ドッパドパのドパ
「えっと、お疲れ様でした、で合ってますよね?」
「合ってますの。多分」
駆け寄った彼女がスカート衣装の内側からスポドリをお取り出しなさいました。それも2本もです。私と翠さんの分のようですの。あまりの唐突さと用意周到さにビックリしてしまいます。
一応受け取ってゴクゴクと喉を鳴らさせていただきますと、汗を吹き飛ばすよえな心地の良い爽快感が私の身体を駆け抜けていきました。
数秒足らずでスンと心が落ち着いたような気がいたします。
ただ、それと同時に今になってどっと疲労を感じ始めてしまいましたの。
こういう本気のとき、つまりアドレナリンがドッパドパのドパのときは気を休めた際に一気に倦怠感が襲いかかってきてしまいがちなのです。だからこそ耐えませんと。
現役を離れて久しいからこそ、集中力のオンとオフの切り替えがハッキリしすぎているのかもしれません。つい最近まで切り詰めた緊張とは無縁の生活を送っていたせいもあるかもですの。
普段の鍛錬ですと無意識的にリミッターをかけてしまうのか、せいぜい気持ちのよい汗をかくだけで済んでしまうのですけれども……!
それこそ今は立ちくらみがしまうほどなのです。
「はっふぅ……連戦や長期戦となっていたら……結果も変わっていたかもしれませんわね」
日陰に移動して、どっこらと腰を下ろします。
壁に背中を預けてゆっくり息を整えますの。
いくら私がスーパー天才的な戦闘娘ちゃんだとしてもブランク自体には勝てませんからね。体が実戦を思い出すまでにはもう少し掛かりそうです。
私の左右に現役ちゃんがお佇みなさいます。
特段に距離を測られるわけでもなく、かといって近付きすぎているわけでもなく。
せいぜい横目に映るくらいな適度な距離感を保っていてくださっているのが逆にそわそわいたしますの。
ただ、拳を交えて何かを感じてくださったのか、当初放っていた警戒心はだいぶ薄れているような気がいたします。
まるで名乗る前に協力して爆弾探しをしていたときのような……?
こちらは私の願望もあるのでしょうけれども。
「…………あの、お姉さん」
「ふぅむ?」
言葉を選ぶかのようにピンクさんがお声掛けくださいました。こちらはあくまで自然さを装うために崩れかけた外壁を適当に眺めながら相槌を打って差し上げます。
「お姉さんの戦法って、いかにも〝不意打ち騙し討ちなんでもござれ〟な感じなのに、なーんか憎めないっていうか、イラっとはしなかったんですよね」
「ん? それ褒めてますの?」
「一応、です。側から見てても分かるんですけど、卑怯とはまた別の方向で……かといってコメディ全振りでもなくて実は思いの外ただまっすぐっていうか」
「ふふん。分かってるじゃありませんの」
己の身動きが取れなくなる前に少しでも自分が動きやすいように状況を操作する……その基本理念に気付いてしまえば別に小難しいテクニックは必要ないのです。
ボロッボロに敗北した以降は安心安全に優位に立つことを心掛けるようになりましたからね。玉砕覚悟なんてのは基本的に無駄の一言で、耐え忍ぶことだけでは前には進めないことを身をもって知りましたの。
「昔……いえ、お姉さんが現役だった頃からずっとそんな感じだったんですか?」
「まさか。今がスギの木くらいのまっすぐ感だとしたら、過去の私はそれこそタケノコくらい実直で脳筋ちゃんでしたの。曲がり方さえ知らない不憫な性でしたわ」
向こう見ずで省みずな猪突猛進スタイルを貫いておりましたわね。それこそ己の腕っ節一つでどこまでも突っ走ってしまうような……!
