いわゆる正妻のポジションッ!
「こちらの総統さんはですわね。基本的に〝弱い〟乙女には興味がないのでございます。雑魚で儚い貴女方など相手にもされませんでしょう。だから大丈夫なんですの。断固として言いきれますの」
「何の根拠もない発言だけれどね、それ……」
むむ。茜は余計なこと言わないでくださいまし。
ふっふん。ふふん。
本来であれば見習い程度のチカラしか持たない魔法少女など、せいぜい下級の戦闘員さん方にコキ使われるか、もしくはサドっ気の強い怪人さん方に調教部屋で嗜虐の限りを尽くされるか……!
どちらにせよ、苦痛に非道を足して拷問で割ったような扱いをされるだけなのです。
だといいますのに、この客人という扱いは……!
海よりも深い彼の慈悲のおかげですの。
そもそものお話、一般人に毛が生えた程度の存在相手にわざわざ総統さんが出てくることさえ稀有なのです。乳くさいお子ちゃまなど、怖い目に遭う前にお家に帰った方が身の為なんでしてよ。
今はその地上が危ないのですけれども。
ゆえにここに来ていただいたわけなのですけれども!
とにもかくにも総統さんに感謝してくださいまし。
虎の威を借る何とやら、という言葉が一瞬脳裏によぎりましたが気にいたしません。
意気揚々と続けさせていただきます。
「コッホン。貴女方はあくまで私の客人という扱いですの。その許可さえいただければ安全かつ自由に過ごすことが叶うのです。ねっ? ねっ? そうですわよねっ? ご主人様?」
今がチャンスとばかりにスタタと総統さんの真横まで駆け寄って腕を組んで差し上げます! 可能な限りこの身を押し付けておきますのっ!
そうです! いわゆる正妻のポジションッ!
ああっ! 筋肉質でとても良く引き締まっていて、おまけに脳の奥に直接染み込んでいくような素敵な香りがして、あ、頭が幸せですの……心が満たされていきますのぉぉ……っ。
ついでにお肩に寄り添わせていただきますと、それこそもう全てがどーでもよくなるような気持ちになってしまいます。
ほんの数秒足らずで今日の疲れなど全て吹き飛んでしまいました。愛する人に触れられるという、この世で最も尊い行為ぃぃぃ、ああ、今生で究極の幸せぇ……っ。
目も口元も蕩けてしまいます……っ。
これでもう少しご健康そうでしたら最高でしたのぃぃ……!
今すぐ押し倒してくださいましぃ……っ!
「あっ、美麗ちゃんずるーい! 私も総統セラピーしたいーッ!」
「ダメですのっ!」
総統さんは私のモノですの。いえ、正確には私が総統さんのモノですの。この場所だけは茜にも渡して差し上げませ――
あ、ちょっと! 腕引っ張っちゃダメですの。ただでさえご主人様はお疲れなのです。余計な負担を掛けないでくださいまし。
この後は私の身体を以て直々に癒して差し上げるのです。ぬっふっふ。もちろん慰安要員として抜け駆けはNGなのですが、今回は緊急事態ということでゴリ押しできると踏んでおりましてよっ!
期待に満ちた目で見上げて差し上げます。
「……ブルー。盛り上がってるところ悪いが、お前らの後輩たちの目、かーなり冷たくなってるぞ」
「「はぇっ!?」」
促されて気が付きました。首を向けてみれば、先ほどまで散々に怖がられていた様子の花園さんも翠さんも、今度は目元をひくひくさせてドン引きしていらっしゃったのです。
ちょっとハメを外しすぎてしまいましたわね。
これでは先輩というカッコいい立場を維持できませんの。慌てて腕を離して差し上げます。ちょっとばかり心惜しいですけれども。
「…………なんていうか、先輩さんのこういう大人気ない姿を見ちゃうと、やっぱりこの人たちはもう正義の魔法少女じゃあなくなっちゃったんだなって悲しくなっちゃいますよね。
ほら、この人って元敵の親玉さんなわけじゃないですか。一番甘えちゃいけない相手筆頭じゃないですか」
「………………同じこと思ってた」
確かに、世の中的には真っ先に倒さなければならない存在ですものね。悪の秘密結社の総統閣下様だなんて放っておいたら何をしでかすか分かったものではありませんの。
ですが、実際のところはただ単にご自身の欲求と思想にまっすぐなだけの無邪気な殿方ってだけなんですの。力も人望も経済力も、全てを持ち合わせているからこそ可能なのです。そこらの有象無象とは一緒にしないでくださいまし。
「よろしくて? 人を好きになるのに正義も悪もございませんの。秩序も混沌もへったくれですの。押し付けがましい平和なんて早々にぽぽいのポイですのっ!
