えっ? えっ? まさか
ひとまず横たわる後輩ちゃんたちを抱え、気合を入れて彼らの頭上を飛び越えます。突然の重さに腕が悲鳴を上げましたが関係ありません。
乱雑な対応で誠に申し訳ございませんが、茜の方に二人をポイッと投げ付けて差し上げます。
「よろしいですの!? とにかく今は緊急事態なのです! こちらのお眠りさん方を連れて、どうか貴女だけでもアジトにお戻りくださいましッ!
……この辺で転移と呟けば、あとはアジトのスタッフさんが何とかしてくださいますゆえにっ」
「でも! そしたら美麗ちゃんが」
「私の方は何とかいたしますの! もうあの頃の私ではないのです。色々とパワーアップしておりますから」
「ついさっきまで私といい勝負してたのに?」
「……ぐぬ、ぐぬぬぬぅ」
くぅぅ。痛いところお突きになりますわね。過去よりダンチに強くなれたとはいえ、奴らを蹂躙できるほどの圧倒的な力を得られたかと問われれば答えはノーですの。
怯え震えた心を奮い立たせて何とかイケるか、といっても過言ではないような状況です。相手の強さを知っているからこそ冷静でいられるといいますか。
せめて一対一に持ち込めたなら五分五分にもなれるかもしれませんが、いかんせん奴らにその隙は無さそうですし。
であるならばっ! この頭の中にある奇策や搦手を駆使して、どうにかしてチャンスを出さなければ勝機は薄いかと……!
「ふぅむぅ! 結構な難題ですこと!」
けれどもそれだけでも充分ですの。
可能性がゼロでなければ問題ないのです。
分の悪い賭けに勝つから面白いのです。
単勝倍率が強さのイコールではないのですッ!
「それでは茜。離れていてくださいまし」
今日一番のドヤ顔を見せて差し上げます。
あの頃とは覚悟の質が違うのですから。
頬を伝う冷や汗はお見逃しくださいまし。
武士は食わねど痩せ我慢ですの。
ちなみに爪楊枝を咥える余裕もございません。
「……分かった。でも無茶だけはしないでよ」
「当ったり前ですの。この頃は〝命を大事に〟をモットーに切り替えておりますから」
今朝一発目の翠さん、そして昼過ぎ二発目の茜を経由してからの合計三戦目ともなりますと、既に身体も温まりに温まっておりますの。むしろ長すぎる準備運動に筋肉が沸き立っているくらいかもしれません。
念の為、口の中で小さく変身文句を呟き直しまして、この手のひらに黒杖を生成しておきます。
使える手は多い方がいいですの。
攻にも防にも使えるナイスな棒なのです。
さぁ。おひとつ揉んで差し上げましょうか。
震える指先に喝を入れて、ぐっと地面を踏み込みます。
時間稼ぎさえできれば御の字です。その後のことはその後に考えましょう。
まずは茜たちの安全が最優先ですのっ!
姿勢を低くして、杖を逆手に構えて、彼らの懐目掛けて突進――
「――その決闘。ちょっとばかし待ってくれナ」
「「クッ!?」」
「ふぅむっ!?」
――今こそ突進するその直前のことでした。
突如として聞き覚えのあるお声が頭上から聞こえてきたかと思えば、ヒーロー二人の目の前から土煙が立ち上がったのでございます。
勢いを殺して止まる他に選択肢はございません。
いえ、正確には異なりますの。
空から凄い勢いで降ってきたナニカによって土煙が巻き上げられ、半ば強引にこの足を止められてしまったのでございます!
その淡い砂嵐は目眩しか風の障壁か。
それだけではございませんの。
いつのまにか私のお腹には人肌にしてはだいぶ冷たい腕が押し当てられてしまっております。
これでは二度目の駆け出しさえできません。
まったくこんな忙しいときに誰ですの!?
招かざる客ですの! 要らない参戦ムービーですの!
このガッチリとした腕、ヤケに男らしくてお肌がザラザラしておりましてよ!? まるで爬虫類さんのお手々ですのっ!
感心していたのも束の間、そのお方にススっと身体を持ち上げられ、挙げ句の果てには俵担ぎにされてしまいます。
腕をフリフリ足をバタバタと抵抗してみましたが微動だにいたしません。
すぐさまお高くご跳躍なさったのか頬に風を感じましたの。容易に土煙を飛び越しなさいます。
そのおかげかようやく視界が晴れてまいりましたの。私を抱えている人の姿も確認できました。
やや猫背ながら長身でスラッとした佇まいながら、引き締まるところは引き締まったとても男性的な体格……ッ!
ザラザラっとしたお肌に、ギロッとした目付き……ッ! そしてむしゃぶりつきたいうなじ……ッ!
っていうかこの人の正体分かりましたの!
この風体で分からないわけがないですの!
ついさっき姿が見当たりませんわねって言ったばかりの、そう! あの人です!
まったくいつもいつも美味しいところばかり持っておいきなさって!
ズルいですのよ! カメレオン怪人さん!
「ちょっとアナタぁ! どこ行ってたんですの!?」
「暇すぎたからこの辺の散歩に……と言ってやりテェところだが、妙な気配を感じたモンだからしばらく影から様子を伺ってたんだワ。んでヤベェと思って出てきた。
さすがの俺でもコイツらレベルを相手すんのは骨が折れるからヨォ」
ケッと悪態じみた溜め息をお吐きになります。
ほとほと面倒くさそうなお顔です。
貴方ほどのベテランさんがお一人ではキツいですって!? まったくとんでもないご謙遜をっ!
ほっといてくれとまでは言いませんけれども!
一緒に戦ってくれてもいいんですのよー!?
っていうか私に戦わせなさいましー!
コイツらには浅からぬ因縁があるのでございますぅッ!
……その思いはあるんですけれども。
えっ? えっ? まさかお預けなんですの!?
これだけ気持ちを奮い立たせておいて!?
「オイ暴れんナ。ジッとしてろ青ガキ」
「だってぇ! 今がまたとないチャンスなんですものぉ! この手で雪辱を晴らして差し上げるんですのぉ!」
「まだ無理だ。オメェのちっぽけな力じゃナ」
「ぐ、ぐぬ、ぐぬぬぬぅ……!」
彼の肩の上で駄々をこねて差し上げてもよろしいのですが、私の非力さといいますか、この勝負の分の悪さは何となく理解できてしまっております。
向けられた殺気に対して正面から跳ね除けて差し上げられなかったこと。今もなお指先が震えてしまっていること。それ自体が私がまだ〝負けている〟という証拠に他なりません。
お相手に恐れを抱いているうちは善戦なんてできません。この手で軽く捻り潰せるくらいでなければ話にならないのです。
生きるか死ぬかの話をしているのですから。
悔しいですが、彼の仰るとおりです。
私はまだ、弱っちいのです……!
「さて、と」
カメレオンさんが私を茜の近くに下ろしてくださいました。