オールドタイプ
今思えば、ですの。連合連中が私のお家に侵入してメイドさんを誘拐できたのだって、内側にいたポヨ自身が裏で手を引いていたとすれば筋が通っておりますの。
今更遅いかもしれませんが、彼の行動にもいくつか不審な点があったと思うのです。
時折私の知らない誰かと通話していたり、病院に駆け付けようとしていた最中に何故だか引き返すように促してきたりと……不自然さの塊でしたの。
実際、疑わしきは真っ黒であったのですけれども。心のすれ違いがあったのはまず間違いないでしょう。
「……ポヨ……でも、ホントにどうして……?」
私、そんなにワガママなことを言ってましたの……?
自身と身の回りの方々の幸せだけを祈ることが、そんなにも罪なんでして……?
この手で彼を握り潰してしまったことに全くの後悔がないわけではございませんが、私の手で数多の蛮行を止められたのだと思えば、少しは納得もできますの。
あのビチビチとした感触は一生忘れられそうにありません。指の隙間から漏れ出た生温かなジェルは……まるで新鮮な血肉のようで……もはや私にとってはトラウマや呪いに近しいモノなのかもしれません。
自ずと小さな溜め息が零れてしまいます。
「残念ながらポヨはもうここに居ないプニ。けれども連合の掟には罪には罰をの文言があるプニ。
悲運にも引き起こされてしまった傷害事件の揉み消し用として、また新たに槍玉に上げられたのが……ポヨと同機種だったプニと……その場から都合良く姿を消した魔法少女の美麗だったというわけプニね。お前の記憶にも新しいかもプニ」
しょぼしょぼとした瞳がこちらに向けられております。申し訳なさが2割、諦めの気持ちが3割、湧き上がる悔しさが残りの5割といった具合でしょうか。
「くぅぅ……今でも腑に落ちませんの」
「気持ちは痛いほど分かるプニが、残念ながら無駄に辻褄が合ってしまったのプニ。貴重な魔法少女の二人を一度に失わせて、挙げ句の果てには敵側に引き渡してしまった無能な装置と、その離叛を実行した罪深き裏切り少女という二大構図が成立しているプニからね……」
プニのお言葉に、翠さんも花園さんも、そして私自身も皆一様に口をへの字に結んでしまいます。
だってそう言われましてもッ!
私としては身を守る為に隠居せざるを得なかったワケなのですしッ!
もちろん陽当たりのよい日常と魔法少女の力を失ってしまいましたが、心身的にはそれくらいの変化しかございませんでしたの。
その後に施していただいた改造手術だって微々たるモノですし。あの頃より格段に大きくなったお胸だって、言ってしまえば完全に成長分の範囲内ですもの。
腕を組んで持ち上げてほんの少し強調して差し上げましたが、苦笑いを返されてしまいました。
「お前の気楽さがありがたいプニよ。では続けるプニ。
あの事件のせいで病院施設は半壊、おまけに貴重な変身装置の一つも木っ端微塵と、連合の被害は充分すぎるほどだったプニ。また内々の者が絡んだ事件ともなると、誰かを処罰しなければ到底お上が納得しない状況だったらしいのプニ。
プニもお前も、ある意味ではスケープゴートとしては最適の存在だったというわけプニよ」
「ふぅむぅ……ぐぬぬぬぅ……」
崩れかけた壁と私とを交互にお見つめなさいます。
まったく。どうして連合はすんなりと手切れさせていただけないのでしょうね。辞めるときでさえ都合の良いように利用されてしまったということでしょうか。
だからお排泄物ブラック組織なんですの。
はたして連合陣営はどこまで人を貶めれば気が済むのでしょうね。排他的という言葉が実にお似合いです。
まぁでも、実際のところ病院施設を破壊したのは総統さんなのですが、私が連合側から脱退して逆に悪の秘密結社側に籍を置くようになったというのは本当のことですからね。
裏切り少女という呼び方自体はあながち間違っておりません。
今は私も茜も、結社で働く皆様の為に汗水垂らして奉仕活動に務めさせていただいておりますの。連合の戦力だった人材が、そっくりそのまま結社側に移動しているのは紛れもない事実なのです。
ただ全体を見てたら被害状況としては何一つ間違っておりませんわね。
また結果的に見れば残っていたプニだけにダメージが集中してしまったのもそんなにおかしな話ではなかったのかもしれません。
ですけれどもっ!
