ッ!? メイドさんがッ!?
――誰にも邪魔されないと思っておりました。
しかしながら。
ドタドタという落ち着きのカケラも感じられないような足音がこの耳に届いてきたのでございます。
私も茜も一旦手を止めて、思わず入り口の方に振り返ってしまいます。
別にバトル前の集中を邪魔されたわけでも興を削がれてしまったわけでもないのですが、何故だかとても気になってしまったんですの。尋常ではない雰囲気を醸していらっしゃるのです。
駆け足でお越しになったその人物は……私たちの後輩の花園さんでした。汗を拭うのも忘れて近くまで走り寄りなさいます。
「美麗さん茜さん! それとプニ司令!」
「どうなさいましたのそんな血相を変えて」
ハァハァと普段から息を乱すのはお上品ではございませんわよ。せめて行為以外のところではお淑やかにお過ごなさいませんと。ギャップ萌えが狙えなくなりましてよ。
という冗談を向けて差し上げようかと思ったのですけれども。
この焦り方は並のことではないと察しました。単に私たちへの用事ならば別に走ってくる必要はないのです。
こちらも何事かという気持ちで花園さんを見つめて差し上げます。そういたしましたところ。
「翠ちゃんのお姉さんが……!」
「ッ!? メイドさんがッ!?」
思わず息を呑むのも忘れてしまいます。
「意識を取り戻されましたっ!」
「へっ……あ、ふぇあぁぇああぇあッ!?」
一瞬、この子が何を仰っているのか分かりませんでした。耳に届いた単語を頭に思い浮かべて、心の中で何度か復唱して、自身の発声からだいぶ遅れて理解するに至ったのでございます。
メイドさんが意識を取り戻したですって!?
ずっとお眠りなさっていたあのメイドさんが……!?
へえぁマジですのそれホントにガチですの!?
二重表現でも三重表現でもこの際関係ありません。驚天動地を体現したこの心はちょっとやそっとのことでは鎮まりそうにありませんから。
にしてもどうしてまたこのタイミングで!?
今朝は私が呼びかけてもおりませんのに!?
急展開すぎてもはや脳の処理能力がパンクロックを演奏し始めておりましてよ!?
ギターもベースも掻き鳴らしまくりなのです!
っていうかぶっちゃけたお話!
今は全部どうでもいいのでございます!
「こうしてはいられませんのっ! 茜! 模擬バトルは後回しですの! 病室に急ぎますわよッ!」
「おっけもちろん了解だよっ!」
筋トレ用に転がしておいたバーベルを素早く隅に片付けて、踏み出しざまに足がもつれるのも気にせず入り口の方へと走ります。
目指すは上層の病室ですの。今の身体能力なら一度も休むことなく向かうことができるのです。
一直線に跳んでいけたらどんなに楽だったことでしょう。階層接続用のエレベーターがもどかしいんですの。階段さえ用意されていれば待ち時間を気にすることもありませんでしたのにぃ……ッ!
高まる鼓動が更に私を急かします。
早く、早く、お会いしたいのです。
――――――
――――
――
―
「メイドさんッ!」
上層に到着してからも、道行く一般戦闘員さんの視線も気にせずに薄暗い接続路を抜けて、真っ白で明るくて清潔な病室へと飛び入ります。
彼女の横たわるベッドの傍らには、実妹の翠さんとこの医務室エリア一帯を取り仕切るハチ怪人さんがいらっしゃいました。
前者は目に嬉し涙を、後者はまさに聖母のように優しげな微笑みを浮かべていらっしゃったのです。
どこか温かな空気に満ち溢れたこの空間は、動揺した心を少しずつ穏やかにさせてくださる気がいたしました。
私の到着に気が付かれたのか、ハチ怪人さんがゆっくりと歩み寄ってきてくださいます。そうして何も言わずに私の手を取ってベッドの側へと誘導してくださいます。
すぐ脇にいらした翠さんも横に移動してくださって、私の為に場所を開けてくださいます。
お二人の微笑みに促されつつ。
恐る恐る、内側を覗き込みますの……っ!
「……ッ! メイド、さん……!」
ああ、お目々が開いていらっしゃいます……!
顔や身体は少しも動かしてくださいませんが、少なくとも視線をこちらに向けてくださっているのは分かりますの……!
ぼうっと虚げな感じにも見えたのですが、しばらくしてようやく私に気が付かれたのか、ほんの少しだけ目を見開きなさいました。
その後に一度だけゆっくりと目をお閉じなさいます。何かを訴えたそうに、けれどもあまり辛そうな雰囲気はなく。ありったけの慈愛を込めたようなまばたきです。
まるで〝おはようございます、お嬢様〟と仰ってくださっているようですの。
その優しげな雰囲気に、この心を覆っていた冷たい氷がどっと溶け出していくのが分かります。
そうして溢れた水が涙となって、自然と私の目から零れ始めてしまったのでございます……!
「メイドさん……メイ、ど、さぁん……」
もはや言葉にもなりませんでした。
ベッドの縁に寄りかからなくてはいけないほど、身体からチカラというチカラが抜け出ていってしまいます。
思わずフラついてしまったところをハチ怪人さんが支えてくださいました。そのまま静かにお語り始めなさいます。
「完全復活にはもう少し時間が掛かりそうです。三年以上もお眠りになっていたわけですからね。いくら筋電治療を続けていたとはいえ、自ら身体を動かせるようになるには相応なリハビリが必要になります」
なるほどメイドさんが少しも身体を動かさないのはそのせいでしたか。妙に納得いたしましたの。
見た感じでは腕も首筋もとても白くて細いのです。軽く突っついたらポキリといってしまいそうな危うささえ感じさせておりますの。
思わず唇を横一線に結んでしまいます。
ちょっとだけ眉をひそめたハチ怪人さんが静かに続きをお話しなさいました。
「会話に関しても、同じく。声が出せるようになるまでどれだけ要するか……。
またどれくらい意識がハッキリしているのか、並びに記憶の混濁や障害が残っていないかについてをこれからキチンと精査しなければなりません。しばらくはプロにお任せくださいね」
いつもなら言葉の裏に別の意味を含ませていらっしゃるといいますのに、今日のハチさんはとにかく厳格そうなお医者様ムードを放っておりますの。
優しげな雰囲気はいつも通りなのですが、どこか真面目さも感じさせてくださるのです。
ごくりと緊張の息を呑んでしまいます。