ややビンカンな部分をじわじわと
「……ふわぁぁ……ぁふ……はふぅ」
オレンジ色の光に目が覚めてしまいました。ここは私の自室です。どうやら部屋の照明が点けっぱなしだったらしいのです。
とはいえ別に就寝していたわけではございません。
おそらくはただの居眠り程度のものだったはずです。
寝返りを打ってベッド脇の目覚まし時計を見てみると、長針が上向き短針が下向き、綺麗に縦一直線になっておりました。いわゆる夕方の真っ盛りですの。
ここ最近は一日が経つのが本当に早く感じますのぉー。現役以来の忙しさかもしれませんのぉー。
朝方から外出して、昼頃に戻ってきて、少しウトウトしてしまったかと思ったらもうこんな時間とは。
ふぅむふぅむと謎の納得を繰り広げていた私なのでしたが、ここで太ももの辺りに唐突かつ妙な違和感を得てしまいましたの。
まるで第三者にツンツンと突っつかれているような……? 具体的には女子の細指 with 爪切り済みでややビンカンな部分をじわじわと刺激されているような……?
はっと振り返って見てみます。
……と、そこには。
「おそよ美麗ちゃん。よく寝てたね。ハチさん直伝の快眠マッサージ。結構効いたでしょ」
「あら茜でしたか。ふぅむ……そういえば……だから私、泥のように眠りこけて……」
ベッドの端、私の足元の方に元相方の茜が寝っ転がっていらっしゃいましたの。
私の起床に合わせてなのか、やけに素早い匍匐前進で真横にまで上がってきてくださいました。終始ニコニコとした笑みを浮かべていらっしゃいます。
なるほどハチさん直伝のマッサージ術ですか。
確かに肩やら腰やら、起きる前に比べれば突っ張った感じがかなり薄れたような気がいたしますの。また腕を上げられましたわね。
「コッホン。えと、おそようございますの。そしてありがとうございますの。眠っている間、退屈ではございませんでして? 自室に戻られていてもよかったですのに」
「ううん、いいのいいの。っていうか実は私も一緒にお昼寝しちゃってたし。んでさっき起きたとこ。もう頭さっぱり目ぇぱっちりだから、多分今夜は寝れそうにない」
「はへぇ。おそらく私もでぇすのぉー」
バツの悪そうな顔で苦笑いなさっていらっしゃいます。私も合わせて微笑んでしまいます。
つい先ほどまで眠っていた事に気が付くと、どうも次から次へとあくびが湧き出てきてしまう気がいたしますの。この現象って私だけなのでしょうか。
寝起きのせいで薄らぼんやりとしていた思考回路でしたが、大口の開け閉めを繰り返すうちにようやくハッキリしてまいりました。
寝る前の状況、確かこんな感じでしたの。
今日は数度目の朝外出から帰ってきて、疲れ果てて自室で横になっていたところに茜が遊びに来てくださったのです。
それから特に騒ぎ出されるわけでもなく、施設内を連れ回されるわけでもなく。ただただじっとお側に寄り添っていてくださいましたの。
心から安心してしまったのか、少しだけイチャコラさせていただいたところまでは覚えているのですが……どうやらマッサージを施されている間に寝落ちしてしまっていたようですわね。
「……ふわぁふ。私、気苦労とは無縁の暮らしをしていたと思っておりましたのに。何だかんだで自ら動かなければならないときが来てしまうんですのね。オトナになるって大変ですの」
「そうだねぇ、大変だろうねぇー……」
「でぇすのぉー……」
ごろごろごろ、と。意味もなく二人してベッドの端から端まで転がります。
ここ最近は毎日のように予定が入っておりますの。それでとにかくてんてこ舞いでして。もうじき〝現役ちゃんたちお招きの日〟がやってくるのでございます。
翠さんの説得の方は……正直円滑に進んだわけではございませんが、それでも互いの折り合い点は見出せたはずです。
花園さんを通じて彼女から条件を言い渡されましたの。
〝本気の翠さんに、本気で相手をすること。そして勝ってみせること〟
