また会う日まで
それにしても、悲しいんだか嬉しいんだか。
「……なんだか寂しく思えてしまいますわね。また貴女をからかえない空虚な日々に戻ってしまうだなんて。捕まえてきた虫が餓死したような気分ですわ」
「さすがに私の認識酷くないですか」
「ふふふ。冗談ですの」
只今は花園さんとの最後の会話を楽しんでいるところでございます。ローパーさんは管理室へと向かわれました。忘れ薬とやらを持ってくるのでしょう。
はぁ。長いようで短かった尋問官生活もこれで終わりですのね。中々楽しかったですが、それは相手が花園さんだったからというのも大きな要因でしょう。
これからはまた新たな暇つぶしを探しませんと。
「……えっと、ブルーさん。なんだかんだありましたが、貴女に会えて嬉しかったです」
「どうしましたの。そんな改まって」
ふと私にしか聞こえないくらいの小さな声量で花園さんが話しかけてきました。その顔を見てみれば、先程までのある種の警戒心はどこにも感じられない、とても澄み切った表情をしていらっしゃいます。
「この記憶、忘れちゃうみたいですから。その前に、お伝えしておきたかったので」
「あら、案外可愛いところあるじゃありませんの」
生意気な子かと思ってましたが、自分を守るのに必死なだけだったみたいですわね。ゆっくり言葉を紡ぎ出すように彼女は続けます。
「……私、最初にブルーさんが敵側に寝返ったって聞いたときは結構絶望してたんです。でも実際にこうやって話してみたら、私が聞いていたよりもずっと親しみやすい方なんだって思えました。
……確かに嫌なことも酷いことも沢山されました。けど、今思えば本当に心の底から傷付くようなことは、一切されて無かったんだなって。
だから私思ったんです。ブルーさんが魔法少女だった頃も、案外こんな感じだったんじゃないかなって。根の優しいところとか、きっと今も何も変わってないんだろうなぁって」
「うふふ。それはどうでしょうね。
また会えたときに教えて差し上げますわ。
次来る時はお友達も連れていらっしゃいな。そのときは皆で堕ちるところまで堕ちて、一緒にスマブ○でもやりましょう」
「お、悪くないですね。でも私強いですよ? 是非ボコボコにしてやりますです。
……けど、多分そんな未来は来ないと思いますよ」
「ええ。私もそのほうがよいと思います」
せいぜい限界を迎えるまで健気に戦い続けてくださいな。
貴女は真っ当な世界に暮らす者。
対する私は世を捨てて理に背いた者。
そもそも住む世界が違っているのです。
もし地上で出会えていたら、もっと別の形で親しくなれていたのでしょうか。何かが変わっていたのでしょうか。残念ながらその答えは誰にも分かりません。
「ほら、今のうちに足の鎖を外して差し上げます。
立てますか? 自力で歩いてもらわないと困りますのよ」
「はい……なんとか」
ちょっと可哀想ですが腕の鎖手錠までは外せません。この期に及んで脱走の恐れはないとは思いますが、あくまで念の為です。
どうやら……大丈夫そうですわね。ちょっと足腰がふらふらして覚束ないですが支障はないでしょう。檻から出るのをエスコートして差し上げますわ。
そうこうしていると、やがて後ろの方からはぬるぬるぴちゃぴちゃという独特な足音が聞こえてきました。
どうやらローパー怪人さんが戻ってきたようです。
「待タセタ。コレガソノ薬ダ。
下手ニ途中デ抵抗サレテモ困ルカラナ。
飲ンダラ直グニ気ヲ失ウヨウ調整サレテイル。
次ニ目覚メタ時ニハココニ来ル以前ノ自分ダ。最初ハ戸惑ウダロウガ、勝手ニ理由付ケテ納得スルダロウ。デハ、ぶるー。コレヲ」
「かしこまりましたわ」
手渡されたのはカプセル状の製剤でした。赤と黄色という中々毒々しい見た目をしております。
「さ、お口を開けて」
「……んあ」
「いい子ですね」
私は彼女の口にソレを放り込みました。咽喉の上下を確認いたします。水無し一錠とは便利な世の中になりましたわね。
「では、機会があればまたお会いましょう」
「……は……い……」
「おっと」
ふらっと力無く倒れ込む彼女を前から支え上げます。なるほど確かに即効性が凄まじいですわね。
「悪イガ転送装置マデ運ブノヲ手伝ッテモラエルカ」
「ええ、喜んで」