お淑やかなお嬢様の皮を被ったお転婆さんでしたの。
それだけではございません。私なんかよりも更にまっすぐで芯の太い茜もおりましたから、二人合わせたらもうプロ野球選手もビックリなド直球系魔法少女ユニットだったのでしょうね。
冷静に振り返るとトンデモなく末恐ろしいですの。恥ずかしさも山々ですが、対峙された怪人さんたちもお気の毒です。
でも、現役ちゃんが側に居てくれる今だからこそ……少しくらいは過去を懐かしんでもバチは当たらないかもしれませんわね。
「うふふ。もしやお二人とも、私の華麗で優雅な美談を聞きたくて?」
「気にならないというのは嘘になりますけど!
司令から耳にタコが出来るくらい聞いてますから、間に合ってます」
あら残念ですの。三日三晩寝ないで語れるくらいには沢山のエピソードが詰まっておりますのに。ちなみにこれは建前ですの。
本音を言ってしまえば、メイドさんが昏睡される直前の出来事まで順を追って説明できるチャンスでしたのに。円滑な説明の為には前提の確認もあった方がいいのでございます。
というよりまた司令さんとやらが出てきますのね。誰なんですの、その人。私のことを随分と知っていらっしゃるようですけれども。
「差し支えなければ……司令さん? とやらのご説明をいただいてもよろしくて? おあいにく、私少しも存じ上げなく――」
少しも存じ上げなくて。
そう声高らかに言い放って差し上げようとした、その瞬間のことでした。
私の前方数十センチメートルほどのところに、何やら拳大の赤桃色の塊が飛び出してきたのでございます。
ピョイーンともプヨーンとも言えそうな、柔らかみある弾み方をしてましたの。
角度からするとピンクさんの胸元の辺りからでしょうか。地面に触れると反動で勢いよく数回ほど飛び跳ね転がります。弾性力が優れている証拠です。
よく見れば独りでに蠢いているようにも見えます。もにょもにょと、うにょうにょと。パッと見は色付きの水まんじゅうみたいです。
コレ、どこかで、見たことのあるような……!?
それどころか、とっても懐かしい心地がいたしまして……!?
驚きの声が漏れ出でるのが先か、それともこの目のピントがバチリと合うのが先か。
いえ、話しかけられるのが最も先のようでした。
「――美麗。久しぶりだプニね。三年以上ぶりの再会だプニ。元気そうで、何よりプニ」
「あ、ちょっと司令! 勝手に出てきちゃダメですよ! いくらお姉さんとお知り合いだからとはいえ!」
「別に構わんプニ。どうせどこかのタイミングで出て来なきゃならんかった運命プニ。だったら話題に挙がった今が最適プニ」
「もう……勝手なんだから」
つるつるスベスベのもちもち肌に口なんて付いているはずもございませんのに、どうしてか明確に声として認識できましたの。
かつてカバンの中から嫌というほど聞き馴染んだあの声です。
ぷるぷると震えつつ、意図をアピールする為かぼるんと一回大ジャンプなさいます。
初めの頃は私のことを虫ケラ扱いしていたのに、適合率が上がった頃から少しずつお認めくださったツン比率6、デレ比率4な稀有な存在さん……ッ!
そうですの、この赤大福マカロンさんはッ!?
「はぇ……!? うそ……!? あなたまさか〝プニ〟ですの!? 茜の変身装置の!? あの子の〝元〟相棒の!? 私たちと常に一緒にいた、あのッ!?」
「ああ。そのプニだプニ。ただし〝元〟は余計だプニよ。失礼プニ。勝手に終わったことにするなプニ」
かつて茜が魔法少女だったときに、その相棒として変身装置の役割を担っていた――プニがここにいらっしゃったのです。
突然現れた見知った存在の姿に、早くも脳がパンクし始めてますの。深呼吸程度では少しも収まる気がいたしません。スポドリ飲んでおきましょうか。
高鳴る鼓動を感じつつ、喉を通り抜ける冷たさに心をリフレッシュさせていただきます。
茜が目覚めた。プニも来た。
あと足りないのは、ねぇだあれ?