舐めていいのは気持ちイイところだけ
あれから何十分もの間、病室内で時を過ごしておりましたでしょうか。
この場にいる誰もが言葉を発することなく、ただただメイドさんの安らかな寝顔を眺める翠さんを、皆一様に穏やかな面持ちで見守っていたのでございます。
邪魔する者は一人としておりませんでしたの。
あれだけ忙しそうな雰囲気を醸していたカメレオンさんも、なんだかんだでずっとこの場で待っていていてくださいました。
おそらくは総統さんから監視の命令を受けているのでしょうが、別に少しくらい席を外したりサボったりしても怒られたりはしないと思いますの。
それにほら、保護者的立ち位置の方ならハチ怪人さんだっていらっしゃるのですし。多少のトラブルくらいなら独力で解決できる才覚と人望をお持ちの素敵な女性です。
「……ほんと、今は恵まれておりますの」
お優しい大人方に囲まれて、私たち若手勢は幸せモノですわね。
そりゃあ私だってもうオトナの世界に片足を突っ込んでしまっておりますけれども。都合のいいときくらい子どものままで居たいんですの。
許される限りいつまでもワガママを言い続けさせていただきたいくらいなのです。
復讐も、見方によってはただのワガママの延長線でしかございませんのでしょう。
己の意地を貫き通したいが為、また平穏な日常を一刻も早く取り戻したいが為、非力な小娘が相手方に怒りの鉄鎚を下して差し上げたいのです。
この身に受けた屈辱をこの手でそのまま返してやりたいだけなのです。
どうかお子ちゃまと笑ってくださいまし。ですが私は止まりませんの。私たちが失ったモノや時間はほんの一欠片だって取り戻せはしないのです。
「……美麗。あんまり気を落とさないで聞いてほしいプニが」
「ふぅむ。何ですの?」
一足先にメイドさんのベッドから離れて、お隣の空ベッドに腰掛けさせていただいた矢先のことでした。
茜に大事そうに抱えられていた箱プニが何やら神妙な面持ちでお口をお開きなさったのです。聞いた感じではとても言い出しにくそうな口渋りでしたの。
「正直なことを言えば、プニよ。今日の戦闘風景を見た限りでは、お前が本部に乗り込んだところで返り討ちに合ってしまうだけだと思うのプニ。
中枢に集められた人員は個々のレベルが皆桁違いなエリート勢プニからね。今のままでは無謀を通り越して無駄骨プニ。玄関先で叩きのめされて終わりだプニ」
「……そう言われてしまいますと、何も言えなくなってしまいますわねぇ。だからといって止める選択肢はサラサラないのでございますけれども……」
今朝方の戦闘はあくまで現役ちゃんたちに実力差を見せ付けて差し上げる為の模擬試合に過ぎませんが、それでも手を抜いたつもりは毛頭ございませんの。
いくつか奇策は残してありますが、一応アレが私の全力です。これでも現役時代に比べれば格段に強くなれていると思いますけれども。
まだ足りないと仰いますの?
でしたらどこまでの水準をお望みなんでして?
……ただ、戦闘内容につきましては確かに黒泥の便利さに頼ってしまっている面を否定できませんの。
元の、つまりは私自身の戦闘センス自体はあの頃から少しも変わってはいないのです。
黒泥によって搦手を扱える手段や機会が増えただけで、もっとこう……色々経験値を経てからのレベルアップ的な、肉体成長とは縁遠いままでいるのが現状です。
言うなれば不恰好な鎧を身に纏っただけ。
実力自体はか弱い乙女のままなのです。
かといって更なるお稽古の為に総統さんやカメレオンさんの貴重なお時間を割いていただくわけにもいきませんし……!
一人で出来ることだってタカが知れておりますし。
「せめてプニら変身装置の能力補助があれば少しはマシにもなるんだろうけどプニが……魔法少女ではなくなった美麗には、もう実現不可能なお話プニからね……」
「……身体の内側から沸き上がるようなチカラは、もう長らく感じられてはおりませんわね」
今の黒泥操作能力にプラスして、かつての全盛期の頃のような身体能力を発揮できればまさに怖いモノ無しになれましたの。
総統さんまでとはいきませんが、カメレオンさんなら互角に渡り合えるかもしれません。
今更無い物ねだりをしても意味がないとは分かっておりますけれども……ッ!
「これ以上組織の皆様を巻き込むわけにもまいりませんし。基本的には孤立奮闘するしかないですの。
もちろん敵方で玉砕するつもりはありませんが……あ、でも、逃げられなかったら同じことですわよね。多分、しくじったら今度こそ命は無いですの」
また無様に痛めつけられて、何の抵抗もできないまま儚く散る未来が容易に想像できてしまいます。
私にもっと力があれば、ですの。
誰にも負けない圧倒的な力が。
それを得るための策が思い付けていないというのが率直な現状です。
「そもそもの話、仕返しをする意味はあるんですか? また手を出してきたときに適切な対処するだけでは」
花園さんが問いを向けてきてくださいます。
「コッホン。舐めていいのは気持ちイイところだけですの。心までナメられてしまったままでは私の気持ちが収まらないのです。
お相手さんに手出しも出来ないと思わせたとき、初めて私たちに真の安寧が訪れるのでございます」
「……うーん……そうなん、ですかねぇ……」
どこかご納得いただけていないご様子です。
まぁ無理もありませんの。花園さんは今まさに世の為人の為に戦っている真っ只中にいらっしゃるのです。
まだ戦うことに疑念を覚える段階にも至っていないとすれば、私のこの言いようのない不安と疑念とを払い退けたい気持ちを理解できないと思いますの。
己の欲求が己の使命に結びついていらっしゃるのであれば、どうかそのままお続けくださいまし。おそらくは魔法少女業が天職でしょうから。
ただ、私には到底真似できません。大変あさましいことこの上ないのですが、私は我が身とその周りが一番大事なのです。私の知らない世界は二の次三の次もいいところです。
お生憎、関係ない人にまで気を回せるほど、余裕のある人生は送れませんでしたの。
「プニちゃんは正直どう思ってるのさ」
茜が天井に向けてプニ箱を掲げました。まるで高い高いをするかのような体勢です。
まっすぐな瞳で赤色水饅頭を見つめながら、彼女はしっかりとした言葉でお続けになります。
「美麗ちゃんのやりたいことについて、連合のイチ装備品としては絶対タブーな発言でも、今ならジャミングされてるから話し放題なんだよ? プニちゃんの気持ち、聞かせてよ。そしたら私も言うから」
「プニの気持ち、プニか……?」
「そっ。おべっかとかは別に要らないよ。今とか昔とか敵とか味方とか、そんなの全部なーんも関係なく。
たとえあなたが連合に作られた只の機械だったとしても、私はプニちゃんの心を尊重する。ずっと一緒に戦ってきた相棒だからね」
それも長らく忘れてたんだけどさっ、とはにかむように舌を出して微笑まれました。彼女なりに場を和ませようとしてくださったのでしょうか。優しい子ですの。
「……プニは、プニは……!」