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ずっと忘れてた。どうしても思い出せなかった

 


 きっと茜のことですからどこかの怪人さんのところに遊びに行っているのだろうとは思いますの。


 道すがら両サイドのドアの隙間から漏れ聞こえてくる嬌声を頼りに、もしも中に居らっしゃったら突撃隣の美麗さんでもして差し上げましょうかぁ〜、なぁんて軽ぅく思っていたのですけれども。



 どうやらその必要はございませんでした。



 と言いますのも、上層から中層に降り、今まさに自室への帰路を辿っている最中のことでした。


 正確にはその手前の曲がり角を曲がろうとしたそのときですの。


 踵を地面に付けないタイプの早足でスコスコと進んでいたところ、前方不注意だったどなたかとごっつんコンニチハしてしまったのです。


 幸い私のお胸に飛び込みなさいましたのでどちらも被害はないに等しいのですが、ぽむんという柔らかな衝撃と共に二人して数歩ほど後退りしてしまいました。



「おぉっと、ごめんあそば――」


 ふらふらとよろけつつ体勢を整え直します。



「ううんごめんこっちこそ……ってあれ? 美麗ちゃん?」


「あら茜でして? ちょうどよかった」


 ぶつかってしまったその人物こそ、目的の茜ご本人だったのです。



 施設内でよく見るラフめなTシャツと短パン姿になっていらっしゃいますの。服装と顔色から察するに、まだ()()ではなさそうですわね。


 おおかたこのお昼過ぎの時間までしっかり眠り呆けなさって、今から奉仕活動をご開始なさろうとしていたのだと予想いたします。


 この方角ですと……お気に入りのオークさんのところでしょうか? もしくは昆虫型怪人の皆さまのところでしょうか?


 ご奉仕羨ましいですの。幸いにも私、今日やるべきことはほとんど終えておりますの。せっかくですので外出の報告を終えた後に合流させていただきましょうかしらっ。



「コホン。それは後々のお話ですのっ」


「うん? 何か言った?」


 いえ何にも。ともかく探す手間が省けてラッキーでしたわね。この場ですぐにお土産を手渡せるのですから。

 


「えっと美麗ちゃんどしたの? 珍しいじゃん、他所行き衣装なんて着てさ。おでかけ?」


「ええ。たった今戻ってきたところでしてよ。何を隠そう貴女にお土産を持って帰って来たのですっ」


「お土産っ!?」


 ふんすとドヤ顔をしながら手に持った紙袋をチラつかせて差し上げますと、彼女は目をキラッキラと輝かせて跳ねてくださいました。


 撃てば響くこの感じ、とても嬉しいですわね。ここ最近の彼女は昔のよう菜感情の豊かさが戻ってきているような気がいたしますの。

 私としても大変お話し甲斐があるのでございます。


 えっと、何と言えばよろしいんですの?

 性の獣感が薄れて、ずっと人間性が増してきたという感じでしょうか。あくまで感覚的なお話なんですけれども。



 わくわくと両手を突き出す彼女に、まだほんのりと温かみを保っている紙袋を手渡して差し上げます。


 早速封を解いて、中身の茶色の塊を取り出しなさいました。



「あっ……これ……揚げ物……」



 見てすぐに分かってくださったようですの。記憶を封印された貴女には別に何でもないモノかもしれませんけれども。


 私にとってはとても思い入れのある〝庶民的な優し味〟なのでございます。だからどうか何も言わずに召し上がってくださいまし。


 美味しそうに頬張る姿を見られるだけで私は満足なのです。



「あ、先に言っておきますけれどもお土産はどちらか片方だけでしてよ。選ばれなかった方は私がいただきますので悪しからず」


 だってせっかく一つずつ買ってきたんですもの。久しぶりの懐かしの味、私だって堪能したいのです。


 現地でアツアツの作り立てを食べなかったのは貴女に配慮してなんですのよ。出来立ては……また何気なく二人で地上をお散歩できるようになったそのときまで、とっておきたいんですの。



 茜が手に取った方はコロッケでしょうか。それともメンチカツでしょうか。一見では分かりませんの。


 どうやら袋の中に紙製のお手拭きも入っていたようで、包んで片手持ちスタイルになっていらっしゃいます。


 残ったもう一方を紙袋ごと返していただきまして。

 私も袋の中から取り出させていただきますの。

 

 ゆっくり指で摘み上げると、じわりと美味しそうな脂が染み出してまいります。もちろん後でぺろりと舐め取りますの。



「ふふ。せっかくですからここで食べてしまいましょうよ。ちょっとお行儀が悪いですけれどもっ」


 寝坊助な貴女のことですからお昼ご飯は召し上がっていらっしゃらないのでしょう?


