おかえりなさい
「念話信号っていうのはプニね。適合率の高まった魔法少女と変身装置なら、音声を介さなくてもある程度の意思疎通が可能になるんだプニよ。念じれば何となく相手方に届くのプニ」
「はぇー、そんな便利な機能があったんですのー」
ポヨは一言も教えてくれませんでした。
何があっても言葉を介しての意思疎通でしたし。
それどころか大事なことは隠しておりましたし。
もう少し心と心が繋がっていれば私たちの未来も変わっていたのかもしれませんわね。今更どうしようもないのは分かっておりますけれども。
現役時代、私に気付かれずに茜とプニだけで怪人さん退治に出掛けられていたのもコレのおかげかもしれません。でもやっぱり何だかズルい気がいたしますの。
ふむむと唸っておりましたところ、プニが補足してくださいました。
「ただ勘違いしてもらっては困るのプニが、あくまで念話で送れるのはボンヤリとした感情だけプニ。しかも嬉しい〜とか楽しい〜とか悲しい〜とかそういう表層部分だけで、言語的なのはほぼ無理プニよ」
「ふぅむ。なぁんだ、ですのっ」
期待して損してしまいました。そう聞いてしまいますと、私の胸にくっついているブローチの通信の方が便利かもしれませんわね。
送信側こそ言葉を発さなければならないデメリットはございますが、受信側は周囲の誰からも聞かれるリスクもなく、直接脳内に内容を響かせることができるのでございます。
隠密性なら少しも負けてはおりません。
どちらも一長一短な感じがいたします。
「あ。でもそれって怒りの感情なら怪人の襲来とか、そういう暗号的な使い方はできるかもでして?」
「ほう。お前にしちゃなかなか鋭いプニねぇ。実際茜とはそんな感じで使っていたこともあるプニよ」
やっぱり。私のセンスを見くびっていただいては困りましてよ。大きくなったのは態度とお胸だけではありませんの。昔に比べたら思考力だってかなり増大しておりますのッ!
この三年間、ただ自堕落に過ごしていたわけではないのでございます。
ドヤりとした顔でプニと茜とを見つめて差し上げましたが、代わりに大きめの溜め息を吐かれてしまいました。それどころか二人して苦笑いなさっていらっしゃいますの。この感じ、とっても懐かしいのです。
「まったく。相変わらずプニね」
というようなやれやれボイスも聞こえてまいります。
ふっふん。なんか文句あるんですの? 何事も平常運転が一番でしょう? 変わらぬモノだってあるのです。
「あー懐かしいっ。美麗ちゃんにバレないように意思疎通して、そんでこっそり出撃してたこと、最初の頃は結構あったよねぇ」
「うむプニ」
「そんなんだーからお身体を壊すんですのっ。いったい私がどれだけ心配したか。今だって夜しか眠れませんですのよっ」
「ごめんごめんって。もうしないから」
したら怒りますの。隠し事はなしですの。
しかしながら、こうした何気ないやりとりについ頬が上がってしまいます。感情の見えない人形のような茜はもうここには居ないのです。
血肉の通った茜のお声が聞こえて、心が見えて、それがとにかく嬉しくて、嬉しくて……!
