勝って自由をもぎ取りますの
ハチさんからは冗談の〝じ〟の字も感じません。完全にお仕事一辺倒モードな雰囲気です。ある意味では現状が見えやすくてありがたいのですけれども。
「――ですが、蒼井さん」
「……ふぅむ……?」
ふと肩に力が入ってしまっていた私でしたが、ハチさんの見せた柔らかな微笑みにハッと我に返りました。
仕事人としての厳格さはあっても、とても優しげなお顔自体は変わっていなかったからなのです。
「今までよく耐え忍びましたね。貴女の祈りが通じたのだと思いますよ。まばたきによってある程度の意思疎通は行えておりますし、想定していたよりはずっと安定していますね」
「ふ、ふぅむっ!? そうなんですのっ!?」
私てっきりずっと深刻なご状況なのかと思ってしまいましてよ。ここにお世話になり始めた当初の茜よろしく、記憶の大半を失って虚ろな人格と化してしまったのかとばかり……っ!
「なんでこっち見るのさ」
「別にっですのっ」
茜も始めの頃はホントに大変だったんでしてよ。何一つお独りではできないのでシモのお世話から何からほとんどを私が……。
今だから半分笑い話にできますけれどもぉ。
「彼女も今は少しばかり戸惑っていらっしゃるのでしょう。時差ボケもございますでしょうし」
ふぅむ。たしかに目を覚ましたばかりで混乱なさっていらっしゃるとは思いますが、頭の回転の早いメイドさんならきっとすぐにご理解いただけると思いますの。
完全復活までに何日要されるかは分かりませんが……できる限りお側でお支えして差し上げる所存です。
深く頷いて、まっすぐな瞳をハチさんに向けて差し上げます。にっこりと微笑んでくださいました。
「さぁ、ここからが本当のスタートですよ。私たちと共に、彼女の一日も早い回復のためにお手伝いしていただけますか?」
「もっ、もっちろんですのっ!」
このときをずっと待っていたのです。メイドさんがようやく目を覚ましてくださったのです。もう怖いものなんて一つたりとも存在し得ませんのッ!
最後にもう一度だけベッドの内側を覗き込みますと、メイドさんがパチパチッと瞬きを二回返してくださいました。
口元もほんのりと動かれたような気もいたします。
何を仰いたいのかまでは分かりませんでしたが、彼女の明確な意思を感じましたの。
きっと、きっと大丈夫だと信じております。
「…………イービルブルー。私は姉の傍で見守っている。だからお前は、お前の使命を果たすといい」
「ッ!」
お姉さまのお顔を見つめたまま、ぶっきらぼうに、けれどもはっきりと応援してくださいました。
「翠さん分かりましたのっ。やってやりますのっ。お姉さまが元気になりましたら是非一緒にお散歩に出掛けましょう。そうして暖かな丘の上でピクニックとかしてみたいんですのっ」
「…………フン。……考えておく」
ふふ、この子もようやくデレてくださいましたわね。完全陥落の日も近いかもしれませんの。
っていうかお前ってのはいかがでして? 以前みたいにお姉さんや美麗さんと呼んでいただきたいですのに。もう少しご自身の殻を破っていただけたらと思いましてよ。
こちらはできれば〜の願望レベルのお話なのですけれども。関係性の改善よりもピクニックのほうが百万倍大事なことですわね。
ですがこの夢を叶えるためには、やはり。
「……私自らの手で、邪魔する奴らを排除する必要がございますの……ッ!」
施設の出口を封じる連合連中を退けなければなりません。メイドさんを寝たきりにした元凶をこの手で捻り潰して差し上げませんと。
まだまだ万全と呼べるほどの適合率を有してはございませんが、リベンジマッチを始めるには丁度良いタイミングかと思われます。
足踏みをしたままでは前に進めませんからね。今は少しでも明るい未来のために奔走いたしませんと。
「それでは。また近いうちに顔を出しますの。ハチさん翠さん。メイドさんをよろしく頼みましてよっ」
「了解いたしました。蒼井さんもどうかお気を付けて。お怪我をなされた際はどうぞご気軽に」
「もちですのっ。頼りにしてますのっ。……いい報告をお待ちくださいまし」
決意を胸に元来た道を歩み戻り始めます。ほぼ何も言わなかった茜がトントンと肩をお叩きなさいました。
私のことも忘れないでね、と。
私も美麗ちゃんの傍にいるからね、と。
彼女の微笑みがそう優しく語りかけてくださっているような気がいたしました。
決戦の日はもうすぐソコに迫っているのでございます。
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それから三日ほどが経った頃合いでしょうか。
珍しく司令室に〝お呼ばれ〟され、総統さんと身体を用いた対話に励み終わった翌朝のことでございました。
彼の温もりにダイレクトに触れられて、いつも以上にぐっすりと眠れたことだけをお伝えさせていただきますの。
司令室のソファったら私の部屋のベッドよりもずっとふかふかで気持ちがよろしいですからね。ちょっとだけズルいのです。
もちろんのこと目覚ましのアラームは用意されておりませんでしたので、ふと瞼の向こう側に感じた部屋の灯りによって目を覚ましてしまいましたの。
体感的には朝方かお昼前か、だいたいそれくらいの時間だと思うのです。
「…………ん、ふ。おはようございますの」
「ああすまん。やっぱり起こしちまったか」
既に私の横には総統さんはいらっしゃいませんでした。代わりに部屋中央のデスクからお声だけが聞こえてまいります。
「……ふぁふ。お構いなく。お邪魔していたのは私の方ですから。もう少しだけゴロゴロしたらお暇させていただきますの」
いつの間にか私の身体は綺麗さっばりツヤツヤになっておりました。きっと眠り呆けている最中にベタベタを拭い去ってくださったのでしょう。
ホントにまめなお方ですの。その優しさに甘んじて今日まで生きてまいりました。
そろそろ、腕っ節でも貢献しなくては、ですの。
「あの、ご主人様」
甘えるだけの私とはおさらばしたいのです。
次のステップへと進まねばなりませんの。
貴方が私に求めてくださった〝強さ〟を、今こそ証明して差し上げるときなのでございます。
「私、今日、行ってきますの。そして絶対に勝ってきますの。勝って自由をもぎ取りますの」
「……そうか。お前ならできるよ。思いっきり暴れてくるといい。後のことは今は気にすんな。ダメだったらまたイチから頑張ればいいからさ。帰る場所はココに用意してある」
「ありがとうございますの」
馬面と鳥頭に吠え面をかかせて差し上げるのです。
守るべきモノの為に、私は拳を振るうのでございますッ!