ウチのボスも黙っちゃいネェと
慎重な足取りで茜に近寄って、その小さなお手を取らせていただきます。先の私と同じように、彼女も指先をふるふると震わせていらっしゃいました。
そうですの。やはり恐怖からは逃れられませんの。
なまじ私たちに力があるゆえに。
人並み以上に戦える術を得てしまったゆえに。
圧倒的な力の差を肌で感じとれて、また必要以上に怯えてしまうのです。
己の持ちうる力と比較して、何とか食いつこうと必死に足掻いて、それでもやっぱり全然足りていないことに気付いて、不甲斐なさに余計に悔しくなって……悲しくなって……怖くなって……!
その問答が結果として全て震えに変換されてしまっているといっても過言ではありません。
「……あの。お恥ずかしい限りですが、こんなにも早く戻ってきてしまいました。どうか無様な私めをお笑い飛ばしくださいまし」
「……ううん笑わないよ。実際問題私もあんまり変わらないんだよね。それにほら、美麗ちゃんが無理してまで戦う必要なんてないんだよ。きっと。多分ね」
そのまま優しく腕の中に引き寄せて、ぎゅっと抱きしめてくださいました。冷えたこの心を全身を使って温めてくださっております。
彼女も彼女で肩をふるふると震わせて怯えていらっしゃるといいますのに……。そんな不安定な状態であっても私なんかを気遣ってくださるのです……っ。
うう。弱い私でごめんなさいまし。
また、貴女に甘えてしまいました。
これが幸せなことなのか、それとも己の非力さをもっと悔いるべきなのか……正直迷ってしまっている自分自身がいるのです。
貴女の記憶が戻ってきてくださったからこそ、そのままだった自分を比較に出してしまいます。
復讐をこの胸に誓ったのなら、過去よりもっとずっと強くならなければいけませんのに。
今ではせいぜい牛歩かもしくは足踏みか。どちらにせよ成長曲線は二次間数の上がり方ではないことは確かです。
これでは何の為に総統さんから新たな力を与えていただいたのか、分からないではありませんの……!
思わず頬の内側を噛み締めてしまいます。
ほんのりと血の味がしてきましたの。
「オイ。念のため言っといてやるがガキ共。安心ボケだけはすんじゃネェぞ。あくまで今のお前らじゃあ〝まだムズカシイ〟ってだけの話だからナ。
お前らのことだ。身体に叩き込んでやった方が圧倒的に早ェんだろ? 後で俺らでじっくり仕込んでやるから覚悟しとけ」
「うぇ。りょ、了解ですの……っ」
恐る恐るではございましたが、カメレオンさんのぶっきらぼうなご通達に、二人で頷かせていただきました。
これきっとはえっぴぃ方ではございません。マジでガチな方向の戦闘訓練の方で間違いなさそうですの。
構いません。私の叛逆の望みが叶わなくなったわけではないのです。今はそのことにだけ安堵しておきましょう。
私がイービルブルーとして求められるようになったそのとき、ようやく第二の生を実感できるのだと思われます。その生まれ変わりのときを待たせていただきましょう。
案外、私の時計はまだ止まったままなのかもしれませんわね。今まさにアジトのベッドで眠る最愛のメイドさんと、同じく。
鉄臭い血の味を確かめながら、カメレオンさんの大きく見える背中を見守らせていただきます。
卑屈さがウリであるはずの彼だといいますのに、その堂々とした立ち振る舞いたるや、少しの不安も感させることはございません。まさにデキるオトコのお佇まいをしていらっしゃいますの。
恐れ慄いてしまった私なんかとはちがって、さすがは怪人組織の幹部役をお勤めなさっているお方なのです。肝の据わり方が二倍も三倍も段違いですの。
「んじゃ、そろそろ本題に戻すかネェ。敵さんも相手にされなさすぎて暇な頃だろうしナ。可哀想だろ?」
「フン。急に現れたかと思えば宣うだけ宣うとは、なるほど随分と余裕があるようですねぇ? トカゲ型怪人さん。そこの小娘らよりは楽しめそうだ」
不死鳥男ったら、私と茜と更には現役ちゃんたちまでをまとめて一瞥したのちに嘲笑しやがりましたの。
完全に下に見ていらっしゃるようなのです。
けれどもカメレオンさんは顔色一つお変えなさいません。むしろ軽快な口調でお続けなさいます。
「ま、俺ァ一応コイツらの上役だからナ。こういうときに尻を拭いてやんのも俺らの仕事だ。ぶっちゃけゲロ糞面倒だがしゃーネェ」
赤ペストマスク面から明らかな挑発を向けられたようですが、カメレオンさんはヒラリと軽くお流しなさいます。
「さァて。わざわざ連合陣営自ら出向いてもらったところワリィんだが、お前らには渡してやれネェ。
残念ながらコイツらはまだウチの大事な〝捕虜〟でナ。他所様に勝手に連れ帰られちゃ困るんだワ」
むしろシッシと手を払って更なる挑発をお返しなさいます。
「……怪人。何が言いたい?」
「尋問拷問っつーのは特に悪側の専売特許だからヨォ。ひとまず、互いの陣営の向き不向きってモンを正しく理解してもらいテェナ。
身に余るそぶりは身を滅ぼすゼっつーイチ助言。それと是は是らしく非の真似事なんかすんナっつーイチ注告。俺が言いテェのはただそンくらい」
何やらカメレオンさんと角馬男がドスの効いた声で牽制し合っていらっしゃいますの。
耳に聞こえてくる内容のほとんどが小難しい言葉の羅列といいますか、本筋を濁したようなモノみたいですので全ては理解できません。
けれども、何となくですが私たちのことを守ってくださっているような気概は感じられます。今はそれさえ感じ取れれば充分なのかもしれません。
見ているこちらまで腹立だしくなるような嘲笑を浮かべていらっしゃいますが、その姿がとても頼り甲斐がありますの。
まだまだカメレオンさんがお続けなさいます。
「下手なコトされると世の中の均衡が乱れるんだワ。今後も横行闊歩し続けるってんなら、ウチのボスも黙っちゃいネェと思うゼ」
「知ったこっちゃねぇな」
態度と口ぶりから察するに、連合側の二人は聞く耳を持っていらっしゃらないようです。その白い馬耳はただの飾りのようですの。
別に念仏を聞いているわけでもございませんのに。
「ほーん? んじゃ俺は伝えたからナ。それと最後にもう一つだけ。別にコッチは気分が乗らなきゃ答えてくれなくてもいい
なぜこの場所が分かった? その変身装置の指示か?」
「プニッ!? ココでとばっちりプニか!?」
カメレオンさんの爆弾発言に対して、宝石ブローチ化したプニが茜の胸の上でぐらぐらと揺れ始めましたの。
おまけにサンサンと細かな明滅を繰り返していらっしゃいます。
その身を挺して必死で抗議の意を示していらっしゃるようです。
「オメェとしても疑念は払っておきテェだろ。念には念を、だ。でなけりゃコイツらがここに顔を出せた理由が説明できネェ」
「……まぁ、それは確かにプニ……」
私も仰る通りだと思いますの。むしろ出待ちされていたと考える方が自然なくらいです。