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老婆心

 

「私たちは追い詰められ、ついにはどうにも身動きが取れなくなりました。その子はもう自力で立ち直ることも出来そうにありません。

私はこのままではいけないと最後の選択肢を取る決心をいたしました。


汚泥を受け止めること自体を諦めたのです。


辺り一面に汚泥を撒き散らすことも厭わずに、私は汚れたバケツをひっくり返しました。

そして、その中にコップを隠してしまうことにしたのです。そうすればもうコップには汚水は注がれませんもの。

それに、一度隠して見えなくなってしまえば、それ以上はひび割れたコップのことを見なくて済むのです。案外悪くない考えでしょう?」


「……でも、それだと汚れたバケツは今もずっと剥き出しのままなんじゃないですか。絶えず濁流を浴び続けているままじゃないですか」


「ええ。仰る通りきっとそうでしょうね。

根本的な解決にはなっていないのです。

それどころか、床にぶちまけた汚水で、床も、自らも、その内側のコップでさえもドロドロに汚してしまったのかもしれません。


けれど、これでいいのです。

これ以上誰も壊れないのであれば。

私はそれでもう満足なのです。


もしかしたらそのバケツは汚れるだなんて些細なことは既に気にも止めていないのかもしれませんね。今ではその身に浴びる濁流をシャワー感覚で楽しんでさえいるのかも……。

既に汚れてしまったモノに更に汚れを重ねたとしても、大して変わるわけではないのですから」


「……私には、納得できません」


 貴女はまだこの段階に至っていない。だからその考えのままで居られるのでしょう。


「そういうのも無理はありません。

ただ、これだけは理解してください。

汚れたバケツの思いは一つ。これ以上コップを壊したくないだけなのです。


……はい。お話はこれでおしまい。

意味も結論も大団円もございませんでしょう?

支離滅裂なままで急に終わりになりますの。

ここまで話しましたが、これは単なる例え話なんですからそこまで気にする必要はありませんわ」


 あくまでフィクション。どう捉えたかは貴女の自由ですの。


「………………」


 む、なんですの、その表情は。納得していないのは分かりますが、どうしてそんな憐れんだ目でこちらを見てくるのですか。


 ならばいいでしょう。少し貴女を困らせて差し上げますの。


「では、ここで花園さんに質問です。

貴女はコップですか? それともバケツですか?」


「……それは、答えにくい質問ですね」


 もしかしたらタライとかプールとか、更には根本を解決できそうな浄水器の可能性だってあり得るのです。案外私のバケツなんかよりもずっとスケールの大きい存在なのかもしれません。信じる者の未来は存外明るいのですわ。


「正直今はどちらかは分かりません。けれど、バケツでありたいなとは思いましたです」


「ええ、貴方ならそう言うと思ってましたわ。

ですが、そうなってしまうと、いやー困りましたわね。そんなお強いバケツ様がお相手では、その中に隠しているものなんて見えるわけなんかないじゃないですか。

つまりは有益な情報なんて聞き出せるわけがないのです。ほら、こういう結論に至りますでしょう?」


貴女がバケツという名の盾を名乗る以上、そしてまた私も汚れたバケツである以上、私には貴女の守る情報を聞き出す権利はないのです。



「いいですか、花園桃香。現役の魔法少女である貴女に〝元〟の立場から老婆心でお伝えします。本当にその子が大切であるならば、これからも必死に守り抜いてみせなさい」


「……あなたに言われなくても」


「世間に疲れて、どこにも居場所が無くなって、生きていくことが本当に辛くなったら。

そのときはいつでも戻っていらっしゃいな。汚れる方法はいくらでも知っております。貴女と貴女の大切な人を歓迎いたしますわ」


「そうはなりたくないですね。っていうか、そう言うなら、さっさとここから出してくださいよ」


「それとこれとは話が別ですの。上が納得するような新しい情報、一緒に見つけてあげるんだから感謝なさい。ほら、回らない頭必死に搾り上げて、あっと驚くような情報をでっちあげちまうんですのよ」


「…………変な先輩です」


「何か言いましたか?」


「いえ、何も」


 私たちはお互いの顔を見て、くすり、と微笑みを零しました。



――――――

――――


――



『なぁローパー、そろそろ出て行ってもいいんじゃないか。アイツら楽しそうに話してるし』


『駄目デスヨ総統。少シハ空気ヲ読ンデクダサイ。今ココデ我々ガ出テイッタラ、ぶるーガ楽シク先輩面デキナイデショウ。

イツモすとれすヲ溜メ込ンデ、自暴自棄ニナルノハ決マッテアノ娘ダケナノデス。ソレデハ他ノ怪人タチモ素直ニハ楽シメナイ。タマニハぶるーニモ、コウイッタ息抜キ時間ガ必要ナノデスヨ』


