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挨拶がてらの冗談はさておき、ですの

 

 少々待っておりますと、目の前の大扉がゆっくりと開いていきました。


 中を見てみてビックリですの。


 つい先日に顔を出して、お仕事のお手伝いとして整理整頓をして差し上げたばかりだといいますのに……既に紙束による柱が天井にまで何本も伸びてしまっております。


 足の踏み場はございますが、乱雑に壁際に寄せられているせいで部屋が狭く感じてしまいますの。地震が起きたら紙雪崩必須な配置です。



 ふぅむ。これはまた相当にお疲れのご様子とお察しいたしますわね。もしかしなくても決算月でしょうか。事務系のスタッフも多数所属いるとはいえ、組織の根本運営については全てご自身の目を通されないと気が済まない質なのだそうです。


 不憫な方ですの。これで成り立っているからいいものの……いつかお身体を崩されても知りませんわよ? 私たち慰安要員はあくまでお心を癒して差し上げることしかできないのですし。



 中央奥からは今にもガサゴソという物音が聞こえてきております。絶賛作業中なご様子です。



「あー、すまんがここ最近立て込んでてさ。ちと散らかってるが気にせず入ってきてくれ。足元気を付けてな」


 お次にこの耳に届いたのは、予想の通り少々くたびれた雰囲気の総統さんのお声でございました。


 お姿こそ見えませんが、それこそ二、三日は寝ていらっしゃらないかのようなへろへろ感を放っておりますの。

 

 頑張りすぎも毒でしてよ。少なくとも私と茜は身を以て体験しておりますので知ってますの。


 彼のお言葉を受けてか、カメレオンさんがハァ、という微かな溜め息をお零しになりました。


 総統さんのお忙しさについて思い当たる節があったのか、それとも労りの心のためか。



「……よぅ閣下。厄介ゴト増やしちまってワリぃナ。言われた通り、ガキ共+α(プラスアルファ)を連れてきましたゼ」


「ありがとう。手間をかけたな。お前は一旦下がってもいいぞ」


「ヘイヘイ、と。また何かあれば呼んでくだせぇ。暇だったら飛んで来てやりヤすよ」


「おうよ。頼りにしてる」


 ふぅむ? あらあら?

 カメレオンさんは先にご退室なさいますの?


 私たちの窮地に駆け付けていただいた理由とか、ここに呼び出された理由とか、そういう諸々の謎解きは全て総統さんのお口からご説明いただける感じでして?


 見るからにお忙しそうですのに?


 普段総統さんが寝起きしていらっしゃるであろうソファも紙束で塞がってしまっているくらいですのに?


 むしろお邪魔しない方がベストまでございますの。


 

 生まれ出でた疑問が晴れる間もなく、部屋の中央に向けて軽く片手を掲げたカメレオンさんが、サッと踵を返して私たちの傍を通り抜けていかれました。


 そうしてすぐに部屋から出て見えなくなってしまいましたの。



 早くもこの司令室の中に居るのは組織の首領(ドン)とうるわしき花の乙女たちだけとなってしまいます。


 もはや殿方一人きりという状況では、有無を言わさず酒池肉林の宴が催され――るわけはございませんわよね。


 第一にまだ夜になっておりませんし。いえ、宴に時間帯は関係ありませんけれども。

 今夜は私も茜もご奉仕の日ではございません。原則的に担当外での手出しはNGですの。


 意外に戒律がちゃんとしておりましてよ。



「それで、あ、あの、ご主人様?」


 残された私たちがそわそわと慌てているのもそれはそれでお邪魔となってしまいそうです。


 であるならば、早いところ総統さんも後輩ちゃんたちも開放して差し上げた方がお互いの為にもなりましてよ。



「おお、わりぃ。今そっち行く」


 思い切ってこちらからお声がけした甲斐がございましたの。部屋奥側からのお声と物音が大きくなってまいります。


 一番手前にあった紙束がズズッと横に引きずられたかと思いますと、ようやく、総統さんのお姿が視界に入りましたの。


 これまた想像のとおり、ほんの少しだけ目の下にクマをお作りなさって、心なしか痩せられたような気がいたします。


 元から細マッチョさんでしたから一見はそこまで変わらないのですが、なんと言いますか、肉の減り方が明らかに不健康そうに見えてしまったのでございます。



「こんにち……いえ、そろそろこんばんはのお時間になってしまいますわね。蒼井美麗、呼ばれて飛び出てすっぽんぽんでしてよっ」


 挨拶がてらの冗談はさておき、ですの。

 口は軽快に、しかし心は静穏に。お疲れ殿方を相手に長々としたお話をするのは善策ではありませんし。


 淡々と続けさせていただきます。



「お忙しいところ大変恐縮なのですが、えっと……今後のコト、色々と摺り合わせをしなければならないと思いますの。ご主人様のお時間、少々頂戴してもよろしくて?」


「ああ。実際その為にお前らを呼んだようなモンだしな。散らかってるままでわりぃが適当にその辺で寛いでくれ。もちろん、後ろの新顔たちもな」


「「んひぃっ」」


 総統さんの視線が私の背後に向けられます。

 いらっしゃるのは翠さんと花園さんですの。


 どちらも過剰なまでに震えていらっしゃいます。

 横目で確認した感じは完全に怯えきっておりますの。


 ふぅむ? あら? あらあらあら?

 いつもと変わらぬ優しげな微笑みをしていらっしゃるといいますのに、これのどこに怖がる要素がございまして?


 まるで私たちが現役の頃に総統さんに初めてお会いしたときのような身が凍りつく感覚……あ、そういうことですわね。多分まったく同じそれですの。



 総統さんがお放ちになるオーラは濃すぎるのです。

 本来、彼は絶対的な恐怖そのものなのですから。


 普段はほぼ触れておりませんが、総統さんは真の悪の親玉さんなんですものね。裏ボスや超絶魔王神的な存在といっても過言ではないのです。


 見つめられるだけで卒倒してもおかしくありません。

 それくらいの強さと圧をお持ちなのでございます。


 私や茜は彼から欲情を注いでいただくうちに慣れてしまったといいますか、むしろ感覚を完全に麻痺させてしまって、その内から出で来るビリビリを心酔愛にまで昇華させてしまっているも同然なのですが……!


 確かに何も知らない小娘さんたちには酷くしんどいモノかもしれませんの。


 つい今日の今日まで敵対していた彼女たちにとっては畏怖の象徴たる存在でしかないのです。怖さの塊ですの。目を閉じればすぐにでも片手で捻り潰されてしまうビジョンが見えてしまうこと間違いなしです。



 はっはーん。となると渡し船が必要になりますわね。



「お二人ともご安心くださいまし。ご主人様は紳士ですからね。同意がなければ手は出しませんの。……多分」


「ひぇッ!? まままま待ってください!? 今の多分ってなんですかッ!? 万が一があるんですかっ!? い、いやぁ……!」


「…………クッ。せめて、狙うなら相打ちをッ……!」



 あっちゃー。完全に警戒しちゃっておりますわね。翠さんも花園さんも小動物を見ているようで可愛いですの。


 もう少し遠目から眺めておきたいところですが、少しも話が進まないのはよろしくありません。


 ヘルプを出して差し上げましょうか。

 

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