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もうしばらくの辛抱でしてよ

 




 それから早くも数日が経過いたしました。




 研究開発室へ向かった茜とプニとは以降一度も会えてはおりません。それどころか進捗報告の一つもお寄越しにならないのでございます。


 私も日々の慰安業務に戻りながらも、彼らからのご連絡をまだかまだかとお待ち申し上げている真っ最中なのですけれども……っ!



「……ソワソワしていたって状況は変わらないといいますのに。少しも頭が回りませんし。腕だって腰だって素直に動いてくださいませんし。はぁーぁっ……とにかく今日は疲れましたのぉ……」


 いつまでも心ここに在らずな状態でいるわけにもいきませんから、いつも通りのルーティーンにいつも以上に全力を注ごうとしているというわけですがあまり上手くはイッておりません。


 少なくとも私自身は気持ち良くなれておりませんの。



 こんなモヤモヤ状態では酷使した身体をそのままに、自室に戻ってベッドにダイブすることしか叶いませんわね。


 もはやお風呂に入る気力さえ残っていないのです。


 集中できないならもう少し身体の鍛錬やら技開発やらにも励んでもよさそうなのですが、どのみちそのうち、この装置には〝あっぷでーと〟とやらが掛かってしまいます。


 鍛練の全てが無駄骨とまではいかないでしょうが、旧装置で極めてもあんまり意味がない可能性が高いのです。


 ともなれば無理に体力を使わない方が吉なのでしょう。ともなれば日常に戻るのが最善なのでしょう。


 私だって、総統さんから具体的なゴーサインをいただくまでは、あえて変わらぬ日々を過ごしておくのが得策だとは理解しておりますが……っ!


 正直、手持ち無沙汰感は否めないのでございます。



「……はぁ。ただいまですの。何の連絡もないというのもやっぱり不安になってしまいますの」


「あ、美麗さんおかえりなさい。ってまーた身体中どろっどろになってるっ! 汚いんで先にお風呂行ってきてくださいってば! ほらシッシッ」


「まったく酷い言われようですわね……ッ!」


 自室に戻って早々、花園さんによる除外口撃が飛んできてしまいます。


 この身体の潤いはっ! ちゃんとお勤めが果たせられたという勲章なんですのっ!

 ご奉仕に対してのご褒美なのでございますっ!


 まぁ確かに!? お子ちゃまのアナタ方にはこの素晴らしさはまだ分からないと思いますけれども……ッ!



 ぅおっほん。オトナが簡単に気を乱してはいけませんわね。お淑やかにまいりましょう。



 アジトに連れ帰って以降、花園さんと翠さんのお二人はなんやかんやで私の部屋で寝泊まりしていらっしゃいます。


 専用のお部屋自体はとっくの昔に用意し終わったのですが、飢えた獣だらけのこの施設内で女子二人だけで過ごすのは少しばかり心細いのだと伺いました。


 一応の抑止力的な意味でも、今までどおり私が面倒を見て差し上げているというわけですわね。


 総統さんから授かったチョーカーを身に付けている限り、殿方の皆様方に夜這いされる心配はないんですけれどね。念には念を、とのことらしいのです。


 お伝えしてもあまりご理解いただけませんし。怯えを抑えるには側に居て差し上げるのが一番でしょうし。



 というわけで只今のお二人はアジトから支給されたネグリジェに袖をお通しになって、まさにフランス人形のようにこじんまりとベッドに鎮座していらっしゃいます。


 翠さんはいつも通りの変わらぬ無表情なのですが、もう一方の花園さんはお顔に嫌悪の二文字を貼り付けていらっしゃいますの。


 まるで汚物を見るかのような冷たい目を私に向けているのです。まったく手間のかかる純粋乙女さんですの。


 そんなに無垢のままではお嫁にいけませんでしてよ。私の中学生時代も同じような感じだったかと思いますが、あえて触れないでおきますの。



「ふぅむぅ。今日の私はへろっへろのヘロちゃんですからぁ、もうベッドで泥のように眠ってしまいたいんですけれどもぉ……よっこらせっく」


「待ってください。ホントにやめて。これ以上ベッドに近付かないでっ。匂いも汚れも取れなくなりますからっ。洗うの大変なんですからッ! 怒りますよッ!?」


「ふぅ……むぅぅぅ」


 あのう、我が物顔で占拠していらっしゃいますが、そこは元々は私のベッドなんでしてよ。

 別に実力行使で引っ剥がして差し上げてもよろしいんですのよ!?


