ここで逃げては女が廃りますの
しばらくの間ベッド上を見つめていらした翠さんが身体ごとお振り向きなさいました。
お姉さまの顔が見れて少しはご満足されたのか、初めて私とお会いしたときのような穏やかな表情に戻られたような気がいたします。
目元の赤らみが安心と憂いの証拠ですの。
彼女だってホントは元気なメイドさんとお話をしたいのでしょうけれども。残念ながら今はまだ叶いません。
そのときが来たるまで優しく見守っていてくださいまし。たまに遊びに来るくらいなら総統さんもカメレオンさんも何も言わないはずです。
「翠。桃香。そろそろ帰るプニよ。長らく信号が遮断された状態ってのも怪しまれる原因なのプニ。また来させてもらえばいいのプニから」
「………………ん。分かった」
「来たいときは念話で合図送ってね。近くまで迎えに行くから。あとくれぐれも気を付けることっ。ここに遊びに来るの、よく思わない人たちもきっといると思うの」
少なくともヒーロー連合の中枢部はいい顔をしないでしょうね。ちょっと出動拒否をしただけで重すぎる制裁を加えてくるような奴らですの。
魔法少女とその変身装置が敵方と繋がっていると知られては、何をされるか分かったものではありません。
念には念を入れて気を付けてくださいまし。
「もちろん分かってるプニ。この密会だって危ない橋なのプニ。まったく。目先だけでなくて背中を気にしなきゃいけなくなるとは……三年前は毛ほども思わなかったプニよ」
「一寸先は闇の世界ですの。穏やかな日々を勝ち得るため、お互い頑張りましょう」
「うむプニ。複雑な気持ちプニね」
共闘とまではいかなくとも、貴方とまたお話が出来て嬉しかったですの。昔を懐かしめる相手がいるっていいですわね。
ハチさんが出入り口の扉を開けてくださいました。
一応はおひらきの合図らしいのです。
お二人と一体を転移室までご案内して差し上げませんと。足元が暗いのでお気を付けてくださ――って、そうではありませんでしたわね。
「っとその前に。桃ガキと緑ガキ。ちょっとの間目ェ瞑ってろ」
「えっと、こうですか?」
恐る恐る扉を潜ろうとしていた現役ちゃんのお二人がじーっと目を閉じられました。
カメレオンさんがその一瞬の隙を見逃しなさいません。
私レベルでないと見落としてしまう音速の手刀が彼女らの首元に叩きつけられます。
発生した衝撃によってガクンと膝から崩れ落ちようとする二対の身体を、慣れた手付きで抱えて両肩にお担ぎなさいます。
行きが気絶していた状態でしたからね。
帰りだって同じでないとダメらしいですの。
弊社の守秘義務は徹底されておりますの。
お二人のことを思えば中々に不憫な光景ですが我慢していただきませんと。ホントにどこから情報が漏れてしまうか分かったものではないのです。
私も茜の元に駆け寄って、プニ箱上部に着いたボタンを〝ポチッとな〟して差し上げます。瞬く間に壁面が黒く変色いたしまして、これで外界との視覚的シャットダウン完了です。
「にしても……一日にそう何度も首元に打撃を受けていては肩凝りになっちゃいそうですの」
「まだ若ェ奴らだから大丈夫だろ。そんなでけェ乳ぶら下げてるわけでもあるメェし」
「んまっ。なんてお下品な言い方ですことっ」
「お前だけにゃ言われたくはネェがナ」
失礼なっ! 少なくとも私はオブラートにお包みいたしますのっ。そんな人様の前でお口に出すような低俗プレイはいたしませんのであしからずっ!
なおそういう気分が高まっているときはこの限りではございませんのでご了承くださいましっ!
うふ、うふふふふふふ。
改めて気を失ったお二人と視覚を封じられたプニを転移室までご案内いたします。過程は行きに具にお伝えいたましたからね。
目的を終えた帰りに意味を持たせる必要もございません。
ちゃちゃっと飛ばさせていただきましょう。
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――
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「……うぇっ……ぷ……れすの……」
「なるほどねー。怪人さんたちどっから沸いて来てるんだろとは思ってたけど、こんな仕組みになってたんだ。結構便利だね」
「うぅ……茜は、平気なんれすの……? 頭ん中ぐわんぐわんしませんこと……?」
「別に大丈夫だよ。頭揺らされるの慣れてるし」
どんな慣れですの……?
