馬乗り拘束
キャットファイトと呼ぶにはあまりに激しくも清々しい、まさに一進一退な近接格闘を繰り返します。
左ジャブを躱して右ストレート、左フックをいなしてからの右アッパー、浅めに入った腕を絡め取られてしまって肩チョップ被弾、逃れるために屈んで下段に向けての足払い、ジャンプで避けるついでのカカト落としッ!
ゼロ距離ゆえ、お互いに連撃を繰り出す他に選択肢はございません。
平面の攻撃だけでは味気がありませんので、途中に飛び膝蹴りを挟んだり大きく後方宙返りで避けたりと、立体的な動きを加えて華やかさを演出いたしますの。
機敏さ、破壊力、耐久面、どれをとっても私の方がやや優勢といったところでしょうか。
着地と同時に肘鉄タックルをぶちかまして差し上げます。体制を崩された彼女の隙をついて、そのまま飛びついて押し倒しますの。勢いに身を任せて固い地面をゴロゴロと転がります。
揉みくちゃの取っ組み合いです。もはや魔法少女のマの字も関係ないただの肉弾戦ですの。
ときおり馬乗りになったり、なられたり。
勢いに任せて殴られたり、殴ったり。
抵抗して蹴ったり蹴られたり。
ただしお互いに引っ掻いたり噛み付いたりはしないのです。だってカッコ悪いですもの。
時間が経つうちに少しずつ被弾の回数が減ってまいりました。最終的には私が上になる形で、横転が静止いたしましたの。
お互い息も絶え絶え甚だしいですが戦闘自体はまだ終わっておりません。どちらかが諦めるまで、もしくは第三者からストップの介入が入るまで、決してこの手を止めてはならないのです。
「……こっ、のぉッ……どけぇ……!」
「嫌ですの! おだまり、なさいましィッ!」
とにかく腕が動くうちに攻撃を続けておきます。お顔は跡に残ってしまいますから避けておきましょう。
強い乙女からのお情けですの。肩口や腰骨周りなど、殴るのは比較的丈夫で傷の残りにくい箇所に限定して差し上げます。
当然こちら側の拳も痛んでしまいますが仕方ありません。
ボカボカという鈍い音が、いつしかポカポカという軽い音に変わっていきました。腕を振り上げるのも億劫になるほど、それなりに長い時間、拳を振るってしまっていたことに気が付きます。
いつのまにか抵抗さえされなくなっておりました。
「……はぁっ……はぁっ……」
「…………くっ…………!」
「……まだ……お続け、なさいま……っ!?」
――ふと、手が止まってしまいましたの。
悔しそうな涙を浮かべるグリーンさんのお顔がこの目に映ってしまったのです。
固く握られた拳が妙に生々しくて。
決して負けられないのに、何もできない。
そんな思いが直に伝わってきてしまいます。
かつての私を見ているようでした。
既に抵抗する元気も残っていないのか、ガードの構えを取られることもなく、また反撃の様子もなく、ただただ口の端をぐっと噛み締めていらっしゃるだけなのです。
「アナタ……っ……」
ほんの少しだけ身体を浮かせて拘束を緩めて差し上げます。けれどもやはり少しの抵抗も飛んではきませんでした。
もうこれ以上殴らなくてもよいのかという安心感と、この拳に感じるじりじりとした痛みと。
勝利の美酒として味わうにはあまりにほろ苦くて、後味の悪い後ろめたさに、少しだけ沈んだ気分になってしまいましたの。
馬乗りになったままお尋ねいたします。
「……ねぇグリーンさん。悔しいですわよね。いくら頑張っても勝てないのって。
うんざりいたしますわよね。どんなに血反吐を吐こうと、ひっくり返ってくださらない戦況ってのに」
「…………そんなの、当たりっ……前だ……っ!」
キッと睨み返されてしまいましたの。
無理もございません。劣勢なときにこんなことを言われたら、どんな聖人であってもイラっときてしまうはずです。
ただ、やはり口だけの強がりであって、肉体的な反撃はやってきません。もう既に彼女に力が残っていないか、それともその気力さえ失われてしまったか……言葉尻から察せるのは前者ですの。