 まったくもう。ワガママなんですから。



「…………分かりましたわよぉ。拭い去ればよろしいのでしょう拭い去れば! ほーんとお潔癖な後輩ちゃんですこと。はいはい……偽装 - disguise - っと」


 渋々ながら胸のブローチを軽く掴んで、そのまま変身文句を呟いて差し上げます。


 ほんの一瞬だけ眩い黒い光が放たれました。

 それとほぼ同時、身に付けていたご奉仕用衣装が見る見るうちに液状化していきます。


 頭の天辺から爪先まで、ドロリと溶かした黒泥が覆い包んでいきますの。イメージとしては繭型の簡易的な洗濯機です。


 衣服や髪に付いた情欲の跡をまとめて集めて隠していきまして。あとでこっそりポイッとする必要はございますが、今はこの対応だけで大丈夫でしょう。


 しばらくしたら蓑虫状態も解除されますからね。もう少々お待ちくださいまし。



 繭状になっていた泥が、やがては彼女たちと同じようなネグリジェの形に収まっていきます。

 ホント便利ですわね。もはやこの機能抜きでは生活できませんの。完全に依存しちゃっておりますの。



「……はい。こちらでご満足いただけまして?」


 さっぱりツルツル、寝巻き姿の美麗ちゃんの登場です。ほらほら両手を上げて讃唱なさいまし。


 くるりと回って身の潔白さを証明して差し上げます。



「うーん。腑に落ちませんが、まぁいいでしょう」


 眉間に小さな皺を寄せながらもベッドのスペースを空けてくださいました。


 っていうか何度でも言わせていただきますが、そこは私のベッドなんでしてよ。そもそもの座る権利はこちらにありますの。ツッコミ入れる元気もございませんので黙っておきますがっ!


 あえて溜め息一つ零さずに、ストンとベッドのヘリに腰を下ろしまして。オトナの余裕を見せて差し上げます。



「ええっとお二方、そろそろこの施設内の生活にも慣れなさいまして? 見た目は怖い怪人さんばかりですが、皆さん案外気さくで話しやすい方々でしょう?」


「…………ノーコメント」


「…………同じくです。ただ、確かにそれはそうなんですけど、何だか飼われてるみたいで。この首輪もほら、そんな感じですし」


 ほんの少しだけ眉を曇らせなさいました。愛想笑いとも苦笑いとも取れる複雑なお顔をなさっていらっしゃいます。


 なるほど否定はいたしませんの。愛玩という観点においてはまさにペットのソレですからね。接され方が肌に合わないのも無理はありません。


 私としても客人として丁重に扱ってはおりますが、彼女たちは好き好んでこの状況に置かれたわけではないでしょう?


 渋々、外に出るのを我慢するしかできないのでございます。たしかに鬱憤もお溜まりになると思いますの。



「ふぅむ。もうしばらくの辛抱でしてよ。そろそろ一報が届いてもよろしい頃合いだと思いますの。茜も総統さんも遅いですわ――」



 と、言い終わるか否かのちょうどそのときでございました。


 コンコン、と。


 ドアのノック音が聞こえてきたのでございます!



 私知っておりますの。こういうときの合図は大抵は待っていたイベントが起こるものでございましてよ!


 先ほど座ったばかりですが、よっこらとベッドから腰を上げて急いでドアの方に駆け寄って差し上げます。



 ……そうしてっ。勢いよく開きますのっ!

 

 

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