 きっと空きっ腹に雄性ヨーグルトをコレでもかというくらいに流し込む予定だったのでしょう?


 毎日毎日たんぱく質だけでは栄養が偏ってしまいましてよ。たまには脂質もお摂取なさいまし。だから齢18を過ぎてもおっぱいがちっぱいで幼児体型なままなんですのっ。



「ではではっ」


 お互いあんぐりと口を開けまして。



「「いただきます」」


 はむりと揚げ物に齧り付きました。



 ああっ! 噛んだ側から湧き出してくる数多の肉汁ッ! パリパリという小気味良い衣の向こう側に、確かに感じる肉のボリューミーさッ!


 私の方はメンチカツでしたの。

 とにかくジューシーな味がいたします……!


 地下施設の食堂で食べるモノとそう変わらないはずですのに、どうしてかこちらの方が味が濃いような気がいたしまして、風味のキメ細やかさがあるような気がいたしまして……!


 私やっぱりこの味が一番好きなのですッ!



「はわぁ〜……幸せですのぉ〜……」


 舌先が喜んでいるのを感じます。歯の一本一本が今にも踊り出しそうです。喉を通り抜けて食堂を下って胃にたどり着くたびに幸福感が倍増してしまう気がいたしますの。


 一つでは飽き足らず、もう二つ三つと食べたくなってしまう魔法の味です。おばさま、あの頃から変わらない味をありがとうございますの。どうかこれからもご健康に過ごされてくださいまし。地下深くからお祈り申し上げますわね。



 一噛み一噛みを大切に味わっておりますと。

 ふと、とあることに気が付いてしまったのです。



「あの……茜? どうなさいまして?」



 茜が、コロッケを口に咥えたまま、ふるふると肩を震わせていらっしゃいましたの。


 そのつぶらな瞳から一筋の涙が零れ落ちます。


 頬を伝って、ぽたり、またぽたりと。

 通路に小さな水溜まりをお作りなさっていたのです。



「あ、茜? 大丈夫ですの?」


「……私、これ、知ってる……! そうだよ。知ってるんだよ。ずっと忘れてた。どうしても思い出せなかった……。そうか今なら……ッ!」



 拳を握りしめて、どこか決意に満ち溢れた表情になっていらっしゃいます。


 私の目の錯覚でなければ、普段の光の無い澱んだ瞳ではなく、かつて地上で一緒に戦っていたときのような輝きに溢れた瞳になっておりましたの。


 はぐはぐはぐ、と。口いっぱいにコロッケを放り込んだ茜が、まるでクラウチングスタートのごとく姿勢を低くなさいます。



「んぐっと。ごめん美麗ちゃん! ちょっと上層行ってくるねっ! ハチさんとローパーさんに会ってこなきゃッ!」


「はぇ!? 上層!? え!? 今から!?」


 戸惑う私を他所に、彼女はコロッケを手に持ったまま、トンデモないスピードで私の脇を駆け抜けていかれます。



「ちょちょっとアナタ目隠しは!? もし発作が出たら……!」


「大丈夫だよっ気遣いありがと! あと絶対着いてこないでね! フリじゃないよッ!」



 そう仰りながら、こちら側を一度も振り返ることもなく猛ダッシュで颯爽と過ぎ去っていってしまいました。


 すぐに見えなくなってしまいましたの。

 


 地下施設の通路の曲がり角。

 ポツンと独り、取り残されてしまった私。


 全く状況が飲み込めませんので、代わりにメンチカツを飲み込むばかりです。ああ。動揺した心であってもやっぱり美味しく感じられますの。


 食べ終えた後、腕を組んで考え込みます。



「ふぅむ……にしてもどうしてハチ怪人さんとローパー怪人さんのところにですの? 別に今日健康診断の日でも何でもありませんのに? まったく妙ちくりんなお話ですの……」


 着いてこないでと仰いましたので彼女の意志を尊重して差し上げますが、腑に落ちていないのは紛れもない事実なんですの。


 紙袋の隅に残った衣のかけらを摘んで口に放り込みながら、私はしばらくの間、この場に立ち尽くしてしまっておりました。


 ふぅむ。考えていても少しも分かりませんから、とりあえず総統さんに今日の報告をしにまいりましょうか。


 気を取り直してゆっくりと歩みを進め始めます。

 報告の内容自体は、別に割愛してもよろしいですわよね?

 


 

 ――その後、外出相談と社内報告を幾度か繰り返し、またひと月ほどが経過しようとしていた、とある日のこと――



 

 


 俺たちの茜が帰ってくる。

 止まった時間が、今、動き出す。


 

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