居眠りさん
そうして医務室エリアに到着いたしました。
事前に話を聞いていらしたのか、赤十字の暖簾の先には既にハチ怪人さんの姿がございましたの。
私たちの登場に綺麗なお辞儀をして迎えてくださいます。
「あらあらまた大勢でお越しのご様子で。勇者パーティか何か?」
「フン。こんなメンツで世界が救えるってんなら見てみてぇモンだゼ。お前も混ぜてヤろうか」
「結構です。酷く疲れそうですから」
ハチさんによるド直球な皮肉的表現に、カメレオンさんは慣れた口調で口撃を返されております。
ふぅむ? なんだかお二人の目元にバチバチと火花が散っているように見えてしまいますけれども。
もしかしてあんまり仲がよろしくなかったり? お二人の過去に何かあったり? なかなかに意外な光景です。
それにしても失礼しちゃいますわね。
実力別格のカメレオンさんを除いたとしても、ここには現役の魔法少女二人に、一線を退いたとはいえ100万人に一人の超逸材な茜に、数々の豪運に導かれし最強可憐なポテンシャルを持った私がいるんでしてよ?
並大抵の敵ならズバズバと薙ぎ払える力はあると思いますけれども。
ただ確かにパーティメンバーとして考えればバランスは悪いかもしれません。だって武闘派な魔法使いが四人も編成されているんですもの。
きっといつかは相性の悪い敵に出会って詰んでしまいますの。そうしてパーティの穴を突かれてしまうこと間違いなしですの。ふふふふ。ふふ。
といいますか私、ただ今はどちらかもいえば悪の魔王様サイドに就いているんですのよね。だったら負ける要因がないですの。
まぁ……敬愛する総統さんになら負けてどっちゃどちゃにされてしまっても文句は言いませんけれども。
いえ、むしろそうしていただいた方が都合がよろしいといいますか……もっと心の底から被虐を楽しめるようになるといいますか……っ!
むふふ、想像するだけで興奮してしまいますわねぇ……むふふふふ。
「オイ何ニヤニヤしてンだお前。いくぞ」
「はぇ!?」
いつのまにか怪人のお二人とも病室に続く道を歩み始めていらっしゃいました。それどころかプニカゴを抱えた茜まで私を追いていってしまっておりましたの。
ポツンと私一人だけが入り口に佇んでいるような状況です。
「あ、ちょーっと待ってくださいましー」
今日はただでさえ気持ちの浮き沈みが激しい一日になっておりますの。ちょっとくらい思考のリラックスタイムを挟んだってバチは当たらないのではございませんこと!?
だってここからが本番なのです。
以降は真面目な話しか待っておりませんもの。
駆け足気味に追いつきまして、暗くて狭くてほんのりとジメっとした通路を進みます。
リネン室へと続く道の途中、壁際に隠されたドアノブを開くと病室へと繋がる隠し通路が現れるのです。
今まで辿ってきた道のりの中では一番天井が低くて幅も狭いといいますのに、カメレオンさんは俵担ぎをなさったまま難なくズイズイとお進みなさいます。
普段から通気口を匍匐前進していそうな慣れっぷりですの。
「皆様方。ご存知かとは思いますが、病室内ではくれぐれもお静かに」
「もちろん分かってますの」
「貴女は大丈夫でしょう。ただ、その居眠りさんたちはいかがでしょうね」
ふぅむなるほど。花園さんならともかく翠さんは分かりませんわね。感極まってしまう可能性も無きにしも有らずです。
聡い彼女なら場の雰囲気の呑んでくださると信じておりますの。姉を想う心は人一倍お強い方なのですから。
ハチさんが病室への扉を開かれます。こちら側に溢れてくる光に今のうちから目を慣らしつつ、一人ずつ中に入っていきます。
私は定期的に足を運んでおりますので別に今更驚くようなことはございませんが、過去の記憶を完全に取り戻された茜なら、きっと思うことがあると想うのです。
ハチさんの優しさが香るこの病室。
施設内のどこよりも心安らぐ空気が漂っております。
奥の壁際のベッドに、メイドさんが独り横たわっておいでです。
今日も変わらず健やかな顔でお眠りなさっていらっしゃいますわね。人工呼吸器の方は外されているようですがご安心を。きちんと胸の辺りが静かに上下しております。
今にも目覚めて起き上がりそうですのに、この三年間一度たりともございませんでした。眠れる森のメイド姫さん状態です。
あら? 少しばかり痩せられまして? お口からご飯を食べないからですの。それに少しも運動をなさらないからですの。点滴とEMSだけでは飽きてしまうでしょう?
お望みとあらば毎食スプーンであーんして差し上げますから。リハビリにだって必ずお付き合いして差し上げますから。
だから、いつまでも寝てるのはやめてくださいまし。早くお目を覚ましてくださいまし。
「…………懐かしい顔プニね。こんなふうになるとは、あの頃は一度も思わなかったプニ」
「……そうだね。ずっと続くと思ってた。美麗ちゃんちのメイドさんが作るご飯、お店で食べるのよりも美味しいんだよね。お呼ばれする日を楽しみにしてたくらい」
茜とプニが嘆息をお零しなさいます。
「ハチ女医。ちょっくらそこのベッド借りるぞ。寝坊助どもを起こしてやらネェと」
「ええ。どうぞお好きに」
ご返事を聞き取る前に、既にカメレオンさんは行動に移しておりました。
魔法少女のお二人をお互いに肩を預けるような形で腰掛けさせます。気を失っているせいか首が座っておりませんの。ちょいと突いたらすぐにゴロンとしてしまいそうです。
カメレオンさんが両の手刀を二人の首元目掛けて振り下ろしなさいます。今回も私でないと見逃してしまうスピードですの。ゴッという鈍い音が私の耳に届いてまいりました。結構な荒療治をなさるんですのね。
しばらく眺めておりますと。
「…………ん、ぅぅ……痛……何……?」
「………………ハッ……!?」
お二人とも目をお覚ましになりました。
労わるように首元をさすっていらっしゃいます。確かに凄い音がしておりましたもの。
っていうか今更ですがそこまで力を込める必要があったんですの? お肩を優しくトントンとして差し上げるだけではダメだったんでして?
「オイ緑のガキ。目を覚ましたトコいきなりだが、オメェの目的がそこに寝てる。下手な動きはすんじゃネェぞ。騒いだらまた眠らせるからナ」
「…………ッ……!」
目覚まし直後の翠さんにカメレオンさんの圧が向けられます。殺気ほどではございませんが、一瞬だけ強者の凄みを存分に放たれましたの。
側にいらしたハチ怪人さんの存在にも気が付かれたのか、現役ちゃんたちの肩に緊張が走ったのが見て取れます。
まぁ仕方ありませんわよね。いきなり敵陣に放り込まれて、特A級の怪人二人に囲まれたも同然なのです。バトルに発展しないのが救いとも言えましょう。
心中お察しいたしますの。
翠さんが周囲を気にしながらゆっくりと立ち上がられます。