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ゾクゾクしてしまいますわね

 

 私、頑張ってたくさんお待ちいたしましたの。


 実際のところはほんの十分にも満たない僅かな時間だったのでしょう。けれども体感的には一時間にも二時間にも異様に長く感じられました。


 何となく頭が重いですの。暑いのに寒気がいたしますの。つい先ほどから目も霞み始めておりますの。


 幾度となく顎から滴り落ちた汗が胸間に入り、そのままワンピースの内側を伝ってお腹へと流れていきます。黒い服装でなければ汗染みとして目立ってしまったかもしれません。


 まさに今、私は水も滴るいい女を体現しているのです……っ。意識が朦朧とした、まま……っ。



 ただただ襲い来るしんどさに耐えておりますと……やーっとその時が来てくださいましたの。


 

 ええそうです。ようやく。ついに。とうとう。駐車場の脇に二人の少女の影が見えましたのッ!


 どちらも既に変身済みのご様子です。

 魔法少女として臨戦態勢ということですのね。



 汗だっくだく汁びっちゃびちゃのまま、ふらつきながら駆け寄って差し上げます。



「……んひぃ……ひぃ……お二人とも……よくぞっ……お越し、くださっ……まし……たっ、正直、待ち侘びぃ……ましてぇ、よぉ……」


「え!? お姉さん!? 大丈夫ですか!? なんか顔色めちゃめちゃ赤いですよ!? もしかしなくても熱中症!? とりあえずスポドリ飲みます!?」


「飲み……飲み、ますの……ッ!!!」



 頭が真っ白になって卒倒しかけたその直前、目の前のピンクさん(花園さん)がどこからともなく半透明のペットボトルをお取り出しなさいました。


 手渡されたその瞬間、ヒンヤリとした冷たさが全身に駆け巡ります。居ても立っても居られずにフタを開けて喉に流し込みますと……すぐに視界がクリアになっていきました。


 ほんのりとした甘さと塩っぱさが全身に染み入ります。



 灰色一色だった世界も一瞬でこんなに色鮮やかに――なることは有り得ませんわね。色彩感覚が戻ったとて、コンクリートジャングルがグリーンジャングルに変わるわけではないのです。


 せいぜい青い空がより綺麗な青に見えるくらいでしょう。



 とにもかくにも蒼井美麗、これにて完全復活です。どうやら先ほどまでの()()()()は脱水症の初期段階だったらしいのです。



「すみませんの。助かりましたの。いくら最強無敵の超絶美少女であっても水分不足には勝てないのです。あ、コレお返しいたしますの。間接キスになってしまいますがよろしくて?」


 もう半分ほどしか残っておりませんがご勘弁くださいまし。全部返せと言われても吐けないですが、代わりの金銭ならいくらでもお支払いさせていただく所存です。いろんな意味で命の恩人だったかもしれません。



「差し上げますよ。まだまだ暑いでしょうし」


「んまっ本当ですの!? お気前のよろしいこと!」


 お言葉に甘えてありがたく頂戴いたします。

 そのまま勢いに任せて一気に飲み干しますと、お腹の中でたぷるんという可愛らしい音が鳴ってしまいました。


 ついついクスリと微笑んでしまいます。


 これで水分ストックも万全ですの。ちょっとやそっとのことでは再ダウンしてしまうこともございませんでしょう。



 にしても早々に敵に塩を送るとは……もしや私の手加減を狙っていらっしゃいまして!?


 ふふふ、残念ながらその手には乗りませんのよ……!

 勝負とは非情そのモノなのでございます。


 このまま油断しているところを魔装娼女のフルパワーで完膚なきまで叩きのめして差し上げますのッ!





――と、私が言うとでも思いまして?



