とにかくあっちぃですのぉ……
そうして迎えた現役魔法少女ちゃんご招待の当日でございます。
幸いなことにバッチリ目が覚めましたの。
寝不足感もほとんどございません。
と言いますのも、緊張でよく眠れないことを見越して、昨晩は早めにベッドに横にならせていただいたのです。
独りきりで過ごす夜はちょっとだけ人肌恋しく思えましたが、それも実際は少しの間だけでした。
日付が変わるちょっと前に茜が訪ねてきてくださいましたの。
単に遊びに来られたわけでもなく、かといって情欲の瞳に揺れていらっしゃったわけでもなく。珍しく微かに愁いを帯びた微笑みを浮かべていらっしゃいました。
彼女は何も言わずにただ添い寝してくださいましたの。抱きしめられたとき、まるでゆりかごの中にいるような安心感に包まれたことを、起きた今でもやんわりと覚えております。
どうやら私が寝付いたあとは静かにご退室なされたのか、一緒に使っていた枕に彼女の温もりだけがほんの少し残っておりました。
「……ふふっ。ありがとうございますの」
おかけで寂しさは消え失せました。
それだけで充分なのでございます。
「…………今日はあの子の分までしっかりとお外で活動しなければなりませんわね。全ての平穏は、この両拳にかかっておりますゆえに」
ぐっぱぐっぱと手のひらを開いて閉じて、握り具合を確かめます。まずまずですの。今なら強力な抉り&捻り&抓りなパンチが出せそうです。
ふかふかのベッドから立ち上がり、そのまま屈伸と伸びとを二回ずつ行います。凝り固まった関節がコキコキと鳴りましたが大丈夫です。
地下深くのアジトでは朝日を浴びることは叶いませんので、代わりに部屋の照明を全灯にいたします。なる早で私の明順応を機能させたいのです。
目覚めてすぐに身体と頭を起こすこの一連動作、かつて私が模範的な優等生だった頃を思い出してしまいます。
普段の寝坊癖からは考えられないほどの早起きができたのは、元々のポテンシャルが高いからだと自負させていただきたいですの。私、基本的にヤろうと思えば何でも出来る子だったのです。
茜のおかげで熟睡できただけなのかもしれませんけれどもッ!
とにもかくにも、今日までに出来ることはほとんど終わらせましたの。あとは私の口と杖と拳にかかっているのです。
「では、そろそろ出発いたしましょうか」
胸の変身ブローチのおかげで着替えにそう時間は掛かりません。ついでの泥パックで朝シャンなんかも必要ありませんの。気軽に全身洗浄が可能なのです。
さすがに身体の内側に吐き出された熱い白泥までは取り除けませんが……! 別にアレはそのままでもイイのでございます……!
「…………偽装 - disguise -」
胸に手を当てながら口の中で呟きます。
今日はいつにも増して一日が長くなりそうな予感がムンムンしております。だったら余裕があるうちに楽しんでおかないと勿体ないではありませんの。
寝巻きのネグリジェから外行きの純黒のレディースワンピースにお着替えいたします。外見で言えば生地が透けているか否かのちがい程度なのかもしれませんが、こういうのは気分が大切なのです。
魔装娼女に変身するのは確定しているのですし!
いきなりその姿で行っても別に問題はないのですけれども!
個人的に興冷めなのでございますッ!
自室を後にいたしまして上層の転移室に向かいます。微かに雄汗の香る通路を過ぎ、無駄に揺れるエレベーターに乗り、一般戦闘員さんたちの暮らすエリアを超え、目的地に入ります。
直前まで朝の外回り営業に出られる怪人さんがいらっしゃったのか、部屋全体がほのかに淡く青白く発光しておりましたの。
皆さんこんなに朝早くからお勤めに出ていらっしゃるんですのねぇ。まったく大変だこと。
だから私たち慰安要員が必要になるのです。疲れには癒しを、というのが企業理念の一つなのでしょう。知りませんけれども。
床に三つ描かれた大円のうち、奥側の中央に腰を下ろします。
そして。
「転移! 向かう先はひだまり町商店街外れの廃工場ですの!」
転移担当のスタッフさんにも聞こえるよう、声高らかに言い放ちます!
あの場所の正式名称、実はよく分かっておりませんが辿り着けるのであればおーるおっけーなのでございます!
私の声に呼応して、青白い光がより一層強く激しくなっていきました。
次第にお尻に伝わる感触が無くなってきて、身体に重力が掛からなくなったような錯覚に陥ってしまって、胃やら腸やらが無理に持ち上げられたような気持ち悪さに襲われて――
今まさに、昨日の晩ご飯だったモノに相見えるかという直前に――
転移が完了してくださいますの。
ホントにコレだけが不幸中の幸いです。毎回毎回限界を迎えておゲロってしまったら大変ですもの。
洗脳補助装置で記憶の遡るときみたいにふわわっと意識を手放してしまえたら一番楽なのですが、それでは転移先で何が待ち受けているか分かりませんの。一旦は身構える必要がありますので寝てはいられないのです。
もう少し私の三半規管やら明順応やら、能動的な部分が良くなってくださればよろしいですのに……これ、鍛えられる部位なんですの? 博識な方に教えていただきたいです。
「にしても何ですのコレ、アッツぅですの……ッ! 季節はまだまだ夏真っ盛りッ!? 蝉が情交相手を探してミンミン鳴き喚いておりましてぇッ!?」
駐車場跡のど真ん中に転移いたしました。
雲ひとつない空の下、サンサンと照りつける太陽の光が早くも私の透き通るような艶肌を焼き始めております。
健康的な小麦肌になって差し上げてもよろしいのですが、お風呂に入るときに染みるから避けたいですの。あと日焼けするならなるべく全身まんべんなく茶肌になっておきたいんですの!
急いで日陰に入って涼を取ります。
実際のところ、事前に指定した待ち合わせ場所がココなのです。終わったら転移ですぐに連れて来られますし、移動の便が段違いなのです。コンクリートジャングルなところが唯一のマイナスポイントですわね。彩りと温かみに欠けておりますの。
暑さも尋常ではないですけれども。
もうじき花園さんと翠さんがお見えになるはずです。それまでなるべく体力を消費しないようにじっと待機しておりましょうか。
と言いますか、お二人がお見えになったのを確認してから転移すればよかったのではありませんでして?
ほら、施設のスタッフさんが転移元と転移先を同時にご監視なさっていらっしゃるのですから、お二人の到着だってすぐにお分かりになられるのでしょうし。
ここと転移室では気温は雲泥の差です。見た目こそ大きなガスコンロのようになっておりましたが、むしろ空調がしっかり行き届いているだけ冷蔵庫だったのです。
早くも選択をしくじってしまいましたわね。
やっぱり私ったら緊張してますの?
待ち合わせ時間はもうすぐなのです。真面目なあの子たちのことですの。こうなってしまっては時間通りに来てくださることを信じるしかありません。
「ふぅむぅ……とにかくあっちぃですのぉ……」
今はただ、自分との我慢比べに勝つことだけを考えましょうか。