杖なんて捨てて
「…………相変わらず、憎たらしい奴め」
以前対峙したときのように、グリーンさんは杖を下げて居合い抜きの型をお構えなさいます。近寄ったらいつでも斬るというプレッシャーがヒシヒシと伝わってまいりますの。
私も杖を出現させて、正面に構えて応対させていただきます。
総統さんに稽古をつけていただいた今であれば、パーフェクトな見切りは難しくとも、単なる横薙ぎ程度であれば容易に防ぐことができましょう。
私だって成長しているのでございます!
「ふっふん。そう仰る貴女だって少しも可愛げがありませんの。もう少し肩の力を抜かれたらいかが? そんなにお手持ちの鈍刀がご不安で?」
「……ほざけ……!」
私にも挑発を飛ばす余裕くらいはありますの。
生きるか死ぬかのバトルならともかく、模擬戦であればまずは楽しんだ者が勝ちだと思います。いつまでも気苦労に苛まれていては疲れてしまいますのよ。
口振りと身体は軽く、その代わり決意と一撃は重く。
総統さん然り、カメレオンさん然り。
お強いお人はみんなそうしてますの。
だから私も見習わせていただきますの。
今よりもっともっと強くなりたいから。
あのとき守れなかったモノを守れるように。
「さぁッ! 叩きのめして差し上げますのッ」
口先だけに留めるつもりはございません。
態度で示して差し上げますからご刮目くださいまし。
以前であれば反撃を警戒して様子見しておりましたが、技術的にも精神的にもパワーアップした私に怖いモノはございません。
構えるのは単純な直杖のみッ!
トラップ杖は使わなくてもよろしいでしょうッ!
アスファルトを蹴り出して一気に肉薄いたします!
すぐに彼女の間合いに侵入いたしました。
音もなく杖の刃が飛んできます。
横に薙ぎ払われた刀杖を屈んで避けますの。
こちらは最低限の動作でよいのです。せいぜい膝を深く曲げて頭を下げて、全身のバネを上手く活用するのみですの。
更に一歩踏み込んでぶん殴って差し上げようとしたところ、今度は下から上へと斬撃が飛んでまいりました。
「んっくぅっ……!」
さすがに縦の斬撃は屈伸だけでは避けきれません。地面を蹴って半歩ほど横にズレて、なおかつ身を翻してヒラリとかわして差し上げます。
スカートの裾部分が千切れてしまいましたが、元の素材は黒泥なのですぐに元通りにできますの。
そんな些細なことよりも、最大限に近付けたこのチャンスを活かすべく……!
「ふんぬッ!」
「クゥッ……!?」
とにかく力の限り杖を振るって、刀杖を持つお手に向けて強烈な重撃をお見舞いして差し上げますっ!
剣道で言う〝コテ〟狙いの一撃ですわね。
見事クリーンヒットいたしましたの!
おまけにグリーンさんの手の甲辺りにグリグリと押し付けて、更には四分の一捻りも加えて、ダメージを倍増して差し上げますのッ!
さすがの重さに耐えきれなかったのか、杖を握る力がほんの少しだけ緩んだのを感じ取りました。すかさず体重を乗せた回し蹴りを追加し、そのまま刀杖を遠くへと弾き飛ばします。
ガキンという音と共に固いアスファルトに突き刺さり、やがては光の粒となって跡形もなく消え失せていきました。圧倒的に私の方が有利になりましてよ。
「……クッ、姑息な手を……ッ!」
「あんな危ないモノは端っこにポイですのッ!」
無闇矢鱈に真剣を振り回されるこっちの身にもなってほしいのです。
グリーンさんの生成なさる刀杖はとにかく良く切れる方向性に特化されております。
刃先に軽く触れただけでスパッと切れて血が噴き出してしまう恐ろしさなんて、叶うのならば絶対に正面から受け止めたくはありませんわね。
おミソはココですの。
真正面から対峙したくないのであれば、早めに対処して使えなくなっていただければ良いだけなのです。
この模擬戦で私が優位に立つには、相手の武器を奪ってしまうか、もしくは力を発揮できない状態にして差し上げるかの二択です。
バトルには関係のない人質を盾にしたり、相手の弱みを握ったりするのとはちがいますの。
相手の戦術を理解して、尊敬して、私にできる最適解の対処を施させていただいただけなのです。
ぬっふっふ。ですがこれで丸裸も同然ですの。
これからどのようにお料理して差し上げましょうかねぇ……!
と、ほくそ笑んでしまった矢先のことでございました。
「……一方的にやられるほど、私は甘くないッ!」
「ふぅむっ!?」
油断したつもりはなかったのですが、ほとんど目には見えないスピードで蹴りが飛んでまいりました。避けるにはあまりに近すぎます。
やむを得ず杖で受け止めさせていただきましたの。
身体的ダメージは無いに等しいのですが、その勢いに押されて私の杖が弾き飛ばされてしまったのです……!
丸裸になってしまったのは私も、ですか。
「……以前、戦いの基本は格闘、と言っていたな。ずっとこの胸に引っかかっていた」
「頼れるのは己の拳と足ですの。杖は腕の延長でしかございません」
貴方のお腹に青痣として刻み込みましたからね。傷としては治っていても、プライドには今も響いていらっしゃるかと思いますの。
「…………同じことを〝司令〟も言っていた」
「司令? 司令って誰ですの?」
吐き捨てるように小さくお呟きなさいました。
そういえばピンクさんも同じような単語を発していたような……? もしやこの子たち、ヒーロー連合のトップさんとお知り合いなのでしょうか。
こんな末端の魔法少女さんが?
私や茜よりも全然強くないですのに?
未だに変身装置の存在も判明しておりませんのに?
謎というモノは深めすぎるとよく分からなくなりますの。こういうのは早めに解消しておいたほうがよい気がいたします。
「よーし条件追加ですのっ! 私が勝ったら! ついでに洗いざらい吐いていただきますからそのおつもりで!」
「…………フンッ……勝てたらなッ!」
拳と拳がぶつかり合います。お互い一歩も後退りいたしません。インファイトなまま第二ラウンドがスタートいたしましたの!
来なさいなグリーンさん!
杖なんて捨てて掛かってきなさいまし!
やろーぶっ飛ばして差し上げますの!