 戦術的な不意打ちは躊躇しませんが、卑怯なことは基本的に大嫌いなのです。この二つ、似ているようで全くの別物ですの。


 誠意には感謝を。

 それが高貴な人しての礼儀です。

 世を捨てたとしても私は元令嬢ですの。


 身体の前側で手を揃え、腰から九十度ほどぺこりと折り曲げます。誠心誠意、礼節を尽くして差し上げます。



「ピンクさん。私、貴女を一人の人として尊敬いたしますの。お助けいただいたこと、大変嬉しく思います。

けれども今後の手加減はいたしませんのよ。それとこれとは話が全く別ですもの」


「はい。もちろん分かってますよ。それに(スイ)ちゃんだって、きっと全力の貴女を倒したいんだと思うんです。ね、そうでしょ?」


 ピンクさんが後ろを振り返ると、陰に隠れていたグリーンさん(翠さん)が一歩だけ横に出られました。



 特にモジモジした様子もなく、逆に研ぎ澄まされた刀のように鋭い雰囲気を放っていらっしゃいます。相当な睨み顔がこちらに向けられているのです。


 お会いするのは、競馬場で叩きのめして差し上げた以来ですわね。花園さんを介して私の意図が伝わっているとはいえ、顔色から察するに一筋縄ではいかなそうです。



「…………正直言って、私はまだ、お前の言葉を疑っている」



 感情の起伏に乏しい、冷たく尖った声色です。

 伝わってきたのは明確な敵意でございました。



 以前お会いしたときよりも魔法少女的なオーラが格段にレベルアップされている気がいたします。適合率で言えば、90%はゆうに超えていらっしゃることでしょう、


 彼女も彼女で血反吐を吐くような修行をなされたのだと容易に推察できますの。私もズブの戦闘素人でありませんから。


 よろしいでしょう。打倒私としてご修行なされたのであれば、私も真っ向からぶつかって差し上げますの。



「疑われようと信じられようと、私としては別にどちらでも構いませんの。今から全力で誠意を示して打ち倒して差し上げれば、それだけで黙って話を聞いてくださるんですのよね? 着いてきてくださるんですのよね?」


「…………お前が、私を倒せたらの話だ」


 瞬時に刀杖を生成し、私に喉笛に突きつけなさいます。鋭利な先端が私の肌に触れましたが特に臆することはございません。


 至極冷静に、余裕と気品をもって。



「今の言葉、断じて忘れるなかれでしてよ。真剣勝負に二言は御法度ですの。せいぜいまたコテンパンのフランスパンにしてあげますからご覚悟してくださいまし。

嘘を付く意味もないと思うくらい、私のマジでガチな実力を見せつけて差し上げますからそのおつもりでっ」



 杖先をデコピンして弾き返し、代わりに拳を握りしめて彼女に向けて静かに突き出します。正々堂々を示す合図ですの。


 私の潔白をこの手で証明することこそ、私の、そして地下施設で眠るメイドさんの安全に繋がるのです。



「ではしばらくお待ちくださいな。今、お望みの通り全力で変身して差し上げますから」


 まずは平手で胸のブローチを覆い隠します。


 バチバチと火花を散らす私たちを他所に、ピンクさんは音も立てずにシュババと大跳躍なさって、建物の陰へとご移動なさいました。観覧の特等席ですの。


 今日はバトルにはご参加なさらないようです。まったく真面目で正直なお人ですの。私としては別に二体一でも構いませんのに。




 ともかく、これでだだっ広い駐車場跡に二人、私とグリーンさんだけが互いに睨み合う状況となりました。


 今日は門限時間的な制約も、第三者の乱入という邪魔が入ることもございません。新旧の魔法少女、もとい〝現〟〝元〟水入らずで終始戦い通すことができるのです。



 それでは、改めまして。



「……偽装 - disguise - 」


 変身文句を呟かせていただきます。


 名残惜しいですが汗かき挑発タイムは終わりですの。これからは実直で機能的な、されども淫猥かつ背徳的な戦闘スタイルを見せつけて差し上げる時間といたします。



 私の変身文句に呼応するかのように、身に纏った衣服がドロドロに溶けてドス黒い泥繭が形成されました。内側にずっぷりと埋まり込みます。


 飲み込まれる最中、下着も一緒に溶かしてしまいましたので、一瞬だけ素肌をチラつかせてしまったでしょうか。うふふふ。お子様方には少しばかり刺激が強かったかもしれませんの。



 繭の中に篭ることほんの数秒。


 蠢いていた黒泥が固定化され、肌にしっかりと定着したのを実感いたしました。もう良い頃合いでしょう。


 繭上部の辺りから亀裂を生じさせて、桃から生まれた某太郎のようにパッカーンと飛び出しますッ!


 そのまま空中で三回転半捻りを繰り出した後、スタリと地面に着地いたします。


 膝で衝撃を吸収しながらスカートの裾部分をつまみ上げて、優雅に可憐に一礼して差し上げましてよッ!



「魔装娼女イービルブルー。淫靡に妖艶に見参ですの♡ たった今一肌脱いだばかりですのでこれ以上はご割愛♡ 代わりに投げキッスでご挨拶して差し上げますので遠慮なくお受け取りくださいましっ♡」


 平手を唇に付けて離してCHUッいたします。 

 ついでにウィンクも飛ばしておきますの。


 そのドン引いた目、ゾクゾクしてしまいますわね。


 そんな余裕そうな顔をしていられるのも今のうちですのよ?

 

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