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信じるかどうかはお前次第プニ

 

 ごきゅごきゅ、ぷはっ。

 ごっきゅんごきゅきゅっ、ぷはっ。


 あ、全然ダメですの。いくら飲んでも動悸が収まりませんの。すぐに容器が空になってしまいました。


 喉を軽く潤したくらいでは全然落ち着けそうにありません。それどころか飲んだ分だけ冷や汗として体から出て行ってしまいそうな錯覚さえございます。



 いきなりプニがご登場なさるだなんて。少なくとも今日の私のスケジュールには一切書かれていないのです。



 プニとの再会は魔法少女を辞めた日以来となります。


 不死鳥男と一角獣男を総統さんにブチのめしていただいたのち、連合の息のかかった病院から脱出する最中に、茜を救出したときのこと……。

 

 あのときは詳しい説明をする暇もなく、とにかく急いで目の前からサヨナラしてしまいましたからね。


 突然敵のトップと共に現れたかと思ったら、有無を言わさず寝たきりの相棒を連れ去られてしまった彼のお気持ち、今考えると正直忍びない気がいたします。


 その後はもちろん連絡を取り合えるわけもなく、また茜の状況をお伝えできるわけもなく。ある意味では今日まで秘密にせざるを得なかったといっても過言ではありません。



 プニとは別に喧嘩別れをしたわけではございませんが、久しぶりの再会を祝うというよりも、秘密に秘密を重ねて来た今までを思うと……どことなく気まずさを感じてしまって……言葉に詰まってしまいますの。


 なんとなく、直視するのが怖いのです。



「美麗、どうして目を逸らしてるプニか。こっち見ろプニ」


「べ、別に。大した理由はございませんの」


「……まぁ、お前の考えも何となくは察せるプニよ」


 仕方なく横目で確認して差し上げますと、どうしてか慈悲を含ませたような視線がこちらに向けられていました。


 私の気を引くように大きく縦にジャンプなさいます。そのせいでちょこまかと視界が忙しいのです。感嘆している暇さえございません。


 ……はぁ。分かりましたわよ。

 埒が明きませんの。腹を括って差し上げますの。


 両手のひらを寄せて受け皿を作って差し上げます。そうして彼の目の前に近付けますと、ぴょいと弾んで乗り込んでくださいました。


 そのまま顔の前まで持っていきます。

 点のような瞳がこちらに向けられております。



 ああ。この感触、酷く懐かしいですの。

 プニの身体、ほんの少しだけヒンヤリとしております。

 

 夏場の今はとてもありがたい温度感ですが、柔らかでスベスベとした触り心地は……一歩間違えれば私の中に眠る黒い記憶を呼び起こしてしまうトリガーともなり得るのです。


 このモチモチを手のひらに乗せていると、その……かつての相棒(青色のポヨ)をこの手でグチャグチャに握り潰したあの日の感触までもが、ずくりと脳裏によぎってしまって、少しだけ暗い気持ちになってしまいます。


 今はもうドス黒い衝動がこの身と心を支配する心配はございませんが、言いようのない不安に苛まれてしまうのは紛れもない事実なのでございます。



「…………どうも。お久しぶり、ですの」


 どうにかごまかそうと挨拶を挟みましたが、無意識のうちに唇の端を噛んでしまっている私がおりました。



 眼前には悲しそうな目をしたポヨの姿がございます。



「……その姿、魔法少女とは似て非なるものプニ。本当に辞めてしまったのプニね。それに微かに怪人の気配も感じるプニ。……非常に、残念でならんのプニ」


「あの後私にも色々ありましたからね。少なくとも昔に戻る気はサラサラございませんの。お説教なら間に合っておりましてよ」


「分かってるプニ。そんなつまらないことで時間を無駄にはしたくないプニよ。今日は、建設的かつ前向きに話を進めたいのプニ」


 ガミガミキャラはどちらに行ってしまわれたのでしょうね。とはいえ余所余所しいのはお互いさまですの。



 私たちの間に漂うどこか固くて冷たくてどんよりとした空気に、二人して言葉を失ってしまいます。


 彼の視線が突き刺さりますの。


 決して責めているおつもりはないのでしょうが、どうしてかそのように感じてしまって……。


 私の唯一の後ろめたさというか、過去の腐り傷を抉られてしまっているような気がして……!

