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ずっと……ずっと、ずっと

   

 茜が一歩ずつ近付いてまいります。

 もはや手を伸ばせば届く距離にいらっしゃいますの。


 残念ながらプニ箱を抱えておりますのでこちらから手を差し伸べることは叶いません。


 けれども彼女は私の代わりにこちらの腕を掴んでくださって、そしてほんの少しだけぎゅっと握りしめてくださいます。


 私はここにいるよ、と。

 もう独りじゃないよ、と。


 口こそあまり開いておりませんのに、何故だか彼女の温かさがそう物語ってくださっているように感じられてなりませんでした。



 十秒か、一分か、はたまたそれ以上か。



 しばらくの間私たちはそのままの体勢でおりましたの。


 何か明確な言葉を交わすこともなく、かといって触れ合った肌を離すこともなく、ただただ静かにお互いの温もりを確かめ合っていたような感じです。


 あれだけ先を急ぐぞと煽っていらしたカメレオンさんも今は壁に背を預けて俯いて待ってくださっております。よく見れば口角がほんのりと上がっていらっしゃいますの。


 まったく重度のツンデレさんなのですから。

 私たちの〝再会〟を邪魔しないようにと静かにしてくださっているのだと思われます。


 この人もこの人で性根はお優しい方なんですの。

 今は存分に甘えさせていただきましょう。



 正面に視線を戻します。


 茜の芯の通った瞳が私を見つめていらっしゃいました。


 包み紙の封を解くかのように、彼女はゆっくりとお言葉をお紡ぎ始めます。



「えっとね。実を言うとね。結構な前からハチさんやローパーさんに記憶の整理を手伝っててもらっててさ。

それでついこの間、かな。美麗ちゃんからお土産(メンチカツ)をもらったあの日をきっかけに……もうほとんど思い出せてたりするんだ。

地上で過ごしていた頃のこと。私たちが魔法少女だったこと。身体を壊してずっと入院しちゃってたこと……。うん。全部、覚えてる。今まで黙っててごめんね」



 にっこりと微笑みを見せてくださいます。


 テヘヘとはにかむような苦笑いではなく、まるで聖母のような優しさに満ち溢れた笑みですの。


 そうしてゆっくりと頭を撫でてくださいました。私の方が身長が高いですので、微かに踵を上げて背伸びなさっていらっしゃいます。


 それがとっても健気で、愛らしくて、酷く懐かしくて……。在りし日の淡いオレンジ色の記憶が私の心を一気に駆け巡っていきます。



 私は茜が居たから魔法少女として頑張れました。


 茜の為だから身を削って戦うことも苦ではございませんでした。


 全て貴女が共に立って居てくださったから、私は今日まで前を向いて生きてこられたのです。



  ねぇ。心から喜んでよろしいんですのよね……?


 これらは儚き夢ではございませんのよね……?


 私はもう、この心の奥底にひた隠しにした記憶のアルバムを、一人虚しく眺めるようなことは、金輪際しなくても……よろしいんですのよね……ッ!?



「あかっ……あかっ……にぇぇ……」


 湿っぽい空気は無しに、と。いつも通り気丈に振る舞おうとして差し上げましたけれども。


 絶えず迫り上がってくる安堵と興奮と喜びによって喉を通る息がうまく言葉になってくださいません。


 手元が震えて、目元さえも潤んで、頭の中がもうぐっちゃぐちゃになってしまって……!



「今までありがとね。心配、たくさんかけちゃったよね。お待たせ美麗ちゃん。もう大丈夫だからね」


 彼女なりに精一杯腕を広げて、プニ箱ごと抱きしめてくださいます。


 もはやこれ以上の言葉と態度も要りませんの。


 今の私にはあなたの温もりだけで充分すぎるほど暖かくなれるのでございます……ッ!



 しょっぱい汗がひっきりなしに流れてしまいます。


 これ以上の幸福はないのではと思えるくらい、心が豊かになれたせいなのでしょう。




「…………青ガキ。感極まってるところにすまネェが、ジャミング装置の取っ手ンところのボタン、一発だけ押してみナ」


 ふと、壁際のカメレオンさんが小さくお呟きなさいました。体勢は変えずにあくまで私たちの邪魔にならないようにそっと教えてくださいます。



「ふぅむ? これですの?」


 視界が潤んでよく見えませんので恐る恐る手で弄ってみます。確かにそれらしき突起が付いておりますの。思い切って押し込んでみます。


 すると。



 ブゥウィンという機械的な重低音を響かせながら、黒く覆われていた通信ジャミング装置の側面から少しずつ色が抜け落ちていきます、


 終いには完全に透明の姿へと戻ったのでございます。


 ガラス越しの赤い水饅頭の姿が再び直視できるようになりました。



 彼も茜の姿に気が付かれたのか、狭い中身でピョンコピョンコと飛び跳ねていらっしゃいます。


 プニカゴを手渡して差し上げます。


 顔の前まで持ち上げて、プニと同じ高さになって、私に向けてくださったモノと同じ微笑みを浮かべていらっしゃいます。

 


「お久しぶり。プニちゃん」


「久……しぶり、だプニよ。茜。ずっと……ずっと、ずっと会いたかったプニ」


 まるでこの装置まで涙を流し始めるのではないかというレベルの震え声っぷりですの。



「私もだよ。あれからずーっと〝念話信号〟を送り続けてくれてたんだね。気付けていなくてごめん」


「拒否されてるんじゃないかって心配になってたプニ。でもいいんだプニ。またこうして会えたプニから」


 ぷるぷると新鮮なゼリーのように身を震わせて、まさに全身で喜びを表現なさっていらっしゃいます。


 確かに、今思えばプニも可哀想でしたの。


 私はずっと茜の側に居られたからよかったですけれども。彼の方は三年間まるっと私たちと離れたっきりでしたものね。


 相棒の茜の健康状態はおろか、敵陣営(秘密結社)に拐われて安否もへったくれも分かったものではなければ、それこそ気が気ではなかったのでしょう。


 それどころか自身も味方陣営(連合側)に幽閉させられて孤立無援に等しい状態を過ごされていたわけですの。


 さすがの私でも他者への不安と独りぼっちの心寂しさを同時に味わった経験はございません。心中痛み入りますの。



 と。それはさておき。

 たった今私の聞き覚えのない単語が聞こえてきていたのですけれども。


 別に聞き流してもよかったのですが、私たちの仲に隠し事は無しの方向でいかせてくださいまし。


 ちょうどカメレオンさんも聞き耳を立ててくださっていることですし。



「あの。再会の雰囲気をぶち壊すようで大変申し訳ないのですけれども……念話信号って何ですの?」


「プニ? 美麗はポヨとやってなかったのプニか?」


「ええ。まったくもって。完全に初耳ですの」



 私の立派な疑問符型のアホ毛を見てくださったのか、プニが得意げになって続けてくださいます。

 

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