ほろり流れようとする涙を指で拭って、にっこりと誤魔化して差し上げます。
「感極まってるところ悪いプニが話を戻すプニよ。ずっと音信不通だったプニが、ここ最近になってようやく茜から信号が返ってきたのプニ。返ってきたのは喜びと、安心と、悲しみだったプニ。それが不可解で不穏で不安で、今日ここに連れてきてもらったという本音プニ」
「なるほどですの」
「えっとね。多分それ、やーっと記憶を手繰り寄せられた喜びと、信頼できる人たちがずっと傍に居てくれた安心と、今まで失ってきた時間や物事に対しての悲しみ、なんだと思うの。多分無意識に送っちゃってたのかも」
自嘲するかのようにくすりと微笑まれます。
いえ、正確には。確かに微笑んではいらっしゃるのですが、同時に微かに憂いを帯びた顔をしているようにも見えてしまいました。
どこか遠くを見つめる茜がゆっくりと語り始めます。
「……つい最近までの私はさ。ホント記憶がぐちゃぐちゃに絡み合ってて、何を考えたって入り組んだ迷路の奥みたいに真っ暗だったんだよね。
しかも思い出そうとすればするほど、頭の奥がジンと痛くなって吐き気もするの。
だからなるべく深く考えないようにしてた。
……そう。過去を振り返らなくて済むように気持ちイイことに逃げてばかりだったけれど。ホントはずっとずっと、怖くて痛くて仕方なかっただけなんだ。ただの言い訳、かもだけどさ」
「茜……」
たまに夢にうなされていたり、現実逃避をしているかのように見えたり、目の色を濁らせていたりすることもございましたが、そういう理由だったんですのね。
ここ最近になって貴女本来の明るさが垣間見えるようになってきていたのは……本当に貴女が御心を取り戻し始めていたからなのだ、と。
同時に必死に己と戦っていらっしゃったのだ、と。
そうでなければ今の貴女はここにはおりませんからね。
またも大事なところで蚊帳の外だったことには悔しさを感じてしまいますが、それ以上に、この子が己の過去を必死で見つめ直そうとしてくれていたことを知れて……私、とても、とっても……嬉しいんですの。
〝私だけの思い出〟を今再び〝私たちの思い出〟に戻すことができるこの喜びを、いったいどのような言葉で表現できるというのでしょうか。
最上とか至高とか究極とか、そんなある意味陳腐でありきたりな言葉なんて選びたくありません。
こういうときだからこそ。
むしろ、もっとシンプルな言葉でよいかと思っているのです。
ずっとずっと言いたかったのですけれども。
あえてずっと使わないでいたこの言葉を、今だからこそ貴女に送らせていただきます。
「茜。おかえりなさい。ずっと待っておりましたの」
「うん。ただいま美麗ちゃん。もう大丈夫だよ。完全復活にはまだもう少し掛かるかもだけど、多分それも時間の問題だと思う」
「ここまで来れたのなら、私はもうゆっくりでのんびりでも構いませんのよ。全然焦らなくていいですのっ」
私たちはもう、正義の味方として怪人さん退治に勤しまなければならない生活とはオサラバしているのです。
定期的に総統さんにねっとりとご寵愛いただいて、たまーに結社の皆様方にも可愛がっていただいて、常に己の自由と承認欲求を満たしていただける生活です。
貴女だって、皆様から愛していただける喜びを知ってしまったのでしょう?
もう危機感や使命感に怯える心配なんてございません。いいではありませんの。
しっぽりと享受させていただきましょうよ。
私と一緒に末長く暮らしてくださいまし。
そうですの。もっと、ずっと。
私の大切な人たちと、一緒に……!
……ええ。ですが分かっておりますの。
大切な人が、まだお一人足りておりません。
メイドさんに目を覚ましてもらわなければ、私たちには真の安寧は訪れてくださいません。
そうですの。
だからいつまでも寂しいままなんですの。
「……おい青ガキ。それと赤ガキ。そろそろいいナ?」
痺れを切らしたわけではなさそうですが、寄りかかっていた壁から離れ、一度も振り返ることもなくカメレオンさんが歩みを再開なさいます。
「あっと。お待たせいたしましたの」
すぐにその背中を追わせていただきます。
「美麗ちゃん。私も一緒に着いて行ってもいいかな? 私もメイドさんのお見舞い、しておかなくちゃ」
「もっちろんですの」
否定する理由がどこにございまして?
貴女だって彼女と同じ被害者なのです。連合側の都合のいいように利用されてしまった存在です。
貴女が深い眠りについている間、彼女の身には何が起きていたのか。改めて再認識していただくのがよろしいでしょう。
ついに役者が出揃いましたの。
今こそメイドさんにお会いするときです。