くぅくぅと寝息を立てる彼女を静かに背負います。まぁこれくらいは何ともありませんの。せいぜい重い鞄程度の感覚ですわ。腐っても鯛、〝元〟を舐めてもらっては困ります。これでも成人男性くらいなら簡単に持ち上げられますのよ。
前を歩くローパー怪人さんの後に続きます。
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ローパー怪人さんの後に着いていくと、おおよそ距離にして200mほど、長い長い通路の先に辿り着いたのは、やけに天井の高いだだっ広い空間でした。
部屋の中央の床には三つの大きな円が描かれており、それぞれの縁が青白い淡光を放っております。
例えるならば熱くない巨大なガスコンロといったところでしょうか。どこか黒魔術的な感じがして厨二心をそそられてしまいますわね。
「なるほど、この場所が……」
「ナンダ、此処ニ来ルノハ初メテカ」
「ええ。私たち外出は禁じられてますもの。ここへの立ち入り自体基本的にあり得ませんわ」
話には聞いていましたがここが転送室なんですのね。ここから毎日怪人さん方が各地へ外回り営業に行っているわけですか。
「この円はどこに繋がってるんですの?」
「アル程度ノえりあ内ナラ好キナ場所へ転送出来ル。コノ娘ノ場合ナラ捕ラエタ付近ノ公園ガ最適ダロウ。ソノウチ通行人カ誰カガ異変ニ気ガ付クハズダ」
「中々便利ですのね」
是非私の部屋にも設置してほしいですわ。しっかしどういう仕組みで転送先を設定しているのでしょう。夜中にこっそり利用しに来て外のお散歩を企ててみても面白そうですが、使い方を知るまでは触らない方が無難ですわね。*いしのなかにいる*とかになったら悲惨ですもの。おまけに戻ってくる方法も分かりませんわ。
「既ニ準備ハ出来テイル。円ノ中央ニソイツヲ寝カセロ。転送ヲ開始スル」
「はい。あの、手錠を外して差し上げてもよろしいですか?」
「……好キニシロ」
「ありがとうございます」
この子中々に服がボロボロになってますからね。このまま転送先で強姦魔に襲われたりでもしたら目も当てられません。
私であればそれもまた一興ということで丸く収まるのですが、この子にそういう性癖はないでしょう。最悪再起不能のトラウマにも成りかねませんし、せめて抵抗できるようにとの私なりの配慮です。
左右を繋ぐ手錠の鎖をバキリと叩き割ってから、彼女を青白い光の中に横たわらせます。
私が円から離れると、辺りの青白い光がぐっとより一層眩く輝き始めました。徐々に中央に光が集まっていき、段々と彼女の姿形を包み隠していきます。
やがて。
「行ってしまわれたようですね。
また会う日まで。私の後輩さん」
ものの数秒後にはその円の中に居た花園さんの姿は跡形もなく消え失せ、青白い光はすっかりと静寂を取り戻しておりました。
無事にあちら側へ到着しているといいですわね。
貴方の魔法少女としてのご活躍、この地下深くでひっそりと楽しみにしておりますわ。
あ、そうですわ。私決めました。
そのうちお忍びで様子を見に行きましょう。
外出の許可を得るまでが大変そうですが、総統や怪人さん方のお願いを聞き続けていたら、きっと許していただけるに違いありません。こういうのは信頼が大事ですもの。暇つぶしの為なら多少は頑張れますの。
あんなに外の世界にうんざりしていたというのに、私ったら軽い女ですの。少しだけ興味が戻ってしまいました。
まったく、今頃外の世界はどうなっているのでしょうね。私と茜が現役で頑張っていた頃のように、今も仮初の平和を保つ為、日夜ヒーローたちや魔法少女たちが身を粉にして戦っているのでしょうか……。
怪人さんに聞けば多少は教えてくれるでしょう。けれどこの目で見ない限りその真相は分かりません。
今の私に出来るのは、高い天井のそのまた遠い向こう側に、空虚で切ない思いを馳せることだけなのです。
捕らわれた魔法少女編、これにて終了です!
見習い魔法少女の花園桃香を使い捨てキャラにするつもりはございません!
また登場させますのでご安心ください!
さてさて。
この後何度か単発の日常パートを挟んだのちに
いよいよ過去編に移りたいと思っております!
これは大長編になる予感……っ!?
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