『……コップだけでなく、いつかはバケツさえも壊れてしまうってか。つーか、お前って本当面倒見がいいよな。他の奴とは見る目が違うと言うか。やっぱ伊達に人間見てきてないよな』


『私ハ尋問官デスカラ。人ノ本質ヲ見抜イテコソノ役割デス』


『なるほど。まぁこれ以上あの子を拘束しても意味がないってのは俺も同感だ。別に今は戦況も切羽詰まってないし、少し泳がせてもいいとは思ってる』


『エエ、私モ同ジク。堕トシテ吐カセルノハ簡単デショウガ、コノママデハぶるーノヨウナ特異ナ存在ニハナレナイデショウ』


『だよなぁ。ま、ここは一つ、一回解放して様子見てみるか。発信機の用意は?』


『イツデモ。呑マセマスカ?』


『ああ頼む』


『畏コマリマシタ』



――――――

――――


――




「……そんな些細な内容では、上は納得しないと思いますのよ。ほら、意外性がないですもの。

もっとほら、例えば連合本部の幹部たちは皆幼女嗜好趣味だとか、もっと世間がアッと驚くような情報をですね」


「誰が信じるんですかソレ……っていうか私が知ってるのもおかしいと思いますけど


「確かに現実味がないですわよね。うーむ……」


 花園さんの檻の前に腰を下ろし、もはや雑談としか言えないような内容を話し合って早三十分は経ったでしょうか。床の冷たさにはもう慣れたものですわ。


 あれ? もしかしてコレってガールズトークなのでしょうか。なんか同性と他愛もない話をするのが実に久しぶりな気がいたしますわ。


 そのとき、私の耳に聞き馴染んだ声が届きました。


「ぶるー。尋問ノ調子ハドウダ」


 水面で溺れながら話しているかのような独特な声で、私の名前を呼んでいらっしゃいます。振り向いて見てみれば。


「あら、その声はローパー怪人さんでございますわね。外回り営業お疲れ様でございました。

申し訳ございません。この通り、特に進捗はありませんわ」


 間に合わなかったようですわね。仕方がありません。ぺこりと素直に平謝りしておきますの。


「コレ以上続ケテ意味ハ有リソウカ」


「正直何とも言えませんわね。見習いに毛が生えた程度のランクなのですから。ぶっちゃけた話、私の現役時代の記憶を掘り下げて、そこから色々推察した方が有益な気もいたしますわ」


「ソレハ前ニ散々ヤッタダロウ」


「あら、また私を特濃薬液漬けの恋焦がれ性欲マシーンにしていただいてもよろしいんですのよ。あれはあれでめっちゃ興奮いたしますの。頑張って三日くらいは耐えてみせますわ!」


「オ前ノ場合ハ、他ノ捕虜ノ10倍ハ手ガ掛カルカラナ……」


 残念ですの。ローパー怪人さんの体液の効果、私は結構お気に入りなんですのに。



「……サテ。任命サレタ尋問官ガコウ話シテイル以上、コレ以上コノ娘を拘束シテイテモ意味ガ無サソウナ事ハ分カッタ。

チョウド上カラノ通達モ下リテキタヨウダ」


「それって……!」


「コノ娘ヲ、解放スル」


 ふわあっ!と手を取り合って喜びたいところなのですが、それではどっちの味方か分かりませんものね。

 ここはぐっと呑み込んで我慢ですわ。私は今は優秀な尋問官の立場なのです。


「シカシコノ場所ヲ外部ニ漏ラサレテモ困ル。同ジヨウニ、ココデ貴様ガ情報ヲ漏ラシタコトモ敵側ニ教エタクナイ。

故ニ貴様ニハ〝一時的な記憶を消去する薬〟ヲ呑ンデモラウ。拒否権ハ無イ」


「こんなところからおサラバできるなら、薬だろうが毒だろうが、何だって喜んで飲んでやりますよ。

ですがその前に確認です。その内容に嘘はホントにないですよね? 下手なもん飲まされて、この女のような常時淫乱発情糞雌犬みたいな馬鹿に成り下がるのは御免被りたいのです」


「総統閣下ハ寛大ナオ方ダ。嘘ハ付カナイ」


「ふん。一応信用してやりますか」


「ちょっと。その常時淫乱発情雌犬発言についてはノータッチですの? さすがに心外ですわ」


 常時ではありませんのよ、常時では。あと馬鹿は流石に酷いですわ、一緒に色々考えてあげたっていうのに。


「準備ガ出来タラマタ声ヲカケル。ソレマデ待機シテイルンダナ」


「言われなくても、です」


「ねえ、無視はいけませんのよ無視は」


 え、待ってこれで会話終わりですの? 

 雌犬発言は問題ないんですの!?

 こういうのって自分で言うのはいいんですわ。けれど他人に言われてしまうと無性に悲しくなってしまうのですの! ちょっと、お二人とも?


 冷たい空間に私の声だけが虚しく響き通っていきました。


 

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