自身も他人もなるべく傷付かなくて済むような世界があるのならば、それを求めるのが自然の理なのではございませんことっ?」
「それは、その通りかもしれませんけど……」
〝長いものに巻かれろ精神〟とまでは言いませんが、お強い殿方の庇護下に置いていただける喜びを貴女方も一度味わってみればよろしいのです。
きっと仮初の正義に凝り固まった考え方も変わると思いますの。もちろん全ての悩みや苦しみから解放されるわけではございませんけれども。
それでもいくらか楽になれるのは事実です。
全部総統さんに任せておけば問題ないのです。
「……えっと。熱弁に盛り上がってるところ悪いが、そろそろ本題に移らせてもらってもいいか?」
「ええ。こちらこそお邪魔してしまいましてすみませんの。全てを貴方に委ねますから、どうぞ何なりとご指示をお与えくださいまし」
「おう。別にそこまでは畏まらなくていいからな」
脇道に逸れてしまった私たちに、総統さん自らが助け舟を寄越してくださいました。
さすがは空気が読める、おまけに顔も身体も下もカッコいい最高の殿方さんです。ますますベタ惚れ一直線ですの。
「さて、だ。なぁピンク、グリーン」
「はっ、はいっ」
いきなり変身名を呼ばれ、肩をビクリとお震わせなさっていらっしゃいます。緊張の紐を解いたとはいえ、警戒心が無くなったわけではないようです。
「ここに居るブルーがお前らを客人として扱ってくれと言う以上、今後俺たちはお前らに危害を加えるつもりはない」
ほーらやっぱりですの。言ったら分かってくださる人ですの。女なら誰でもイイってわけじゃないんですの。私のようなナイスバディの持ち主でないと手は伸びませんのよっ。茜は例外中の例外ですのっ。
むふふとほくそ笑む私を他所に、柔らかく微笑んだ総統さんがお言葉をお続けなさいます。
「ついでに仲間に引き入れようとか、積極的に仕事を割り振ってみようとか、そういう下世話な押し付けをする気もない。
地上の安全が確定されるまで好きなだけここに居ればいいさ。部屋と飯くらいは用意してやる」
寛大なお言葉に感謝なさいまし。地に平伏して感涙に咽びくださいまし。ぼーっとしてないで靴をお舐めするのです。さぁ早く。
「あの、お邪魔ではありませんか?」
「ああ。これから賑やかになりそうだ。俺は嬉しいぞ」
爽やかな笑顔に胸がズキューンですの。しかしながらお子様風情が惚れてはいけないお相手ですの。止めておいた方が身の為でしてよ。
私としてもライバルは少ないほうが嬉しいのです。寝泊まりを許されたことは素直に喜んでおきますけも。
「…………桃香はよくても、私は魔法少女だ。隙を見つけて寝首を掻きにいくかもしれない」
「おう。いつでも挑戦待ってるよ。今から楽しみにしてる。……お前のお姉さん、早く目を覚ますといいな。時間見つけて会いに行ってやってくれ」
「………………分かった。配慮、感謝する」
ほぉぉう!?
あのツンデレ筆頭の翠さんがッ!?
今、深々と頭をお下げなさいまして!?
私にはぜぇんぜん愛想を振りまいてくださいませんのに。もしや翠さんも総統さんの爽やかイケイケオーラに絆されてしまいまして!?
くうぅ、別にそこまで気にはしておりませんがちょっとだけ悔しいですの。総統さんに嫉妬してしまいますの?
こっそりと唇の端っこを噛んでおりますと、彼が私の方に視線を向けていることに気が付きました。できる限りの媚びた上目遣いで見上げて差し上げます。
「んでだ、ブルー」
「はいですの」
ですが、彼はとても真面目そうなお顔をなさっておりましたの。私もすぐに同じような表情に切り替えます。
いつでもおふざけモードでは示しが付かないのです。
ごくりと息を飲み、次のご発言をお待ちいたします。