美麗 vs 茜
強い頷きと共に、茜が生身の女性とは思えないほど高くご跳躍なさいます。空中でくるりと縦一回転なさったのち、やや離れた対面にすたりと着地なさいました。
実に惚れ惚れしてしまいそうな身のこなしです。
見た感じだけなら少しのブランクも感じさせません。
「……あっと。うまく変身できるかな? 私あれからけっこうヤンチャしちゃってるからさ。ほら、とてもじゃないけど少女とは言えそうにないコト、沢山シちゃってるわけだし……」
自信ありげに意気込んでいたのも束の間でした。
すぐにしゅんと肩をすくめなさいましたの。
不安になる気持ち、分からないわけでもないのです。
過去の記憶を取り戻せたからといって、直近の記憶や経験をサヨナラするわけではございません。全てが自分自身の糧ですの。大過去も小過去も区別なく背負って生きるしかありません。
主な懸念は夜のお戯れについてなのでしょう。
私たちはそれはもう良い子は聞いてはイケないような〝むふふなコト〟を沢山致して生を繋いできたのです。
清く、正しく、美しく。
そんな魔法少女を象徴する小綺麗な言葉とはとうの昔にオサラバしてしまいまして。むしろ逆ですの。
春の夜を乱れ舞う徒桜の如く。
己の欲求にただ付き従って、なるべく心苦を感じないように過ごしてきましたもの。
私も茜も己の心と正面から向き合った結果が今のこの暮らしなのです。今更後悔する必要はございませんでしょうが、後ろめたさを感じるのも尤もなことなのでしょう。
彼女の揺れる心を弾き飛ばすかのように、プニがぽよんっと高く跳ね上がりました。そのまま茜の手のひらにすっぽりと収まります。
つぶらでまっすぐな瞳を向けていらっしゃいますの。
「茜。大丈夫プニ。自信を持つプニよ。
魔法少女の力は〝思いの力〟プニ。その身がどんなに汚れようと穢されようと、お前の魂さえ変わっていなければ、チカラはきっと応えてくれるはずだプニ。
プニは天に選ばれた者の才能を信じているプニ。お前のこの手の温かさは嘘ではないのプニ」
もにゅもにゅと訴えかけなさいます。
信頼の心が見えたような気がいたしますの。
「……ん。ありがと。分かった。やってみる」
熱い念押しに茜も決心を固めなさったのか、強く、深く、頷かれました。そうしてプニを優しく包み込むように握り締めなさいます。
ふぅむっ。信頼の厚さが羨ましいのですっ。
私にもそういうことを言ってくださるステキな相棒が欲しくなってしまいますのーっ。けれども残念ながらもう居ませんのー! 三年前にこの手でサヨナラしましたのー!
ですからなんだかとっても悔しいのです。
私のソロ的な実力を、この茜とプニのコンビに見せ付けて差し上げたくなってしまいましたっ。
嫉妬の炎がメラメラと心を支配しかけておりますが、そんな生半可な気持ちで勝てる相手でもございません。
今こそより熱い蒼き炎を滾らせるときですの。
既に彼女が纏い始めているオーラはかつての本物のソレなのです。今も気を抜いている余裕はありません。
「よーしッ! それじゃいくよッ! 美麗ちゃん!」
「いいですの! 掛かってきなさいまし!」
互いに自信に満ち溢れた笑顔を見せ合います。茜はプニを胸の前に、私は平手をブローチにかざします。
そして。
「着装 - make up - !」
「……偽装 - disguise - 」
ほぼ同時にそれぞれの変身文句を呟き合いました。
声に呼応するかのように茜の周りには眩しくて白い光が、私の周りには生温かくてドロドロとした黒い泥が、それぞれじわじわと生み出されていきます。
実際のところ私の方は既に変身済みでしたので二度目の台詞を呟く必要はなかったのですが、こういうのはノリと気分が大事なんですの。
それにほら、一度リセットを掛けておいたほうが服の艶やかさが増す気がいたしますし。耐久性だって復活するような感じがいたしますの。