そうすれば己の武士道を以て実力主義に則った行動をする、と仰られていたそうです。
全力をぶつけ合って、それでも打ち負かされてしまうようであれば、それはもう黙って従う他に選択肢はないことなのだ、と。なかなか筋が通っていてカッコいいスタンスだと思います。
相変わらず頑固で負けず嫌いな様子が滲み出ておりますが、要するに勝てばよろしいのです。私の持ち得る力で真正面からねじ伏せて、圧倒的な強さを掲示して差し上げれば全く問題ないのです。
負ける気はしませんので別にイイのですけれども。
私、元来から平和主義者なんですの。
自分が傷付くだけならまだしも、他者を傷付けるのは身体的にも精神的にもあまり好きではありません。
そもそものお話、戦わずに済むのならそれに越したことはないのです。拳に頼らず言葉だけで解決しておきたかったのが本音です。
本当にもう……身体の疲れは癒えたとしても、気苦労の方は全く絶えておりませんわね。
だからこそ、未だベッドから起き上がることもせず、ついつい仰向けになってため息を吐いてしまうのが現状なのでございます。
十二分に眠ったおかげでお腹も大いに減ってはおりますが……もう少しだけ自室でゆったりとしていたい私もおりまして。
こちらは自堕落というよりは、下がったテンションのせいで行動すること自体が億劫になっているといいますか、今は前に進む気持ちが起きてくださらないといいますか。
「ふぅむぅ……もうそろそろお招きの日を迎えてしまうんですのよねぇ……。大部分の準備は終えておりますので何も怖いことはないのですが……けれどもだがしかしぃ……」
「あー。この前言ってたね。えと、お客さん……? 後輩ちゃん? ってのが来るんだっけ?」
「ええ。正確には来れるように色々と準備を進めている真っ最中ですの。ほら。茜もご存知のとおり、弊社ったら社外秘の塊でしょう?
暗部を見られないようにする為の下準備やら説得やら、口裏合わせやら根回しやらでホーントに色々と大変でしたの。もうくったくたの雨嵐ですのー……」
開発研究班の皆様に即効性の短時間睡眠薬をご用意いただいたり、全ての通信手段を遮断するスペシャルなお電波ジャマー装置を新規でご用意いただいたり。
それ以外にもカメレオンさんを始め、上層のハチさんにもローパーさんにも、日頃懇ろにさせていただいている他の怪人の皆様方にもご理解とご協力をいただいたり。
社内のやり取りだけでこれだけ参ってしまっているのですから、おまけに当日の実力勝負の決闘も追加されるとなれば、今の今から胃液がじわじわと昇ってきてしまうのも当然と言えましょう?
身体的ストレスには滅法強いのですが、精神的ストレスへの耐久性はせいぜい人並みかちょいプラスくらいなんでしてよ。小さな器に蓄積すればいずれは溢れてしまいます。
「美麗ちゃん。辛くなったらちゃんと言ってよね? 一人で抱え込むのだけは絶対にダメなんだよ。私自身が一番知ってるんだから」
「ひぇ? あ、茜? いきなりどうなさいましたの!? 明日は霰か雹でも降りますの!? トンデモなく至極冷静なお言葉をお吐きなさいますのね」
やっぱりこの子、以前とは比較にならないほど目に光が灯り戻っていらっしゃるような……? 私の気のせいでしょうか。
分かりましたの。ホントに大変なときは貴女にもご相談させていただきますの。一人だけ除け者にされるのはお辛いですものね。少なくとも私はイヤですの。
このイベントに関して言えば、徹頭徹尾完璧に、とまでは言いません。多少のトラブルくらいならそもそも想定の範囲内です。
どのような形に収まるにせよ、私に任せていただいたこの〝現役招待〟のお務めを、最後までキチンと全うさせていただく所存ですの。
ええ。やってやりますのよ蒼井美麗。
準備のほどはよろしくて?
当日は朝からアクセル全開予定ですの。ですからそこに至るまでの微々たるエピソードはすっ飛ばさせていただければと思います。
善は急げですわね。これが善なのかはさておき、ですの。