灰になって塵と化して、姿形残さず消え失せてしまうんでしょうね。燃えるおゴミと変わりませんの」
「……なるほど。薄汚れたのは衣装だけではありませんでしたか。実にナマイキな方だ。業火に焼かれて後悔するといい。今日こそ引導を渡してあげますよ」
「名前にお似合いで火がつきやすい方ですわね。炎上事件にお気を付けなさいまし。思ったよりも世間は狭いものですから」
挑発口撃が成功したようで何よりですの。せいぜい冷静さを失っていてくださいまし。その分こちらは優雅に華麗に翻弄しやすくなりますからね。
既にバトルは始まっているのでございます。もちろん余裕も慢心もありませんが、優越感くらいは得ておいた方が気持ちが楽なのです。
大丈夫ですの。
私はもうあの頃とはちがうのです。
口先だけではありませんの。
奴らを退けられるだけのチカラを得られたのですから。無駄なく不足なく真っ直ぐに発揮すればいいだけですの。難しい話ではございません。
それでは手始めに。先手必勝の一撃としてこちらから仕掛けて差し上げてもよろし――かったのですけれども。
「あ、そうだブルーちゃん。私からも一言、彼らに物申しちゃってもいいかな? そこまで因縁があるわけじゃないけど」
「ふぅむ? 構いませんの。どうぞですの」
「ありがとっ」
相棒のレッドからストップが掛かってしまいました。彼女も彼女で言いたいことがあるらしいのです。
私の前にお立ち直しなさいます。ここは素直に先歩き権を譲って差し上げましてよ。ほらどうぞ。今はあなたのターンですのっ。
茜の発言に注目いたします。
「えっとね、君たち配色が白と赤とで完全にプリズムレッドと被ってるんだけど! こっちとしてもメインカラーを譲る気はないから、負けたらキッパリと諦めてよね! 別の色に変えてもらうよ!」
……あー、わりとどうでもいい内容でしたの。
私の因縁とは一切関係がないモノでしたの。
もっとこう、美麗ちゃんとメイドさんの仇! とか、正義を語る小悪党め、この私自らが成敗してやる! とか、それっぽいモノがあったのではございませんでして?
茜らしいからいいですけれども。
気を取り直して身構えておきます。いつでも駆け出せるように一足先に前傾姿勢になっておきましょう。