 この手でポヨを殺めたことを……今まさに問い詰められようとしている気がして……!


 どうしても心が暗くなってしまいます。



 静かにプニがお続けなさいます。



「いいか美麗。プニがここに来た理由は一つプニ。プニも一緒に話を聞かせてほしいんだプニ。お前が悪人側に寝返った理由や、あの日に起きた〝真実〟を嘘偽りなく教えてほしいだけだプニよ。茜のこと、ポヨのこと、そして……お前のことをプニ」


「う、ううっ……」


 ほらやっぱりそうですのっ……!

 聞きたいのはポヨと茜の話題ですの……!

 最終的にはきっと責められてしまうに違いありませんのっ……!


 にしても悪人側とは随分と断定的な言い方をなさいますわね。そう仰りたいのも理解はできますの。


 プニはヒーロー連合によって製造されたイチ変身装置に過ぎないのですから。


 基本的にヒーロー連合が正義で怪人組織が悪なのです。一般的に見ればその構図自体に間違いはないのでしょう。



 分かってはいてもちょっとだけムッとしてしまいます。


 プニにとってはただの邪悪な怪人組織でしかなくとも、私にとっては命の恩人にあたる大切な秘密結社の皆様方なのです。


 ある意味では茜の看病に専念されていて、ポヨの暴走の蚊帳の外にあったアナタには、想像も出来ないことかもしれませんけれども……!



 私にだって沢山の葛藤と苦悩とがございました。

 あの頃は諦観の先の希望にただ縋り付くしかできなかったのです。


 苦肉の策とも決死の覚悟とも言える修羅場をいくつも乗り越えてきて、やっと掴み得た今を教授させていただいている真っ只中なのです。


 悪人という一言をサラリと受け流せるほど、私の恩情は冷めきってはいないのです。



「……分かりましたの。でもそれならばっ! 私もアナタがなぜ今〝司令〟と呼ばれているかっ、色々とお聞かせ願いたいものですのっ!

大層ご出世されたようで何よりですわね。居なくなった茜を簡単に諦めて、今度はこんなに可愛らしい女の子二人を唆して手駒になさったんでして? それがヒーロー連合のやり方?」


「お姉さん! そんな言い方しなくても! さすがに酷いと思います! 今すぐ撤回してください! 司令はそんな方じゃ!」


 プニを庇うように花園さんが飛び出しました。私の腕を掴んで、無理やり彼女の方を向かせられてしまいます。


 その瞳には明確な怒りと、何故だか決意の光までもが一緒に灯されていらっしゃいました。



「司令には私の方から伝えさせていただきました。今日ここでお姉さんに会うこと、そして、これから翠ちゃんのお姉さんのお見舞いに向かうことも全部。叶うなら司令も同伴したいんだそうです。事前にお伝え出来なくて本当にごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げられてしまいます。勢いに押されてしまって、返す言葉が上手く出てきてくださいません。



 注目先を移させるかのように手のひらの上のプニが跳ね始めます。



「別にプニはお前と喧嘩がしたくてここに来たわけじゃないんだプニ。桃香から軽く聞いてはいるプニが、やっぱりプニはお前の口から何が起きたかを聞きたいんだプニよ。

……分かったプニ。まずはプニの方からあの後起きたことを話すプニ。信じるかどうかはお前次第プニ。だから、まずは心を開いてくれプニ」


「ふぅむぅ……うぐぐぐぐぅ……」


 真剣そうな瞳が向けられてしまいます。


 正直悩ましいですの。

 ほとほと困り果ててしまいそうですの。


 腑に落ちたかと問われたら嘘になってしまいますが、ここまでまっすぐに二人にグイグイと来られてしまっては呑み込む他に選択肢がないではございませんの。


 ふと目を泳がせた先には翠さんがいらっしゃいました。彼女も彼女で何も言わずにただ目を閉じて壁に寄りかかっていらっしゃいます。


 思うことは多々あれども、今はもう聞くモードにお切り替えなさっているようです。



「……分かりましたの。お話くださいまし」


 私だって知りたいのは事実なのです。


 地下に身を隠した後、地上では何が起こっていたのか、仮初の伝説が捏造された理由も判明するかもしれません。



 暑い夏の日陰にて。

 嫌気が差すほど生ぬるい風が頬を撫でていきました。


 一瞬の静寂の後、絞り出すようにしてポヨがゆっくりと語り始めます。

 

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