やり過ぎたとは思いませんが、今になってこの模擬戦の不毛さを実感してしまって、痛む拳に空虚さが溢れていて……ズンと気持ちが重たくなってしまいます。
あえて言葉を続けさせていただきますの。
「何も変わらずとも死なないだけ全然マシですのよ。失うのはチンケなプライドだけで十分なのです。ご安心くださいまし。私は奴らとはちがってお命まで奪うつもりはございません」
馬乗り拘束を解除し、上から退いて差し上げます。横たわる彼女の傍らに三角座りいたしますの。
今になって気が付きましたが私の方にもいくらか青痣ができてしまっているようです。じりじりと熱を帯び始めておりますの。
今までのは命のやりとりを行わないエキシビジョンマッチだったとはいえ……じわじわと痛む生傷がこの戦闘の現実性を実感させてくださいます。
でも、やっぱり、私。
嬲るのは好きではありませんの。
どうしてもあの日を思い出してしまいますから。
忘れもしない、魔法少女を辞めた日。
私たちは一方的に嬲られる側でした。
「…………貴方のお姉様には抵抗する力も残されておらず……連合側の連中にただ一方的に痛ぶられておりましたの。私を誘い出す為だけに拷問されて、身体の至るところから血を流されて……見るも無残なまでに虐げられていたのです」
「……いきなり、何を……!?」
「私はあのとき何もできませんでした。奴らに一矢報いることさえ叶いませんでしたの。圧倒的な力を前に唯一行えたことと言えば、この身を挺して矛先を向け変えさせることだけ……。
とにかく弱くて脆い自分自身を恨みましたの。そして、冷たくて理不尽なこの世界を呪いましたの。
私がいったい何をしたんだろう、私たちがどんな悪事を働いたのだろう、と。答えなんてものはどこにも転がってはおりませんでした」
もしかしたら不死鳥男と一角獣男の気まぐれに弄ばれてしまっただけなのかもしれません。そうであってもそうでなくても、あまりに理不尽すぎだと思いましたの。
魔法少女に嫌気が差していた私ならともかく、保護者のメイドさんが巻き込まれる必要性なんて一ミリもございませんでしたの。
優しくて温かかったあの人に、悪夢のような火の粉が降りかかる必要なんて……ッ!
「不運なんて言葉で片付けたくはありませんの」
気を失われる直前にも、メイドさんは私の無事と自由を祈ってくださいました。今の私は彼女が最後の砦になってくださったからこそ存在していると言っても過言ではないのです。
ヒビの入ったこの心がバリバリに砕け散らないのも、全てはメイドさんが支え留めてくださっていたおかげなんですの……!
おおっと。このお話するのはまだ早かったですわね。
「……ふっふんっ。もしやこの続きが聞きたい感じでして? それでは私の勝ちを、つまりは貴女の負けをお認めなさるということでよろしいんですのよね? プリズムグリ――いえ、亀戸翠さん」
あえてお名前をお呼びいたします。
イービルブルーとプリズムグリーンの対立は一旦終わりにさせてくださいまし。
これより先は、亀戸燦を慕う者と、亀戸燦を慕う妹という関係性でお話を進めさせていただければと思っておりますの。
「……クッ……! 今回だけ、だ。次は絶対……絶対に泣かすッ……!」
「おあいにくっ、涙はほとんど枯れてますの。ちょっとやそっとのことでは水門は開きませんのであしからず」
運命というものは至極真っ当で残酷な存在ですの。だからこそ、どんな手を使ったとしても必死に抗わなければいけないのです。
たとえこの拳を、腫れと痛みとで真っ赤に染め上げてしまったとしても。
翠さんのお手を取って起き上がらせて差し上げます。
小さなお手々は、まだ彼女がいたいけな少女であることをヒシヒシと物語っているような気がいたしました。
バトルの終わりを見届けてくださったのか、花園さんが近くまで駆け寄ってきてくださいます。