茜の生着替えを待ちぼうけすることもございません。
お互いに変身を終えて正面に対峙いたしました。
二人ともガッチリと杖を握ってお相手側に向けております。
「いいプニッ! 適合率91%プニ! 復帰初戦にしちゃ完璧すぎる値だプニよッ! 残りの感覚は実践で取り戻していけばいいプニッ!」
「うんっ了解っ! ってなわけで魔法少女プリズムレッド、ここに復活見参っ! 始めっからフルスロットルで行くから覚悟してよねっ、美麗ちゃんっ!」
「ふっふんっ。いいですの構いませんのっ! 真正面から受け止めて差し上げましてよっ!」
何よりスタートが肝心なのです。
こちらから攻め込むより前にまずは姿勢を低くして重心を安定させます。おまけに杖を水平に構えて防御の姿勢をとっておきますの。
私の戦闘スタイルは〝受け〟が基本です。
対するレッドのスタイルはほとんどが〝攻め〟一辺倒だったはずですの。
互いに得意が相反していたからこそ、過去の共同戦ではそれぞれの短所を補いつつ長所を伸ばして戦っていくことができました。
こうして対峙する場合は、必然的にその長所同士をぶつけ合うことになりますの。
攻めきれたら茜の勝ち、守りきれたら私の勝ちということです。
誰もが夢見たであろう〝美麗vs茜〟という夢のマッチが今、世に実現いたします。
……本気の殺り合いではなくてよかったですの。
正直心の底からホッとしてしまいます。
サラリ、と。私たちの間を夏の熱い風が通り抜けました。
それが試合開始の合図となりました。
小柄なレッドがより一層身体を小さく屈めて直線一気に駆け寄ってきなさいます……ッ!
ふぅむ!? 瞬く間に肉薄されてしまいましてッ!?
総統さんやカメレオンさんほどは素早くありませんでしたが、それでも花園さんや翠さんよりは圧倒的に速いのです。久しぶりなんて言葉はもはや……ッ!
お排泄物お召し上がりくださいまし 状態ですのッ!
気を抜いたら即被弾してしまうことでしょう。
そうこうしているうちに私の頬のすぐ横を彼女の拳が通り抜けていきます。こうして思考を巡らせている間にも、直杖による突き攻撃がいくつも飛んでまいります。
避けきれないモノはこちらも杖をぶち当てて軌道を逸らして差し上げるしかありませんのッ!
風を切るような右フックを平手でサイドに受け流しつつ、ノータイムに迫り来る肘鉄を身を捩って避け続けます。
ボヤボヤしていれば杖による視覚的な囮攻撃と本命の正拳突きが同時に来てしまうのでございます。本格的にそうなっては被弾の道しか残されておりません,。
まったく何なんですの? レッドったら。
ブランクを感じさせるどころか以前よりもキレが増しているのではございませんでして!?
「あっははっ! 美麗ちゃんってば凄いよ!
全力出してるのに全然当たってくれなーいッ!」
「んくぅッ! 当ったり前ですのっ! 絶対それ痛いですも――のぉっ! っていうか貴女本当に三年ぶりの変身なんでしてっ!?」
「そうだよっ! 身体が覚えてるみたい!
何も考えなくても勝手に動いてくれる感じっ!」
こちらは溜め息を吐く暇さえございません。
ホント恐ろしい才能というか戦闘センスをお持ちですわね。羨ましい限りですのっ。
ですがそんなワンパターンな拳では、黒泥という優秀な搦手を手に入れた私には到底一撃を入れられませんでしてよ。
ふっふん。さぁさぁ見ててくださいましっ。
そして卑怯と言うまいな、ですのっ。
さっそく黒泥戦法を解禁しちゃいますのッ!
「……偽装 - disguise - !」
反撃の一手として、まずはこの手に持った杖をドロリと半液状化させます。更には触り心地にベタベタぬたぬたといった粘着みを帯びさせましたの。
そうして肉薄してきたレッドの杖にジュルジュルと鳥モチのように絡み付かせて差し上げるのでございますっ!