「でもこれってやっぱりプニにはほとんど関係がありませんわよね? とんだとばっちりも甚だしい内容ですわよね? だってプニ自身は……ずっと蚊帳の外に居らしたんですもの」
「八つ当たりさせてもらえるならぶっちゃけその通りプニ。まぁでも、当時の連合の状況を考えれば本部の言い分も分からんでもないプニね……。理不尽な破壊処分に至らなかっただけ何倍もマシと言えるプニ……」
「それでは不幸中の幸い、ということで?」
「うむプニ。止むを得んプニ」
あらあら。前向きさが羨ましいですの。
私ならイライラや破壊的衝動に身を任せて日夜暴れ回っていたと思いますのに。
お一人だけ常世から隔絶させられてしまって、随分と気の毒な思いをさせてしまったようですわね。
私が悪いわけではございませんので反省こそいたしませんが、旧友に同情して差し上げるくらいの優心は残しているつもりです。
プニは別に嫌なことはしてませんもの。
同情に慈悲を掛けて憐れみで割ったような目を向けて差し上げます。
もう一度両手で受け皿を作って差し上げると、ふわりと手の中に飛び込んできてくださいました。
そうして見つめ合うことほんの数秒。
思いの外晴れやかなご表情をなさっていらっしゃるように見えましたが、それも一瞬のことでございました。
またすぐさま眉をハの字にお下げなさいます。
「……ただ、ここ最近になって状況が変わったのプニ。長らく敷かれていた軟禁が突然解除されたプニ。始めはお前らの後任不足が顕著になって、ついにはプニまで駆り出されたのかと思ったプニが……」
あ、それ総統さんから軽く聞いたような記憶がございますの。確か何だかんだで私と茜に代わる人材が見つからなかったんですのよね?
だから急遽方針を転換なさったんでしたのよね?
その為、私と茜は今は伝説の魔法少女として後代に語り継がれているらしいのです。任期も一年に満たないただのルーキー魔法少女が、ヒーロー連合の〝伝説〟となってますの。
お笑い草も甚だしくてよ。
私の存在が広告塔として都合よく使われてしまっているこの現実に本当に腹が立ってしまいます。
独りぷんすかしておりますと、苦笑いを色濃くしたようなご表情のプニが静かにお話をお続けなさいました。
「極秘技術というモノは三年も時が経てば大きく進歩しているのプニ。ましてヒーロー連合は政界や資産家たちが密接に絡む国家的なプロジェクトプニ。世の中の数倍は進みが早いのが定石プニ」
「ほへぇ……」
「だから、今やプニはすっかりオールドタイプの一員になってしまったプニよ……。今の子たちには一人一体の自立型変身補助装置は必要なくなっているプニ。おまけにほんの少しの適性さえあれば誰でも魔法少女になれる――いわゆる簡易変身時代が到来したプニ」
「ふぅむ?」
それってつまり? 花園さんや翠さんにはポヨやプニのような相棒マスコットが付いていないってことですの?
「プニの今の仕事は、本部から降りてくる指令をこの子らに伝えるだけの名ばかりの司令官プニ。またの名を、処分という名の肩叩きを待つだけの、孤独で哀れな窓際族プニね……」
「あらぁ……それは……」
お気の毒に、という言葉は喉奥で止まってしまいました。
遠い目をしたプニの姿が、ずっと小さく見えてしまったからかもしれません。