と言いたいのも山々でございましたが、これ以上有声音を発すると吐息や声以外のモノも出てきてしまいそうな気がいたしましたので黙ります。
きっと身体強化の恩恵ですの。そう思っておかないの理不尽さに耐えられませんの。
ぶーぶー言う気力もございませんので、地面に大の字に横たわって、ひとまずお外の新鮮な空気を肺一杯に取り込ませていただきます。
というわけで転移にてまた舞い戻ってまいりました。ここはひだまり町の外れにある廃工場ですの。
地下から地上に場所を移しました。
未だ目を覚まされない魔法少女さん方はカメレオンさんがとりあえず日陰に移してくださいましたの。今は壁に背中を預けて待機してくださっております。
プニの方も筒カゴから解放して差し上げて、これにてサヨナラの運びとなるのでございます。
「私としてはもう少しゆっくりしてもらってもよかったんだけどね。お互い、積もる話も沢山あっただろうし」
「別にいいプニよ。こうしてまた会えたプニ。今後もちょこちょこ会えるんプニ。それだけで充分すぎるほどプニ」
「うん。……うん。そうだねっ」
うへぇぁ……なーんかグロッキーな私を他所に青春の一ページみたいなことをやっておりますのー。二人とも嬉しそうですのー。
なぁんですのー? 長年付き添ってきた相棒同士みたいな会話しなさいましてぇ。
いや、実際そうなんでしょうけれども。
魔法少女歴自体は茜の方が断然長いのですし。私から見たらずっと先輩さんなんですの。その分懐かしさ的な感情もひとしおだったのでしょう。
ですがちょーっとだけでも妬いちゃってもよろしくて?
たとえ相手がプニだったとしても、茜は誰にも渡したくありませんのよー……うぇっぷ。
三半規管が正常に機能してくださるのはもう少し先なのでしょうが、なんとか立ち上がってお見送りの姿勢になって差し上げます。
とはいえ花園さんと翠さんが目を覚まされるまでプニもどこにも行けませんわよね?
それどころか私たちだって転移で施設内に戻れませんわよね?
となるともう少し休んでいてもよろしかったのでは? 早くもイチ後悔ですの。
「……それで、なんだけどさ。美麗ちゃん」
「ふぅむ?」
いつの間にかプニを肩に乗せていた茜が、至極真剣な表情で私の方を見つめておりました。
組織の正装ネグリジェに身を包んではいらっしゃいますが、澱みのないまっすぐな彼女の瞳を見ていると懐かしいあの頃の姿を思い出してしまいます。
「あの子たちが目を覚ますまで、ね。私のリハビリに付き合ってもらってもいいかな? ここなら誰にも迷惑かけないし」
「はぇっ。貴女リハビリってことはつまり」
「うん。私も早く戦えるようにならなきゃって。今ここでプリズムレッドに変身してみるから、軽く手合わせしてもらってもいい?」
「それはっ、構わないですけれどもっ……」
本日二回目の戦闘訓練なんですの!?
まだ疲れも抜け切っておりませんのに!?
午前中は後輩の翠ちゃんだったからまだしも、お次のお相手が茜ともなりますと本気の本気のまた本気を出さなければ勝ち目はございませんの。手加減できる余裕もございません。
ですけれども。
イービルブルーの力でどこまでやれるのか、私としても指針が欲しかったところなのです。
ここで逃げては女が廃りますの。
「分かりましたの。制限時間はあの子たちが起きるまで。ルールは簡単、背中を地面に付けた方が負け。復帰祝いの拳を叩き付けて差し上げますから、掛かってきなさいましっ」
「よーし。胸を借りるよっ、美麗ちゃんっ!」
魔法少女プリズムレッドさん。
あの頃の、私のたった一つの憧れさん。
並び立ったお次は、超えねばなりません。
ふっふん。よろしいでしょう。
受けて立って差し上げましてよッ!